但馬国攻略に向けて
あれからタオルの製造方法で何度かの文を交す内に年も明け、
ここから当家は本格的に
「義兄上、長い間お世話になり申した。明日には
「
長年土佐で勉学に励んでいた
そんな義弟は四歳で細川
細川一族の再編は、粛々と進んでいると言えよう。
「氏実、元気が無いな。まだ吹っ切れてないのか? けどな、今回は
「理解はしているのですが、まだ気持ちの整理ができていないというのが正直な所です」
「こういうのは時が解決してくれるものさ。それに土佐と筑前とでは距離もあるしな。顔を見なければ辛い思いをする事も無いだろう」
とは言え、次期細川玄蕃頭家当主として筑前国主の輝かしい未来が待っている義弟も、全てが順調という訳ではない。つい先日、俺が養女にしている
義弟と真理は血は繋がっていないものの、同い年の親戚である。小さい頃から正月等の身内が集まる機会では、二人仲良く遊んでいる姿を何度も見ていた。それが時を経て恋心に変わったとしても、何ら不思議はない。
だからこそ土佐から離れる前に、正室として真理を迎えようとした。
しかしながら真理にも事情がある。何より母親のおみつさんを一人土佐に残したくはなかった。姉の
おみつさんは今も再婚をしておらず、未亡人のままである。しかも元奴隷だ。つまりは後ろ盾が無い。幾ら俺が身元を保証したしても、正室の母親として筑前国まで連れて行くのは憚られよう。
次期国主正室ともなれば身の回りを世話する者は、身元保証の観点から身分ある出身が多い。そうなればおみつさんの元奴隷の経歴が、足を引っ張るのは必然であった。
勿論、義弟と真理が幼い頃から互いに将来を誓い合っていたなら、俺が無理矢理にでも何とかしている。ただ今回は、そこまでの約束はしていなかった。
真理としては、姉の
「しばらくは筑前国で次期国主の役目に励め。そういう巡り合わせだと考えるようにしろよ」
「つまりは此度振られたのは、大事な役目を前に女性にうつつを抜かしたからだと義兄上は言いたいのでしょうか?」
「そういう訳ではないが、氏実には筑前国を背負う人物になってもらわないと困るからな。今はそれを第一に考えて欲しい」
「……確かに義兄上の言う通りです」
「氏実、暗くなるなよ。いずれ良い人に巡り合うだろうから、それまでにしっかりと自身を高めておけ」
こう言いながらも、俺自身は真理との婚姻が成立しなくて良かったと考えている。実の所、国慶義父上から、義弟にはいずれ
十市細川家は、同じ細川一族でありながら遠州細川家とは別系統の家系となっている。遠州細川家の分家ではない。遠州細川家が土佐守護代としてやって来た後に土佐入りした一族である。そのため両家の関係は長年希薄であった。
そんな十市細川家も紆余曲折を経て、今では細川玄蕃頭家の与力となっている。だからこそ義弟と十市細川家の娘とを婚姻させて、取り込むのを考えているそうだ。これも再編中の細川一族の結束を図る妙手と言えるだろう。
それ以外にも義弟には、筑前国の有力者の娘や公家の娘等々と正室の候補は数多くいる。次期筑前国主なのだから当然だ。全てが政略結婚だとしても、相手側も義弟とは良好な関係を築きたい。そうなれば美人で性格の良い娘を候補とするのは確実だ。間違っても性格の破綻した者が候補となる事はあり得ない。
要は、義弟には筑前国での政権基盤を安定させるために婚姻を利用して欲しいと考えていた。真理との婚姻は、逆に義弟の足元を脆くさせてしまいかねない。そんな思いが俺の中にあった。勿論俺と和葉の件は棚に上げている。
それはさて置き、もう一方の当事者である真理は、土佐
これには理由がある。土佐近沢家は弓の大家として土佐国内では知る人ぞ知る家であり、当家の北川村弓兵部隊の力は土佐近沢家の指導によって大きく底上げをされた。現在の北川村弓兵部隊は、
それだけではない。土佐近沢家の一族郎党は鉄砲への適性が高く、砲術師範的な役割も担っている。鉄砲の射撃姿勢に弓と通じるものがあるのだろう。新設の回転弾倉種子島部隊が最前線で戦えるまでに成長しているのも、土佐近沢家の功績が大きい。隊長に昨年元服したばかりの
とは言え、近沢 越後の抜擢は政治的な理由だけではない。当人の鉄砲に対する理解度の高さを評価した結果によるものだ。効率的な部隊運用ができるのがこの者の強みである。
これだけの実績があれば、土佐近沢家を一族に取り込みたいと考えるのは自然な流れと言えよう。それでいて家格も高くはない。元は
何が言いたいかというと、今年から制式採用となった回転弾倉種子島銃の数が揃った所で、実戦では即座に活躍できない。運用には技術が必要となる。そんな足りない部分を埋める人材は既に土佐に居たという話であった。
このような凄い家が何故無名なのか分からないが、こうした者達を日の当たる場所で活躍させるのも国主の務めだと思うようにする。探せばお買い得物件はあるものだ。
余談ではあるが、真理のお相手予定の近沢 宗清は、弓に精通しているだけではなく字も綺麗という。面白い人物である。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
今年元服した中で面白い者が一人いる。それは
朝倉 景高殿が土佐にやって来たのは、俺が
そんな父親を間近で見ていれば、子供も同じく行政官として育つのが通常であろう。だが違った。やはり土佐のお国事情なのか、朝倉 在重も立派な蛮族……もとい武将へ成長する。
これだけなら何の面白味もないのだが、朝倉 在重は武芸として暗器を使う人物だった。使用する暗器は
……このような暗器が遥か昔からあるとは知らなかった。
「という訳で、つづみ弾仕様の携行型空気銃を在重には渡しておく。元服の祝いだ。
ならばと悪ノリするのが、俺と言えよう。渡したのはまんま小型のエアライフルである。大きさは三〇センチ程。
銃身は極限まで切り詰められ、銃床は無い。筒状の形をしており、コッキングレバーと引き金が飛び出している。トリガーガード他暴発防止の機能が一切無い仕様だ。袖箭はバネの力で矢を放つ機構となっているが、こちらは圧縮空気でつづみ弾を発射をするのがその違いとなる。装弾数は一発。
構造的には当家のトンデモ兵器ドラゴンブレスと変わらないため、試作品はあっさりと完成した。こういった時、転生者仲間の
当然ながらこの携行型空気銃は、狙って当てる代物ではない。至近距離で発射するのがその使い方だ。そのため、照準も無い仕様としている。威力は三ジュールあれば良い方だろう。それでも至近距離限定なら、敵の動きを止められる威力はある。但し、鎧は貫通できない。
「国虎様、これ程の武具を頂いて良いのでしょうか?」
「気にするな。試作品だからな。パイルバンカーとどちらにするか迷ったが、今回は実用性を優先した。ただな、距離が一〇尺 (約三メートル)離れるだけで当てるのが難しくなる。刀の間合いで使うのが前提となるから、使い勝手は良くないぞ」
「いえ、袖箭は組討の間合いでしか役に立ちませんので、それと比べれば断然こちらが上です。袖箭は賊討伐でも不意討ちに使うのが精一杯でした」
「そう言えば在重は、賊討伐で初陣を済ましていたか。暗器は使い所が難しい分、使い手が少ないからな。在重には期待している。……そうだ、次の但馬国攻めに参加するか? そこで携行型空気銃を使ってみてくれ。戦でも役に立てば良いんだがな」
「お任せください。この朝倉 在重、大将首を携行型空気銃にて討ち取ってみましょうぞ」
「そう気負うな。戦場での使い勝手を見てくれるだけで良い。携行型空気銃には殺傷能力は無いと思うしな。抜け駆けなどせず、責任者の
「はっ。かしこまりました」
完全にノリで決めてしまったが、気にしないでおこう。
また、携行型空気銃は戦場の盤面をひっくり返すような画期的な新兵器ではない。せいぜい一対一の戦いの際に意表を突ける程度だ。一騎当千の活躍は絶対に不可能である。
だからこそ朝倉 在重には、基本に忠実であるようにと釘を刺しておいた。先の
そういった背景があるからか、吉川 元春はかなり慎重に事を進めているという。具体的には侵攻経路の入念な確認や補給部隊の編成といった、およそ世間で言われる猛将の姿とはかけ離れた動きである。更には因幡国の豪族達を吸収して軍の強化に余念が無い。俺の前で見せる姿とは別人であるかのような堅実さだ。
面白いのが同じく因幡国で滞在している
こうした者達が大新宮に合流した理由は明白だ。
人の口に戸は立てられぬと言うべきか。大友 宗知が一躍時の人となっているだけに、噂が西国全域に広がったとしても納得である。
問題があるとすれば、本来精鋭部隊として設立した大新宮の意味が変わってしまった点だろうか。最早山陰地方攻略の主力部隊と呼んだ方が良い。それも吉川 元春を大将としているだけに、毛利と尼子の武闘派が並んだ夢のタッグチームである。これで吉川 元春と
もう一つ面白い点がある。因幡国での大軍編成はある副次的効果を齎していた。それは中国地方の治安が格段に良くなったという話である。大新宮が治安の悪化する要因を抱え込んでいるのだ。当然の結果と言えよう。これにより中国地方は、領地開発に力を入れられるようになったのが大きい。際限なく膨れ上がっていく大新宮を危険視する声もあるが、こうした成果を見れば、今後も好きにさせておく方が良いのではないかと考えている。
こうしてお膳立てが整ってくると、後はいつ但馬国へ攻め込むかであろう。主力は吉川 元春と大新宮が担当し、日本海側からは再編の終わった
ただそんな必勝の策も、思わぬ所に落とし穴があるのが世の中である。裏切り者が出た訳ではない。味方が良かれと思い、独断で行動をする。抜け駆けの行為はこの時代ありふれた日常だ。
「申し上げます! 播磨島津家の
「国虎様、三木城と言えば……」
「ああそうだ。三好傘下の
「それでは但馬国攻めは?」
「一旦白紙にするしかないだろうな」
三好宗家との戦いは、意外な地域が火薬庫となった。
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