閑話:同士討ち
「よーしお前等、練習通りに行くぞ!」
『押忍!!』
「ごめんください!」
『どなたですか?!』
「馬路党隊長、馬路 長正と申します。三好軍をぶっ倒しに来ました!」
『お入りください!』
「ありがとう!
『応!!』
呆気に取られる俺を置いてけぼりに三好軍への突撃が始まった。前衛は金砕棒で目の前の柵や障害物を容赦無く壊していき、許可は貰ったとばかりにどんどん前に進んで行く。迫り来る三好兵も同様の扱い。一振りで弾き飛ばしていた。
この時点で何かが間違っている気がするが、まだ普通の光景だ。俺の知る戦場でも常識の範囲と言える。だが、問題はここからだった。
バチバチと光る導火線に臆する事なく、中衛の奴等が焙烙玉を陣の中に投げ込んでいく。爆発音が響き渡り聞こえてくる叫び声。天幕に火が付き、炎が広がる。日が昇り始めた気持ちの良い朝の一時が大災害の時間へと変貌した。
それだけではない。お次は後衛が投げ込む煙玉。一個一個は大した効果はないが、それでも数が揃えば一面が白煙に包まれる。結果、敵か味方かの判別ができなくなり、下手に動くと同士討ちを起こす事態へと陥った。大軍が逆に仇となる形だ。日が出ているのにまるで夜襲をしているかのような光景が目の前に広がる。
そして止めは、
「ヒャッハーー!」
多分副隊長だろう。脇に抱えた木製の筒から大音量で何かを発射した。白煙と火薬の匂いがこの場を満たす。着弾したと思しき場所から火が上がる。このまま何かに燃え移れば大惨事になる事間違い無しだ。
「おい新入り、遅れるな!」
「おっ、押忍!」
火種となる松明を持った俺はその言葉で自分を取り戻して、皆に追いすがる。
これが馬路党の戦いであった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
無謀としか言えないこの陽動、だが俺は気付けば馬路党と行動を共にしたいと願い出ていた。馬路党の馬鹿さ加減に感化されたというのはその通りだが、コイツ等がどんな戦いをするのか自分の目で見たくなったというのも大きい。普通に考えれば百と少しの数で数千を蹴散らすのはあり得ない。それでもできると自信たっぷりで言い放つカラクリは、新兵器の大量投入であった。
まさかこんな戦を体験できるとは俺自身も思わなかった。これまでの戦の常識をひっくり返すような戦いだ。確かにこれなら、兵の数が少ない方が好きなように動き回れると納得する。大部隊となると逆に行動が難しくなると考えたのだろう。
「お前等、絶対に足を止めるなよ。幾ら俺達が強くても囲まれたらやられる。大将首には拘るな。そんな事よりも『生きて帰って来い』というのが国虎様のご命令だ」
『押忍!!』
している事はマトモじゃないのに、今の隊長の一言もそうだが、一つ一つが納得できてしまう。
今回の襲撃だってそうだ。幕府軍とは言っているが、実質は
しかし、襲撃は精強と言われる三好軍を選んだ。理由は単純明快で、「この軍が一番強そうだから」というもの。
……本当にコイツ等馬鹿だ。
けれども今の俺達はこれ位で丁度良い。下手に知恵を回そうとすると一転、窮地へと陥ってしまう。自らの強みを生かし、それを前面に出す方が結果的に生き残り易い。幾度かの戦の経験で、変に上手く立ち回ろうとする奴から死んでいくのを俺は見てきた。
「ふざけた真似しやがって! ここが天下に冠たる三好軍の陣だと知っての……グエッ」
「ん? 今何か言ったか?」
目の前に立ちはだかる三好兵が金砕棒の振りで面白いように吹き飛んでいた。中には雑兵とは一線を画す武士の姿を何度も見る。だが、馬路党の奴等は決して追い討ちしない。
乱戦中において、手柄首を挙げるというのはとても危険な行為だ。俺達のような傭兵であるなら、いや武家でも同じだろう。手柄首の数が自らの価値を上げ、懐を暖かくする。運が良ければ雇い主や主君の目に止まる事もある。本来ならとても大事である。
しかし、それも命あっての物種。首を狩る行為は例え熟練者であっても敵に無防備な姿を晒し、身の危険が付き纏う。最悪、首を落としたと思った瞬間、自らの命も落とす羽目になる。そんな光景も何度も見た。
そういった事情を雇い主は知ってか知らずかは分からないが、今回の報酬には手柄首は関係無いと言う。必要なのは無事人攫いを終える事。俺達はただ暴れるだけで良い。それを忠実にこなしていく。
「ここから先は……ぶっ!」
「邪魔だ! 寝ていろ!」
さすがは三好軍。今もまだ火は消えておらず、混乱が続いているというのにもう立て直しが始まっている。視界の悪さによる不幸な事故はあったとは思うが、大規模な同士討ちに発展している素振りがない。やはり指揮官が優秀なのか? 精強さを謳う軍はこの辺りが違うのだろう。並みの軍ならとっくの昔に兵が逃げ出している。
だが、まだ大丈夫だ。これ位は想定済みと言わんばかりに、あっという間に立ち塞がった三好兵を前衛組が打ち倒す。後続の兵は恐れをなして逃げていく。
ただ……周囲を見渡すと、遠巻きに俺達を見ている兵達が少しずつ増えている。直接手を出す勇気はないが、不気味な目が光る。今は焙烙玉を投げる素振りをするだけで逃げ始めるので安心と言えば安心だが……もう少しすると、味方への被害を顧みず弓を使ってくるのではないかという不安が徐々に首をもたげてきた。
ここで何かを仕掛けないとジリ貧になるのではないか? そんな暗い未来がふと過ぎる。しかし、仕掛けるとは言ってもどうすれば良いのか? 一番良いのは大将を討ち取るか……もしくは何とかして同士討ちを起こさせる……そうか!
「隊長! このまま走って、遊佐軍の陣に突っ込みましょう!」
「どうした新入り! それに何の意味がある?」
「そのまま遊佐軍の中に入れば、追ってきた三好軍が遊佐軍と衝突します! そこで走りながら叫ぶんです! 『三好軍が裏切った』と。三好軍と遊佐軍に同士討ちをさせてやりましょう!」
「面白い、採用だ! 三好の陣を抜けてそのまま遊佐軍を蹴散らすぞ!」
『押忍!!』
呉越同舟の混成軍だからこそ生きるこの策。同じ幕府軍に属しているとは言え、三好軍と遊佐軍は仲が良い訳ではない。むしろその逆。敵対していると言っても良い。何故なら、「木沢 長政の討伐」という目的を切っ掛けに今でこそ表面上両者は手を結んでいるが、元々は三好 範長の主君である細川晴元と遊佐 長教の主君である
傭兵をしていると耳聡くならないといけないからな。こんな所で役に立つとは思わなかった。
そうと決まれば話は早い。最短距離で三好の陣を駆ける。俺達の気迫の前に三好兵は道を開け、正面からぶつかって来ようとしない。通り過ぎた後に後ろから追い掛けるように押し迫ってくる。捕まる訳にはいけない俺達は牽制に焙烙玉を投げ付け、時間稼ぎを行なう。
この短時間に三好軍は焙烙玉の特性を理解していた。爆発までにその場から離れれば大きな傷は負わないとばかりにさっと散らばる。もはやイタチごっこと化していた。
幾ら馬路党が屈強な体をしていると言っても、そうそう体力が長く続く筈がない。限界が来たのか、一人が足がもつれて倒れ、また一人は足が動かなくなる。脱落する者が出始める。
「もう後少しだ! お前等踏ん張れ!」
『押忍!!』
ついに陣の境となる柵が見えてきた。ここを抜ければ、後は遊佐軍に全てを擦り付ける。その混乱の最中に俺達は脱出する。何とかなりそうだ。
「ヒャッハーー!」
またも副隊長が木製の筒から何かを発射した。その後は背後の三好兵に筒を投げ付ける。背中越しに数人の悲鳴が聞こえて来た。
そこからは、隊員が口々に「三好軍が裏切った」と叫びながら、最初の時のように焙烙玉や煙玉を四方八方に投げ付け、遊佐軍の陣へと突撃する。おあつらえ向きに三好軍が俺達を追ってきているので、そいつ等は遊佐軍が何とかしてくれるだろう。周囲の混乱を無視して、俺達馬路党の面々はそのまま遊佐軍の陣を掻い潜り、近くにあった草むらの中へ転がるように逃げ込んだ。
「はっはっはっ……ざまあみろ。俺は生き残ってやったぞ!」
バクバクする胸の音を聞きながら、もうこれ以上は動けないと大の字になる。生き残った喜びに笑いがこみ上げてきた。他の馬路党の連中も同じだったのか、釣られるように笑いが広がっていく。
そんな時、飯盛山城の方角から爆発音が聞こえてきた。無事お役目が成功した事を知らせる合図である。随分と手際が良い。あっちの部隊には川崎殿がいるから大丈夫だとは思っていたが、それでも上手く行って良かったと安心する。
「向こうも終わったようだし、こっちも撤収するぞ。ぐすぐずしてると見つかるからな」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「これはまた、大勢だな」
翌日、根城にしていた本願寺の末寺に皆が戻ってくる。馬路党もそれなりの数の脱落者が出ていたが、傭兵組の方はもっとひどい有様であった。数が半数以下に減っていた。俺達もかなり際どい戦いをしたが、突入組の方も壮絶な戦いであった事が分かる。戻ってきた奴等は押しなべて疲労困憊の表情であった。
ただ……ここで気になるのが、攫ってきた数が……二人、三人、いや四人いる事である。猿轡を噛まされ、縄で縛られたままゴロンと床に転がされている。俺の記憶が正しければ一人で良い筈だが、何故か数が増えていた。しかもその内の一人は爺さんである。どうなっているんだ?
「松山殿もご無事で何より……ああ、そうですね。気になりますか……」
川崎殿が言うには、全員木沢家の者なので纏めて攫ってきたという事である。その方が何かと都合が良いのではと考えたらしい。丁度同じ部屋にいたので都合が良かったとも言っていたが……きっと考えるのが面倒になったというのが正しいだろう。俺も木沢家の一族がこの人数で残っているとは思わなかった。現場では相当戸惑った事だろう。
「まあ、俺達の仕事は木沢家の者を攫ってくる事だからな。多少数が増えた所で問題はないか……」
「そうですね。後は上の人がどうにかするでしょう」
「だな」
こうした顛末で俺達の仕事も終わり、元気な者や治療を終えた者から報酬を貰ってこの寺から去って行くだけなのだが……意外と言えば良いのか、それとも予想通りと言えば良いのか、俺を含めた傭兵組の生き残りの大部分はこの寺から出て行こうとしなかった。
三日後の事である。
「傭兵組の皆さん。我等も明日にはここを撤収しますので、いい加減報酬を貰いにきてください」
寺に戻ってきた翌日からしていた荷造りが終わったらしい。副隊長からついに最後通告を突きつけられる。その言葉に促され、数人の傭兵は名残惜しそうに副隊長から報酬を貰うが、そのまま元の場所に戻るだけでやはり寺から出て行こうとしない。
「いや……この度の仕事はもう終わりですから。待ってても次の仕事は無いですよ」
それは俺達全てが分かっている。単純に馬路党と別れたくなかっただけだ。
ここでの日々は本当に楽しかった。馬路党という規格外の馬鹿な奴等との出会い。見る物、触る物が初めてという体験もたくさんした。それに傭兵は磨り潰されるだけのただの使い捨てだと思っていたが、そうではない扱いを初めて受けた。
きっとここで別れたら、もう二度とコイツ等とは一緒に戦えない……と思う。
そう言えばと……ふと、ここに来た日を思い出す。確かあの時、無事生還したら馬路党の主を教えてくれるという約束だったような……。
「副隊長、モノは相談だけどな……このまま一緒に付いていく事はできないのか? 一度、雇い主に直接会ってみたいし、向こうで俺を雇ってもらえないか聞いてみたいんだが」
「いきなり何を言うかと思えば……確かに国虎様の事は生き残ったら話すとは言いましたが……分かりました。土佐まで来たいと言うなら、手配しましょう」
「ほ、本当か?」
「もしかして、残っている傭兵組全員ですか? まあ、国虎様なら何とかしてくれるか。出発は明日ですから、急いで荷物を纏めてください」
呆れた表情をしつつも、俺の突拍子もない提案を副隊長は快く受け入れてくれた。皆同じ気持ちだったのだろう。副隊長の言葉に全員が歓声を上げ、喜びを露にする。まさか行き先に土佐の名が出てくるとは思わなかったが、所詮俺達のような傭兵は、家族もいない着の身着のままに生きているようなのが殆んどだ。何処へなりとも行こうじゃないか。
馬路党という大馬鹿を飼っている国虎という主。どんな男か今から会えるのが楽しみである。きっとまた面白い事が起こるだろう。まだ見ぬ土佐の地に思いを馳せながら。
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