次の一手

「二人共、言い訳はあるか」


『……』


 天文一七年 (一五四八年)の七月に入るとまたもや畿内は騒がしくなる。摂津池田家の当主切腹事件を受けて、ついに三好宗家が動き出した。このままの流れに沿えばまたもや戦へと発展するだろう。


 もはや平和を勝ち取るために戦をするというよりは、平和は次の戦までの準備期間と言った方が正しいのではないか、そう感じてしまう。


 そんな流行の波に乗り遅れまいと、ここ土佐でも戦の種が撒かれていた。よりにもよって遠州細川家が元凶というのが始末に負えない。それも俺に何の断りもなくだ。


 端的に言えば、土佐一条家の最前線の城とも言える蓮池はすいけ城を攻略していた。それも支城も含めてである。これまでの緊張状態が一転、予期せぬ開戦と相成った。まさかの緊急事態である。


 報せを受けた俺は急いで土佐に戻る羽目となる。


 手に入れた阿波国南部が問題が山積みでずっと手が放せなかったものの、月に一度は土佐へ顔を出していたのだから戦の気配があれば気付きそうなものだが、今回は完全にしてやられた形だ。この時代は隙さえあれば平気で抜け駆けする者が後を絶たない。十分に警戒をしていたつもりではいても、現実はままならないものである。


 土佐一条との決戦は、俺の中ではもう少し力を蓄えてから一気に行なうつもりであった。こうしてその計画も全てご破算となる。


 それとは別に勝手に軍を動かしておいてお咎めなしというのは宜しくない。相応に出てしまった兵の被害の後始末も残っている。精々その八つ当たりでもさせてもらおうかと、現在は軍を動かした責任者である、吉良 茂辰きらしげたつと松山 重治を浦戸城に呼び出して詰問を行っていた。


「まあまあ婿殿、そう恐い顔をしなくとも良いであろう。二人共悪気があった訳では無かろうに。むしろ忠義から来る行動と考えて、少しは褒めてやっても良いのではないか?」


「義父上、そうは言いますが、今回の二人の行動は一歩間違えれば謀反に繋がるんですよ。笑って許す訳にはいきません」


 だと言うのに何故か義父上こと細川 国慶殿が二人を許すようにと間に入ってくる。浦戸城に呼び出したのは二人だけであったが、部屋に入ってきたのが三人という時点で感じていた違和感が現実のものとなっていた。


 どうしてこう都合良く義父上が土佐にいるのか? 未だ細川 晴元を打ち倒していないのだから、本来なら尾州畠山家に厄介になっている細川 氏綱殿と悲願達成に向けて共に行動するのが筋ではある。


 ただ、氏綱派もそこまで単純な図式ではないらしい。


 例え細川 氏綱殿が尾州畠山家や遊佐 長教殿と懇意にはしていても、義父上自身はそこまでではないのだとか。むしろ俺達が新居猛太で晴元派の陣を焼いて以来ぎくしゃくしているという。縁があるのは丹波国にいる長年の同士の内藤 国貞殿や細川 益氏様であった。特に細川玄蕃頭家は遠州細川家の分家のため、土佐は実家のような安心感があるのだろう。友達の友達は皆友達にはならないという、そんな悲しい現実を垣間見る。


 また、現状の畿内は下手に干渉をすると、晴元派の結束が固まってしまう恐れすらあった。それを警戒して今は静観を決め込んでいるのだという。こうした経緯で義父上は俺の知らない間もちょくちょく土佐にやって来るようになっており、自然と俺の家臣とも顔馴染みになる。その縁で今回俺との仲介を買って出たのだとか。


 意訳すると暇だから首を突っ込んできた。そんな所だろう。相も変わらず落ち着きのない人だ。振り回される今村殿が不憫でならない。


「確かに。それは婿殿の言う通りだ。だがな、二人が率いた兵達も阿呆ではないという事を忘れるでないぞ。それには現場指揮官も含まれるという事もな」


「……何が言いたいのでしょうか?」


「こういう時だけ婿殿は察しが悪いな。万が一この二人が叛意を持っていたとしても、兵が賛同しないから安心せいという話だ。松山殿の隊には元傭兵も多数いるが、そんな荒くれ共でさえ今の暮らしを気に入っていると言っておるぞ」


「ならどうして、今回は命令違反をしてでも勝手に動いたのですか?」


「分からぬのか? 手柄を立てて婿殿に少しでも報いようとしただけだ。阿波国遠征組が派手な戦果を上げて焦っておったようだぞ」


「報いるとかは気にしないで欲しかったのですが……それを知ってしまうと頭ごなしには怒れなくなってしまいます。とは言え、土佐残留組はまだ練度が足りない者が多く、下手をすれば大損害が出ていた筈です。止められなかった二人には責任があるでしょう」


 今回の遠征に連れて行かなかった兵の多くは旧本山領併呑後に新規で雇い入れた者達となる。領土も増え、更なる軍備の増強を目指したというのもあるが、半分以上は貧困対策であった。それだけ旧本山領は食うに困る者が多かった事を意味する。重治が連れてきた者達も境遇はそう変わらない。食うに困って止むなく傭兵をしていた者や故郷で燻っていた者が大半だという。


 そんな者達が鍛錬漬けの日々ながらも、毎日の食にあり付き規則正しい生活を送れるようになる。それを恩に感じ、報いたいと行動を起こすのは自然の流れだというのが義父上の言い分だ。加えて、遠征組の活躍を聞けば聞くほどその思いは強くなったのだと。


 その言い分は分かる。しかし、遠征組はあの岡豊城の激戦を経験した猛者ばかりだ。まだ訓練期間が二年程度の新兵達と同列に扱うべきではないというのが分かるだろうに。俺としては無駄な犠牲を出さないためにも最低三年は鍛錬が必要だと見積もっている。


「そうは言うがな大将、俺の知る限りここほど動ける兵はそういないぞ。大将が高望みし過ぎなんじゃないのか?」


「国虎様、恥をさらすようですが、本山家として兵を率いていた頃に比べると今の兵は何もかもが上です。兵達が手柄を立てたいという気持ちは某も十分に分かります」


 だがそれは間違いだと渦中の二人から抗議が上がる。畿内で幾つもの戦を見てきた重治だけではなく、梅慶の息子である茂辰も何度も兵を率いて戦を行なった経験があるからか最早新兵とは言えない実力を持っていると擁護してきた。


 余談ではあるが、土佐吉良氏を滅ぼした後にこれまで勝手に吉良性を名乗っていた茂辰には、それでは反感を買うだろうと吉良一族の生き残った娘と婚姻を結ばせ、養子という形で正式に土佐吉良氏を相続させている。ついでに残った吉良一族の面倒も押し付ける形とした。


「言いたい事は分かる。けどな、やるなら蓮池城の西にある戸波へわ城まで取らないと駄目だ。俺から見ればそこが鍛錬不足だ。城攻めで遊兵が多かったんじゃないのか? これまでと違って次の敵は強大な勢力を誇る土佐一条家という事を考えれば、下手に手を出すと手痛い反撃を受ける羽目になるぞ」


「いやいや大将、俺達だって馬鹿じゃない。畿内がキナ臭くなって、三好が阿波国で戦をする余裕が無くなった今だからこそ手を出したというのを分かって欲しい。大将が土佐に集中できるこの機会に、土佐一条と全面的に争えば良いじゃないか。吉良殿がそれには蓮池城で迎撃するのがぴったりだと言っていた。重要拠点だからな。敵が大軍で押し寄せて来ても、大将なら逆に一網打尽にできる」


「丸投げかよ! ……いや悪い、口が過ぎたな。重治、それは気が早い。せめて須崎すさきの港を取ってから言ってくれ。須崎は堺との交流があり、上がりも莫大だ。そこを放置しているようでは一網打尽にはできない。土佐一条が頼りにする宿毛すくもの港を落とすのが最も確実だが、それができない以上は須崎の港を奪わなければ、何をしても敵には十分な余力が残る」


「な、なら、もし戸波城まで落としていれば、どうするつもりだったんだ?」


「簡単だ。敵は須崎の港を守りにくるから、港と共に纏めて燃やすつもりだった」


 須崎港というのは、蓮池城から西に約一七キロメートル先の最重要拠点だ。そこら辺の漁港に毛が生えた程度の港とは訳が違う。現代でも重要港湾に指定されているという時点で、その凄さが分かるというもの。物資の集積地であり、各種職人が住む生産拠点でもある。堺との商いで財を成した富裕層までいる所を見ると、現状では浦戸の港よりも発展しているかもしれないと感じる程だ。元々は土佐七雄の一つである津野家の領土であったが、今では土佐一条家の力の源泉の一つとなっている。


 そして、宿毛の港がまた面倒臭い。位置的にはほぼ土佐の西端と言っても良く、まず現状の俺達には手が出せない場所にある。主要港があるというだけで確実な金銭収入が期待できるが、厄介さはそれだけではない。宿毛港を介して土佐一条家は周防大内家から援助を受けており、南伊予は勿論、豊後大友家とも繋がりがある。上手くすれば幾らでも援軍を求められる。


 遠州細川家が土佐で一大勢力となっていながら何も仕掛けてこなかったのは、この須崎港や宿毛港を領有している余裕から来ていると見た方が良いだろう。


「そうすると、もしかして俺達は大将に迷惑を掛けた事になるのか?」


「土佐は陸地が少ない分、港が他の国より重要になるからな。他国出身の義父上や重治、山育ちの茂辰には難しかったかもしれないな」


 城単位で考えれば今回手にした蓮池城は、元土佐七雄の一つ大平家の本拠地でもあるために大事な拠点なのは間違いない。しかしこれは陸戦のみで考えた場合となる。土佐という立地を考えれば、次の戦は海がより重要となる。有力な水軍を持つ海部家を遠州細川家が傘下に収めた今なら、海上から一気に土佐一条家の本拠地へ攻め込む事も可能だ。


 そのため、次の一手は電撃的な須崎港の攻略を考えていた。


「……いや待てよ。茂辰でさえ蓮池城の攻略を重要と見るなら、他の奴等も危機感を覚えるかもしれないのか」


「国虎様、此度の失態を取り返す策があるのですか?」


「まだ何とも言えないが、土佐一条としてではなく傘下の津野家単位で考えれば、釣りだせるかもしれないと思ってな。そうすると、土佐一条は援軍派遣だけになるか。蓮池城が餌では本気にならないだろうが……少し考えてみるか」


「お、お願いします」


「土佐一条を倒すのは今日明日ではできないからな。のんびり行くさ。それよりも蓮池城と支城を平らげた功績は認めるが、今回の勝手な行いは見逃せない。よって昇給も一時金も無しだ。諦めろよ」


「そ、それは……せめて命を張った兵達への褒美だけでもお願い致します」


「それも諦めろ。むしろ兵達への慰労は二人の懐から出せ。これは命令であり罰でもある。それ位今回の一件は大きいからな、よく覚えておけ。……いや、こちらを選べば昇給も一時金も出すぞ。どうする?」


「一体それは何でしょうか?」


「文官への転向だ。いつもながらこっち方面は人手不足でな。二人共読み書きも計算もできるんだから、優遇するぞ」


『それだけはお断りします』


「……畜生」


 俺も似たようなものだから強く言えないが、相変わらず家臣は文官仕事を嫌がる者が多い。常日頃から「お前達が伸び伸びと戦ができるのも後方で文官達が頑張ってくれているお陰だ」と重要さを話しているというのに、協力しようとすらしない悲しさ。そのため、未だ多くを僧や神官達に頼っている有様である。何とかして解決をしないといけないのだが……前途多難であった。


 新たな事業展開もしなければならないし本願寺にも頼るしかないか、そう考えを巡らしていた所で思わぬ援軍が現れる。


「何だ婿殿。そんなに人手不足なのか? それでは今度儂が何人か紹介しよう。なあに儂の家臣は京の元商家や地侍ばかりゆえ、伝手は幾らでもある。楽しみにしておれ」


「誠ですか? それは助かります。細川玄蕃頭家への援助金を増やしますので是非お願いします」


 聞けば今村殿以外にも義父上の家臣には津田殿という半商家の出の者がいるらしい。津田という名を聞くと根来寺の関係者を連想するが、そうではなく京に根を張る一族がいるのだとか。しかも細川 高国様の近習を務めていた経験もあるという。これはありがたい。


何故そんな凄い人材が燻っているのか疑問に感じるが、これに対する答えはあっさりとしたものであった。平たく言えば、高国派が没落して晴元派に鞍替えしたは良いものの、仕官した先が派閥争いに負けて没落したという。そんな事だろうと思った。


 だが、今の俺にはそうした過去は関係無い。


「さすがは婿殿、そういう所はよく分かっておるな。……そうそう、それと婿殿に伝えねばならぬ事がある。益氏様とようやく話が付いたが、二年前に生まれたご子息を儂の養子とした。それと十市細川の者達はこちらで与力として預かるのでそのように手配をしておいてくれ」


「ち、ちょっと待ってください。それは突然過ぎます。どういった真意でしょうか?」


 とは言え残念なのはこの援軍、俺に助太刀をするだけではない。しっかりと貰える物を分捕っていく。


義父上が言うご子息とは、益氏様が四〇歳を過ぎて初めてできた待望の嫡男であった。お相手は安田家から身の回りの世話にと送り込んだ一族の侍女となる。いわゆるお手つきだ。


 それはさて置き、筋から言えばご子息は遠州細川家の家督を継ぐ最有力候補と言える。既に俺が当主となっているのである意味お家騒動の種でもあるのだが、そもそも俺が遠州細川家の当主を長く続けようなどとはこれっぽっちも考えていない。時期が来たら、ご子息を養子に迎えて家督を譲ろうと考えていた。


 何が言いたいかというと、遠州細川家の次期当主を掻っ攫われた形となる。つまり、義父上のこの発言は俺の楽隠居の妨害に他ならない。明確な理由がなければ頷けない案件である。また、今でこそ飼い殺しにしている十市細川家の者達も似たようなものだ。遠州細川家を尊重して真面目に家臣として働いてくれるなら、近い将来一門衆として取り立てようと考えていた。何なら子供も養子として迎え入れても良いとさえ思っていた程である。


ただ、どちらの件にしても相変わらず益氏様は遠州細川のためと言いながら俺に甘い……いや、期待をしているのだろう。


「これは益氏様とも話したのだが、婿殿なら細川の名に配慮していずれこれらの者に身分を与えるだろうと。特に益氏様のご子息は婿殿なら自身の養子にするやもしれんと言っておった。我等には嬉しい配慮ではあるが、それをすると婿殿の政に支障が出るやもしれぬと。益氏様が言うには婿殿には好きにして欲しいそうだ。それが遠州細川を最も発展させると言っておったぞ」


「……やはり益氏様には敵いませんね。養子の件、見破られてましたか」


 ここまで言われればどうしようもない。益氏様のお考えに従うしかなかった。


「此度の養子は遠州細川家と細川玄蕃頭家との関係強化の狙いがあるがの。ただ、養育は婿殿の下で頼む。儂には領地が無いゆえ、満足に養育をする環境が整わない。良くて寺に入れる形となるからな」


「分かりました。ご子息の養育はこちらで引き受けます。浄貞寺もあるし、足利学校の関係者もいるので教育環境は良い方でしょう。ひとかどの内政家になると思われます。それと領地ですか……」


「いやいや、儂は四国で腰を落ち着けとうない。小さくとも領地は畿内が良いのでな。配慮は無用だ」


「……そうですか。義父上がそう仰るなら余計な真似は止めておきます」


 この後は手続きの話やご子息の家臣等をどうするかの話となるが、こういう所は義父上の大らかさというかいい加減さというか、全ては俺に丸投げで好きなようにして欲しいと言われてしまう。良い解釈をするなら、任せる身では余計な口出しをしたくないという所だろう。


 何にせよ、今日は俺の予定が大きく崩れる日となった。まだまだ楽隠居の道は遠い。

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