勇者の息子

 勝利を報告に実家に戻ると城下はお祭り騒ぎだった。先触れ (伝令)が派手に吹聴したのではないかと思うほどだ。ただ、今回頑張った皆の誇らしげな姿を見ると、これはこれで嬉しいものである。


 ふと思ったが、安芸城下の民にとって今回の戦勝は久々の嬉しい報せなのかもしれない。ここ数年、毎年のように安芸家から死者を出している。悪い知らせばかりで俺と同じく心を痛めていたのだろう。


 それが前当主の討ち死にから、一月もしない間に仇討ちを終わらせて且つ因縁の香宗我部家から城を奪うという快挙だ。これを喜ばずしていつ喜ぶかという気持ちが伝わる。その思いに一体感を感じる心地良さを感じた。


 本来的には今回の俺の行為は褒められたものではない。前当主が亡くなったのだから、喪に服して大人しくしておくのが筋である。だが今回は討ち死にという手前、対外的にも内向きにも早急に安芸家の強さを示す必要があり行動した。きっと父上が病死であったなら、俺も大人しくしていた事だろう。


 それだけに今回の戦はまた、身内からしか支持を得られない可能性のある危ういものであった。けれども今の皆の姿を見て、「やって良かった」と安堵する。


 俺達への声援の中に下品な野次も混じっているのは最早お約束だ。苦笑はするがそれを咎める事はしない。きっと皆こういうのに飢えていたのだろう。


 不謹慎なようだがこの時代の戦は娯楽の側面がある。手弁当で戦の観戦に行くというのは良くある事だ。そういう意味でおらが村の領主様が戦に強いというのは喜ばしい。感覚的には高校野球で出身県のチームを応援するようなものと言えよう。結果的にはこの度の勝ちが、諸々の事情を全て帳消しにしたのだと思う。俺達は賭けに勝ち、生きて戻って来た。


 しかし、俺だけはこの馬鹿騒ぎを素直に喜ぶ訳にはいかない。「勝って兜の緒を締めよ」の言葉にもある通りこれからが大事だ。特に当主となった今、本当の意味での戦いがついに始まったとも言える。


 俺はこの時代に生まれた瞬間から「敗北」が確定している負け組である事を決して忘れてはいけない。どういった条件を満たせばその敗北から逃れられるか今もって分からないが、道半ばであるという事は分かっているつもりだ。まだまだ問題は山積みである。


 まずは足元を一つずつ固めていく事から始めよう。この勝利できっと運命の歯車も良い方に回り始める。


 …………とそんな風に思っていた時期がありました。


「国虎殿。母は悲しいです。私にはもう国虎殿しかいないのですよ。どうしてそう危ない事ばかりするのですか。それに父上の喪も明けていないというのは理解してますか?」


「そうじゃよ。元泰様 (先代当主)のかたきを討ってくれたのはワシも嬉しい。じゃがのう。国虎も元泰様がどのようにして亡くなった聞いておる筈じゃ。すぐ前に出ようとするらしいの。このままでは元泰様の二の舞になってしまうかもしれん。そう思うと心配でな」


 大勝利の筈が、何故か母上とお爺様から説教を食らう羽目となる。二人に黙って抜け出し、勝手に戦を始めたのは百歩譲って許してくれるとの事だが、戦い方に問題があったそうだ。俺が前に出て指揮を採るのがとても危ういらしい。父上の死を思い出すと言われてしまった。後、母上からは城下の騒ぎを見て、父上の喪に服するのを忘れているのではないかと釘を刺されてしまう。


 きっと元明の報告だろう。野戦では大人しくしていたが、確かに城攻めでは気持ちが昂ぶって前に出ていたと思い出す。


 ……こればかりは俺も何も言えないな。軽率であったと反省する。


 ついつい皆が必死で戦っているのだから、俺も後ろでふんぞり返っていないで何かしないといけないと考えてしまった。完全に俺の経験不足でしかない。


 だがその分士気が上がり、落城までの速度が上がったという結果も……ああ、これが良くないのか。


「二人の忠告痛み入ります。まだ自身が未熟であった事に気付かされました」


 しばらくは派手な活動を控えて新領地の開発と軍備増強に努めるとしよう。これで喪に服するというのも名目が立つ……よな。


 特に軍備の増強は必須だ。新領地を維持するには手足となる軍勢がまだまだ足りない。香宗我部との全面対決が待っている以上は待った無しの最優先事項であった。奈半利の経済規模から考えても常備兵を抱える余裕はまだ十分にある。


 奈半利での活動を続ける上で、謀反を疑われないようにずっと自身の私兵を最低限にしていたのが失敗だったかもしれない。有力家臣の力が当てにならない以上は俺の直轄軍が現在の安芸家の力と言っても過言ではない。こんな事なら有力家臣を派閥に組み入れて軍事力を上げておけば良かったと今更ながら後悔するが、当時は実家への帰省の際に家臣へのお土産さえ配らなかった俺だ。気付けと言う方が無理である。


 結果的には好きなように動かせる、直轄常備軍主体の強い力を持つ方向に進んでいるのは良い事ではあるが、こういうのは本当にままならないものである。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



「ふぅ。やっばりここが一番落ち着くな。ただいま、和葉」


「戻るなりいきなりそれ。まあ良いけど。……おかえり」


 安芸城での報告を終えた俺は、馬を飛ばして奈半利まで戻ってくる。母上からはもう少しゆっくりするよう言われたが、奈半利にもきちんと戦勝報告が必要だと逃げるように出ていった。母上と一緒にいるのは嫌いではないが、いい加減子ども扱いは止めて欲しいものである。それに、和葉に元気な姿を見せる事をしたかった。本人はそう心配していないと思うが、それでもという俺の我儘ではある。単純に俺が和葉の顔が見たいのだろうな。


 姫倉 右京や親信の父親でもある安田 益信への報告を一通り終えた後、奈半利の家で俺は和葉の膝枕を堪能していた。


 長く家を空けていたなら状況も違っていただろうが、空けていたのはたった二日である。寂しいと感じる時間も無かったとは思う。態度が変化しているという印象も受けない。何となく戦の話をしたが、「そう」とか「うん」とかの素っ気ない返事ばかり。これも前回の時と同じく。この調子なら話しても問題は無いだろう。


「それでな、和葉。しばらく俺ここには帰って来ないから。新しい領地の開発の指揮をする事になった。前に奈半利でした事をもう一回するだけだな。二、三日後には出るから」


 和葉の顔を見たかったのはこれが理由である。


 安芸家全体としては今回手にした領土はそう大きい訳ではない。だが俺の直轄領としては、三倍にも四倍にも膨らんでいる。これだけの領地を奈半利で監督するのは不可能と言える。直接現地に赴いて現場の者としっかりと協議しながら進める必要があった。奈半利と同じく生産性の高い"稼げる"領地にする目的だ。


 それと言うのも、この度の戦で激しく浪費をしたからである。主に火器方面で。領地開発で取り返さなくてはならない。初期投資は必要だが、十分なリターンは得られるだろう。お陰で今回も頑張ってくれた家臣への褒美は銭の一次支給、俸禄のアップ、現物支給となった。まだ土地を渡す事はできない。


「えっ……それはどういう……それより、次はいつ帰ってくるの?」


 予想とは違う反応だった。和葉がその言葉に驚き、突然立ち上がる。少し動揺が見られた。


「痛てて……。急に立ち上がらないでくれよ。時々はこっちにも顔を出すから安心して欲しい。最低でも一年か二年は戻れないな」


「……嘘」


「多分これでも早い方だと思うぞ。本当は五年はしっかりやらないといけないからな。そう心配するな。今生の別れではないし、危ない事はしない。他の女にも目移りしないから」


 そう言いながら下から和葉の顔を見ると、悲しそうな……というよりは真剣な顔をしている。小さな声で「迷惑かな……」と呟いたりもしていたが、やがて意を決したのか、


「……うん。私も行く。今決めた」


 と俺の新領地赴任に同行すると言い放つ。


 さっきまで真剣な表情が今度は一転、にこやかな顔へとなるが、迫力があるのは何故だろう。強い意思を感じた。


「和葉が来てくれるのは嬉しいけど、生活が不便になるぞ。粗末な所での寝起きになるだろうし」


 資金の動かせる額が昔と比べて桁違いに増えているから、ずっと貧しい暮らしが続くという事はない。しかし、今回は戦を行った地での開発だ。開発と同時進行になるとは言え、まずは復興から始めなければいけない。奈半利での事業をゼロからとするなら、今回はマイナスからのスタート。ボロボロになった民家での寝泊りや最悪天幕という名のテント生活を覚悟する必要がある。せめて城が使えれば嬉しいが、馬路党の面々が無茶したので寝泊りできるかさえも怪しい程だ。


 年頃の女の子をそんな所で生活させるのは俺も気が引ける……そう思ったのだが、如何せんこの時代の人間は逞しい。


「それは大丈夫だから。国虎も覚えているでしょう。私と出会った時の事を」


 こうあっけらかんと言い放つ。何もかもが吹っ切れたような潔さであった。


「まあな。だから、もう戻りたくないだろうと思ったんだけどな」


「それに、国虎はだらしないから。私が世話しないと」


「確かにそうだ。そう言えば俺は和葉がいないと何もできないな」


「……馬鹿」


 そうなると、ここからは気心の知れた二人の会話だ。和葉は照れ隠しに言ったかもしれないが、事実なだけに俺は素直に認める。赤みを帯びた頬に「やっぱり可愛いな」とそんな他愛無い事を考えていた。


 本当に和葉との時間は心地良い。こうした日々がずっと続けばと思わずにはいられない。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



「まさかなあ」


 明日からは新領地への現地入りだという時、俺への面会を望む者が二人いた。


朝倉 景高あさくらかげたかと申します。堺で奈半利の噂を耳にし、立ち寄らせて頂きました。最初は物見遊山のつもりでしたが、安芸家では現在人手が足りないという話ですので、何か私にもできるお役目がありましたらと思った次第です」


「景高殿、助かります。当家は今、文官仕事ができる者が全く足りません。景高殿のような方なら大歓迎です。まずは客将の身分と致しますので、そこで仕事を見て頂き、水が合いそうでしたら当家に仕官ください。俸禄となりますが、家を構えても問題ない程度はお渡しします」


 この朝倉 景高という人物、聞けば現朝倉家当主である朝倉 孝景あさくらたかかげとの権力争いに負けて流れて来たという話だ。権力争いと言えば大人しく聞こえるが、平たく言えば軍事クーデターに失敗したとなる。人物的には超危険だ。しかし、今回の失敗で心が折れたのだと言う。年齢も五〇近くとなっており、後は九州で余生を終えようと思ったらしいが、その前に今堺で話題になっている奈半利に寄ってくれた。何でもここに来れば色々と面白い物が手に入るそうだ。


 それでついつい奈半利で路銀を使い過ぎてしまったというよくある話をしてくれた。きっと食い物が美味かったのだろう。これはこれで嬉しい。今回の俺への面会は短期バイト応募のつもりのようだが、厚く遇する形となった。余程水が合わないか使えない人材でなければ、長く働いてもらう予定である。


 俺の方は今更政治犯が増えた所で痛くも痒くもない。それよりも景高は越前守護代朝倉家の一族である。様々な伝手を持っている筈だ。新領地も増えたというのもあり、地元の寺や商人、地侍からの人材だけでは間に合わなくなっていた。近い将来、根来寺にお願いしなければと思っていた程である。こんなありがたい話はない。しかも軍の指揮経験もあるという事なので、望むなら兵を任せても良いと思っている。


 こちらの方は問題無い。問題があるのはこちらだ。


木沢 相政きざわすけまさです。祖父や叔父達を保護して頂きありがとうございます。叔父から文を頂きましたが、現在安芸家では人を求めているとの事。是非私も安芸家に仕官させて頂こうと参りました。私は木沢家の当主として、父から受け継いだ一族郎党を路頭に迷わす訳にはいきません。何卒木沢家の再興をこの地で行なわせてください」


 「勇者」の息子がこの地に来てしまった。しかも若い。まだ二〇歳前後だと思われる。親信と同じ辺りだろう。なお、この「勇者」という言葉は鷲尾 隆康わしおたかやす著「二水記にすいき」に木沢 長政が「勇者として比類なき者」と記載されている所から引用した。


 ……木沢 相政の仕官は本末転倒である。元々、木沢一族を保護したのは細川 国慶の元で木沢家の残党を兵として組み込んでもらうためだ。何故こちらの方に来たのか。


 答えは単純明快であった。木沢 相政が今村 慶満殿の書状を持っていたが、「今それ所ではないから安芸家で受け入れてくれ」という丸投げの言葉。清々しいまでの責任転嫁である。あの時骨を折ったのが馬鹿らしく感じてしまった。


 しかもしかもだ。相政はほぼ無一文だと言う。父親である木沢 長政から受け継いだ資産は叔父である三好 政長みよしまさなが (木沢 相政の母が三好 政長の妹)に没収されたそうだ。名目は資産管理という。良くある手口だ。俺が思うに今村 慶満殿は木沢 長政の遺産を密かに狙っていたのだろう。だが当てが外れた事で面倒臭くなったのだと思う。これも良くある話だ。人は霞を食って生きられない。木沢 相政他の木沢家の残党を全て受け入れるには現在の細川玄蕃頭家では収支の釣り合いが取れないのだと思われる。


「一族郎党もそうだが、母親も受け入れるんだよな。大丈夫なのか? 勝手に連れ出しておいて」


「……政長叔父上は銭にしか興味がありませんので。最早母上は叔父上にとっては用済みですから」


「分かった。分かったから、そんな顔はしないでくれ! 仕官を受け入れる。俸禄になるが全員養えるだけの分はきっちり出すから安心しろ。その分しっかり励めよ」


 何だかババを引かされたような気分になるが、これも自業自得だと割り切るしかない。純粋に人が増えるのはありがたいので色々と使い道はある。文字の読み書きができる者が多数いる事を期待する。なお、木沢残党は全員で二〇〇人ほどいるらしく、奈半利には何回かに分けてやって来るとの事。


 こうして俺を筆頭とした負け組の仲間が新たに加わる。そう言えば益氏様もそうか。畠山に細川に朝倉に、最後は勇者の二代目。皆が皆、一癖も二癖もある者ばかりだ。平穏な日々を望む筈が、どうしてこうなるのか。何かが間違っている。


「どうかされましたか?」


「いや、大丈夫だ」


 こんな時ほどつい馬鹿な事を考えてしまう。今の状況が打ち切り漫画の最終回のように感じてしまった。辛い戦いを終え、次の局面へと進み、新たな仲間が加わる。まさにぴったりと言える。その気持ちが顔に出たのだろう。


 今の俺にはこんな言葉が良く似合う。そう、「俺達の戦いはこれからだ」と。

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