グダグダの遭遇戦
「おおっー。いるいる。全部でどれ位いるんだ? もしかして四万位いるかもな。まあ、非戦闘員も含めてだから、実際にはその三分の二以下だと思うが」
一二月中頃、準備を整えた遠州細川軍約一五〇〇は晴元派が布陣する若林から南西約一里 (四キロメートル)の地点に到着する。土佐一条家への備えを考えると、今俺達が動かせるのはこの程度となる。その軍勢が甲浦までは陸路を進み、そこからは船で紀伊国は
手間だけで考えれば浦戸から直接船で堺に寄港するのが一番なのだが、室戸岬という難所航路を乗り越え、敵の水軍がひしめき合っている港に突撃するなどヘタレの俺には無理な話だ。より安全なルートでの現地入りをする。
紀伊国では土橋殿からの歓待を受けるが、戦を目の前にしている事もあり挨拶もそこそこ、傭兵の前金を渡した後は飯を食って就寝するという愛想も無い一夜を過ごした。
そんなこんなで奇襲など全く考えない堂々とした姿で俺達は晴元派、いや実質阿波三好軍と対峙する。
「あのー、国虎様」
「ん? 何だ越前?」
「先の評定では紀之湊で雑賀衆と合流して阿波国南部を攻めるという話じゃなかったんですか?」
「ああっ、するぞ。けどその前に軽く準備体操をしないとな。それには丁度良い相手だとは思わないか?」
「この大軍と戦うのが準備体操な訳ないでしょう。何考えてるんですか!」
「そんな事無いぞ。見てみろ、馬路党や相政を筆頭に今にも突撃したくてウズウズしている奴等ばかりじゃないか。守備兵しか残っていない阿波国の城ではアイツ等を満足させるのは無理だ。諦めろ」
「…………はい」
「よおし、善住坊の『新居猛太隊』の準備が出来次第進軍するぞ! 装備の確認を忘れるな! 今日は遠州細川軍の晴れの舞台だ。誰が土佐で一番強いか骨の髄まで教えてやれ!!」
『応ぅぅっっ!!』
「そこは日ノ本一にしましょうよ」
いつも通り黒岩 越前からは的確なツッコミが入るが、それを右から左に受け流して義父である細川 国慶殿に使いを出す。内容は俺達が先に攻撃して敵を引き付けるので、高屋城の兵は機を見て攻め込んで欲しいという要望であった。
使い走りにするようで申し訳ないが、俺達の誰かが高屋城へ押しかけた所で城兵には相手にはされない。例え紹介状があろうと算長しか知り合いがいない状態では、すったもんだの挙句に中に通してもらうのでは余計な時間が掛かり、連携が取れない可能性すらある。それなら、面識のある者に頼んだ方が手間が省けるという合理的な判断あった。
今回の作戦は擬似的な啄木鳥戦法だ。晴元派がこちらに兵を大挙して向けてくれれば、背後から高屋城の兵が襲いかかるという寸法となる。日々敵兵と睨みあい神経をすり減らしている兵なら、そこに手柄をちらつかされれば大いに奮闘する事請け合いである。しかも略奪し放題となれば尚更であろう。止めるべき現場指揮官も一緒になって攻撃に参加するのは明白だ。乱痴気騒ぎここに極まれり。
……とまあ、そう上手く事が運ぶ筈がないのは百も承知である。
普通に考えれば、俺達が少数だろうと相手が全力で動く必要はない。
なら敵はどうするか? 順当な所では一部隊を派遣してこちらの実力を測ろうと一当てしてくるだろう。いわゆる威力偵察である。
そこを俺達は全力で叩く。
並行して杉谷 善住坊率いる「新居猛太隊」が、敵本陣にあらん限りの榴弾をばら撒く算段となっている。敵を浮き足立たせた状態にした上で高屋城の兵に攻撃をしてもらう。どの道先制攻撃はこちらが行い、別働隊としての高屋城の兵が攻撃するのに変わりはない。
つまり今回の作戦の肝は、のこのこやって来る敵の威力偵察隊を如何にして速やかに葬るかが鍵であった。
馬路党や木沢 相政率いる隊なら、粛々とこなしてくれるだろう。
とは言え、アイツ等もこの兵力差を前に緊張して実力を十分に発揮できないかもしれない。また、この次も戦を控えている手前、余計な損耗を避けたい事情もある。
という事で、
「照算頼むぞ。新兵器の『チェスト種子島』で敵の度肝を抜いてやれ!」
「任せな。俺っちにかかれば敵兵の一〇〇〇人や二〇〇〇人、あっという間だ。他の奴等の出番は無いな」
「その意気、その意気」
杉之坊改め専光寺 照算の部隊にはこの新兵器を五丁配備しておいた。
通称「チェスト種子島」、正式には「二十連発斉発銃」と言う。その名の通り、種子島銃のバレル (銃身)を七列三段に束ねただけの作りだ。見た目は何となく箒を連想させる。バレルの数が二一でないのは御愛嬌だ。「斉発銃」の名の通り、一度に二十発の弾を発射するのが特徴であるが……再装填が非常に面倒臭い。一回こっきりの初見殺し火器である。
本当ならこんなキワモノを作らずに種子島銃を作った方が遥かに役立つと分かってはいる。だが土佐では現在進行形で職人を育成中という悲しい事情により、本格的な量産体制が整っていない。それを良い事にこうした試作品を幾つも作って職人の練度を高めている最中であった。後は俺の趣味もある。
今回、明らかに役に立ちそうにない「チェスト種子島」を持ち出したのは、その特性ゆえである。バレルの取り付けにほんの僅かな傾斜があるため、広範囲に弾をばら撒く仕様となっている。近寄ってくる敵の動きを止めるには有効ではないかと判断した。但し、いつも通りではあるが当たらない。
「本当はこれを持ってくるつもりはなかったんだがな」
当初の予定では高屋城を包囲する敵に後背から突撃するつもりだったが、そもそも包囲をしていなかったという事実が報告書によって判明する。お陰で作戦の変更を余儀なくされた。
今の俺達なら、大軍への攻撃は何も白昼堂々と行なう必要は無い。明け方や夜にでもこっそり近付いて砲撃するだけで良いと思うのだが……それを許してくれないのが遠州細川家の家臣団である。それはもう、鬼の剣幕で猛抗議された。
曰くとにかく阿波三好軍と戦わせろ、勝つ算段は今朶思 大王が考えろと。要は畿内でのデビュー戦を派手に飾りたいだけで、それ以外は一切考えていないという君主思いの面々であった。
そうして結果こうなる。何が悲しくて何十倍もの敵に種も仕掛けもなく相対さなければいけないのかが未だに分からない。
「おっ、準備できたようだな。なら進軍を開始するぞ。ここから先はいつ会敵しても良い気持ちで進めよ」
『応ぅぅっっ!!』
個人携行が可能な「新居猛太」はこういう時にとても便利である。これなら万が一敵が大軍で押し寄せてきても直ぐさま反撃態勢が整うため、壊滅の憂き目に合う心配はない。
晴元派の軍勢との直接対決まで後僅かに迫っていた。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
砂煙を上げながらまるで一つの生き物であるかのような人の群れが迫ってくる。その数約五〇〇〇。俺達の軽く三倍は超える。のこのこと近寄ってきた遠州細川軍を見て迎撃に出た部隊だ。それにしても威力偵察で一当てしてくるとか、一体どこのどいつが言ったのか。見つけたら即ぶん殴りたい気分である。
とは言え指揮官である今の俺はそんな昔を後悔する暇など無い。必要なのは冷静な判断をして生き残る事。そして皆の命を無駄に散らせない。ただそれだけであった。
「焦るなよ。十分に引き付けてからで大丈夫だ。……三、二、一、チェスト種子島一斉発射!!」
腹の奥を抉られるような音の塊が周囲に撒き散らされる。続いてやってくるのは片頭痛でも患ったかのような強い耳鳴り。怒号の飛び交う戦場でただ一人自分だけが取り残されたような変な錯覚に陥った。
しかし、それはおくびにも出せない。自分自身でも何を言っているかさえ聞き取れないが、精一杯声を上げ、怯んだ敵に追い討ちを行なうよう弓隊に指示を出す。
ここからはどちらが先に根を上げるのかのチキンレースでしかない。数を頼みに徐々に包囲を広げて取り囲んでしまおうとする敵とそうはさせじと遠距離攻撃で数を削り取っていく俺達であった。
幸いなのが盾兵が敵に少ない点だ。どうやら機動性を重視するあまり、最低限しか揃えなかったと見える。敵は俺達の数の少なさを見て、電撃的に殲滅してしまおうと画策したのだろう。盾は防御にはとても有効だが、その分行軍が遅くなるという欠点がある。素材は木材であっても、それなりの大きさとなれば結構な重量になるからだ。馬路党を見ていると錯覚しそうになるが、そもそもアイツ等は規格外である。
また、両軍には弓の性能に違いがあるのも大きい。こちらは油抜きした竹を芯材に使っている改良型弓胎弓で矢を射掛けている。相手とは有効射程が違っていた。敵に反撃の余地を与えない一方的な攻撃を行なっている。
派手さは無いがこうした武装の差によって、突然の鉄火場でも何とか持ちこたえていた。
「国虎様、馬路党いつでも突撃できます。是非命令ください」
「おっ、ようやく耳鳴りが取れたか。……と悪い、馬路党の話だな。気持ちは分かるが今はその時ではない。耐えてくれ。長正には新居猛太で崩した所を掻き回してもらう。長正がこの戦いの切り札だ」
「……分かりました」
ここで先程のチェスト種子島一斉発射が効いたのか、敵の動きが鈍っているように感じた。傷を負わせた数こそ少ない筈だが、やはりあの大きな音が脅しとなったか。兵の腰が引けているのだろう。これならいける。
「国虎様、お待たせしました。新居猛太、いつでも撃てます」
「善住坊よくやった。これで俺達の勝ちだ。最初から全開で行くぞ。水平射撃を思いっ切り敵のど真ん中に叩き込んでやれ! 馬路党は新居猛太を撃ち終わったら即突撃! 首は取らなくて良い。敵陣をそのまま駆け抜けろ! 木沢隊はその後の掃除だ! たっぷり暴れてこい。弓部隊は一旦攻撃停止!」
『かしこまりました!』
俺の矢継ぎ早の命令に馬路 長正や杉谷 善住坊、そして伝令が声を上げ一斉に駆け出して行く。いつも通りと言えばいつも通りだが、勝つと言っても敵を叩きつぶすつもりなどなく、ただ追い払えれば良いという考え方に特化した内容である。とにかく混乱させて正常な判断を奪う。例え指揮官が必死で兵を鼓舞しても、その心を折ってしまえばそれで良い。
派手な戦いの割には、敵の損害は思ったより多くないだろうな。
「国虎、俺っちの活躍の場は?」
「……照算か。分かった。離別霊体を準備できている者だけ木沢隊と合流しろ。好きなだけ掃除して手柄を上げてこい。……そうだな。ついでに離別霊体を撃ちながら『逃げる奴は皆三好兵だ。逃げない奴はよく訓練された三好兵だ』とでも言ってやれ。多分、これで裏崩れが早まる (嘘)」
「何だよそれ」
「戦場ではイモを引いた方が負けるからな。せいぜい仏罰でも与えてこい」
近距離からの散弾銃の発砲は、冷静でなければ何が起こったかほぼ分からない。特にこの時代なら尚更だ。下手をすると突然人が倒れるのを見て、怪奇現象と捉える可能性すらある。もし顔面の潰れる瞬間を間近で見てしまったなら、ホラーを軽く通り越すだろう。トラウマとなるかもしれない。
照算がそんな俺の考えを理解したかどうかは分からないが、一言「面白そうだ」と言って自らの隊へと戻る。「逃げる奴は」云々はあくまで余興だ。今回は城攻め以外で散弾銃が役に立つかどうかの実験に近い。上手くいくようなら、いずれは騎馬隊として組織したいと考えている。
結果良ければ全て良しと言っても良いか。グダグダで始まった遭遇戦ではあるが、何とか皆に活躍の機会を与えられた。まずは確実に追い返し、本来の作戦へと戻るようにしよう。
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