特殊部隊化計画

「痛て! 痛て! 痛て!」


「さすが国虎、お手柄じゃないか。俺もいずれは火薬に必要な硝石をどうにかしないといけないと思っていたが、まさかだな。もうこれ、天下統一もできるんじゃねぇか?」


 馬路家の領地から戻った夕方。いつもの長正寺の一室で俺は親信から背中をバンバン叩かれていた。


 ……嬉しいのは分かるが、もう少し手加減をしてくれないものか。何度も力一杯に叩きつけるものだから、背中はヒリヒリし、涙目となっているのが分かる。もうこれ以上は御免だと、転がるように一羽の傍へと逃げると、ようやく手の動きが止まった。


 こういう時の一羽の眼はとても恐い。天下統一がどうとか言うほどテンションの上がった親信が一気に冷静になる程だった。まだ俺が小さいからというのもあるだろう。一羽はどうにも過保護な部分がある。以前にも似たような事があったが、その時は親信に殴りかかろうとしていたくらいだ。俺と親信とのやり取りには「気にするな」と普段から言っているのだが……難しいものだ。


「もう少し加減しろよ! 話す内容を忘れてしまったらどうするんだ」


「いやー、悪い悪い。硝石の目処が立ったのが嬉しくてな」


「思い出した。その硝石だ! 俺も硝石丘法をきっちり覚えている訳じゃないぞ。あくまでうろ覚えだからな。間違っているかもしれない。正しくても実用まで漕ぎつけるには最低一〇年は見ておけよ」


 この時代における硝石の抽出は大きく三つある。その内の一つが今回の硝石丘法だ。雨ざらしにならない通気性の高い小屋の中、稲藁と牛糞を混ぜた田んぼの土に水を掛け放置する。後は大体二ヶ月毎にその土を良く混ぜ人糞、尿をぶっ掛けて放置するという寸法だ。細かい点は間違っている可能性もあるが、確か尿のアンモニアが大事な筈。昔、興味本位で五箇山ごかやまの培養法 (硝石製造で有名)を調べた時、ついでに硝石丘法も調べた。培養法はすっかり忘れてしまったが、こっちの方だけは何とか覚えていたという寸法である。


 意外だったのが、村に古土法を知っている者がいた事だろう。硝石丘法はそれの時間を短縮して作る方法だと教えたら、すんなりと理解してくれた。話が早かったのはありがたかったが……可哀想な事にその彼が責任者となる。任命された瞬間、顔がひくついていたのを見逃さなかった。


「大丈夫だ。俺だってハーバーボッシュを覚えている訳じゃないからな。硝石丘は成功すれば大きい。チャレンジする意味はある」


「そのくらいの認識でいてくれよ。後、折角だから炭焼きを委託しておいた。簡単な物で良いから炭焼き窯の設計を頼む。粘土は多分実家から手配できる」


 炭焼き自体は馬路家の領地でも行なわれていたが、原始的な方法だったのでこれを機会に効率化する事を目指した。その意味での炭焼き窯の設置である。親信の専門は船の設計ではあるが、こうした融通が利くのが強みだ。本人曰くDIYレベルまでなら何とかなるそうだ。なお、窯の設置はこちらが費用を出して行なう分、炭の価格は割引させる。相変わらずの悪どいやり口に惚れ惚れとする。今回は無理そうだが、次の窯を設置する際は木酢酸も入手できるようにしたい。


「構造が難しくないならそれ位はできるか。するのは構わないが、鉛筆と耐火煉瓦たいかれんがが欲しい」


「無茶言うな」


 馬路家の領地はほぼ山ではある分、無駄に広さだけはある。それを全くの手付かずで放置するのは勿体無い。だからこの機会に実験的な意味も込めてこちらで手の回らなかった細々とした物を纏めて委託した。


 順番にウサギ牧場、鹿牧場、薬草採取、しいたけ製造、蜂蜜採取、それと先程の炭焼きである。さすがは山の民と言えば良いのだろうか、革をなめす技術を持った者もいたし、薬草の知識を持っている者もいた。当然フル活用である。また、鹿は皮や肉だけでなく角や内臓まで使い道がある美味しい素材。ウサギ牧場もそうだが、柵で囲って放し飼いにするだけなので飼育の手間も掛からない。ドル箱の予感がする。しいたけや蜂蜜は上手くできたらラッキー程度の宝くじである。


 援助する分、より一層稼がないといけなくなった。だからこそ、この際できる事は何でもしようと思っている。馬路家も俺の提案には諸手を上げて賛成してくれた。


 こうして今回の事業提携は上手く行くかのように思えたが、一つ厄介な問題が起こる。


「それでな、少し相談したい件があるんだが……長正ながまさ、入れっ!」


「はっ! かしこまりました」


 俺が大声で部屋に入ってくるように伝えると、引き戸を開けて年の頃一〇歳程度の少年が堂々とした態度で入ってきた。


「どうしたんだ? 見た所、素直そうな少年じゃないか。一体何の相談事だ?」


「コイツはなー、俺の小姓 (側使え)として使って欲しいと馬路家から託されたんだが……まずは自己紹介をしてくれるか?」


「はっ! 自分は馬路家当主の嫡男、馬路 長正うまじながまさと申します。以後お見知りおきの程、宜しくお願い申し上げます」


 応援団も真っ青の大音量が室内に響く。直立不動で背筋をピンと伸ばしながらの自己紹介。前世の記憶の中にある「体育会系」という言葉がよく似合うこの少年が今回の厄介事であった。


「おっ、おう。安田 親信だ。安芸 国虎の親友兼腹心だ。こちらこそ宜しく頼む」


 長正の雰囲気に押されつつも、ちゃかりとこういう事を言える親信がとても羨ましい。内容が間違っていないだけに否定もできない。その上で立ち位置まで一瞬で決めてしまう。もう長正の中では親信はナンバーツーの存在となっているだろう。こういう所が上手い。


「それでだな……もう何となく分かったと思うが、脳筋で書類仕事が向いていないんだよ。四則計算もできないしな……」


「そういう事か」 


 ビジネスという意味では今回の馬路家訪問はとても有意義であったが、その後に面倒を押し付けられる事になる。それが、この馬路 長正の存在である。


 俺としてはこれでもかなり頑張った結果だ。本当なら馬路家は俺と一族の娘を婚姻させるつもりだった。こういった事はこの時代の慣例なのかもしれないが、「今後の両家の発展のために」との名目で事業提携の書面を交わした後に突然話を持ちかけられる。


 それはもう全力で拒否した。年齢の問題もあるが、俺の美的な価値観は現代のままである。この時代の美人を美人だとは思わない。デブは嫌だ。当然「そんな事をしなくても大丈夫だ」と必死に説得した。


 そうすると今度は「長男を小姓に出す」と言い出す始末。それも当然拒否するが、この度の恩を返すためにもそれだけは譲れないとお互いが平行線を辿った。俺としては充分に搾取できる環境を作ったつもりだがそれをはっきりと言う訳にもいかず、「どうにかして俺の役に立ちたい」という馬路家の熱の篭った言葉に折れざるを得なかったという流れである。やはり俺の評価は救世主から変化していない。


 最後の足掻きとして「せめて元服げんぷく (成人の儀式)してからにしてくれ」と問題の先送りを図ったが、「分かりました」とあっさりと元服を済まして俺達の一行に付いてきたという次第である。


 俺に対しての評価が大幅に間違っているとしか言えない出来事だった。


「それで長正は何が得意なんだ?」


「はい。自分は体が頑丈なのが取り柄です。後、村では同世代で一番足が速かったのが自慢でもあります」


「これでどう俺の仕事を手伝わせるんだよ……」


 長正の長所を尋ねると体力自慢をする始末。今更ながら、話を受ける前にこれを確認しておけば良かったと後悔している。


 けれどもただ嘆く俺とは対称的に、親信はずっと長正を見続けながら何やら考え始めていた。やがて考えが纏まったのか、俺に向けて、


「良い事思い付いた! いっそ、安岡のオッサンに預けないか?」


 と自身のアイデアを披露する。


「ん? それはどういう意味だ」


「だからな、いっそ脳筋を極めさせてしまおうぜ。ガチムチのマッチョにしてさ、デカイ武器を持たせて、それで最強部隊の隊長をさせてさ……レンジャー部隊を作ろう……いや、馬路村はゆずだから黄レンジャーだな。これでどうだ」


 その内容が知りたくて続きを話すように促すが、まさかの特殊部隊化構想。誰が上手い事を言えと……。確かに歴史上そういった事例は何度もあったような気はするが、実際にそれを目の前で提案されるとは思わなかった。


「意味は分かるが、火器武装化が今後の流れなのに意味があるのか? 尼子あまご新宮党しんぐうとう (尼子家の精鋭部隊)だって解体されるんだぞ」


「馬鹿言うなって、効率で言うなら特殊部隊化は世の流れだぞ。火器無しの抜刀隊でも専門職は物凄く強い。正に一騎当千だな」


「……一騎当千……凄く格好良いです。是非自分にそのお役目をさせてください!」


 あっ、長正が「一騎当千」の言葉に目を輝かせて反応している。これはもう駄目だ。この言葉は戦国時代版厨ニ病そのものだろう。


 確かに現代の戦争はかなり変化し、一般兵をずらっと並べる大きな戦いよりもこうした特殊部隊で重要拠点を落とす戦いにシフトしていると聞いたような気がするが、時代を先取りし過ぎじゃないのか?


 いや……もっと単純に最強戦力の遊撃部隊を作るというのはアリか。運用が上手く嵌れば抜群の効果が出そうだ。試験的に少人数で始めるのは良いかもしれない。


「……その顔、国虎も納得したようだな。良し、これで決まりだ! 長正、これから返事をする時は必ず『押忍』と言え。俺達がお前を最強の戦士に仕上げてやる」


「押忍! 宜しくお願い致します」


 もう何が何やら。俺達は一体どこに向かっているのだろう。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 俺の側使えとして派遣された筈が何故かカレー大好きキャラとなってしまった馬路 長正。初日にしていきなり虎〇穴行きが決まったので、最後に激励を兼ねて皆で一緒に食事をする事になる。


 とは言え、俺達も普段から豪勢な料理を食べている訳ではない。場所的に便利という理由で未だに長正寺で寝起きする以上、食事は意外と質素なものであった。


 いつものように和葉が俺達の食事を持ってきてくれる。突然一人分が増えたとしてもそれを難なくこなす。相変わらず要領が良い。今は完全にこうした裏方を和葉に任せていた。


「おっ、やったな。今日はアジの干物があるのか。いつも小魚ばかりだからこういうのも食べたかったんだ。ありがとうな和葉」


「今日は近くの漁師のおじさんが『干物の出来を見て欲しい』って持ってきてくれたんだよ。美味しかったら商品として扱って欲しいみたい」


「なら責任重大だな。この干物が畿内きないでも戦えるか俺達の舌にかかっている訳だ。……って、どうした長正。変な顔をして」


 いつものように和気藹々わきあいあいと食事の時間を楽しもうとした所で、長正が不審な目で俺達をずっと見ていた。


「押忍! 国虎様が自分の一族の娘を断ったのは何か理由があっての事だとは思っていましたが、幾ら事情があろうともこのような醜女しこめを側に置くのは間違っていると思います。国虎様にはもう少しお似合いの娘がいる筈…………って何事ですか? 一体!」


 自分の発言で空気が悪くなったのを感じ取ったのか、全てを言い終わる前に目をキョロキョロとさせながら俺達の様子を窺いだす。


 俺もそうだが、親信も美的な価値観は現代のままだ。一羽においては実の妹が目の前でブサイクと言われるのは我慢ならないだろう。


 この戦国時代で見れば、確かに小麦色の健康的な肌に眼はパッチリ、スラリとしたボディラインの和葉は美人とは言えない (最近は五分刈りくらいまで毛が伸びている)。だが、最低限俺と親信は誰が何と言おうと素直に可愛いと思っていた。そんな俺達から和葉を遠ざけようと言うのか。


「こんなに可愛い和葉ちゃんをブサイク言うな!」


 その言葉に瞬時に反応し、唾を飛ばしながら吠える親信。


「そうだ! 和葉の可愛さが分からないお前は目が腐っている。おい一羽、やるぞ」


 それを受けて実力行使に出ようとする俺。


「はっ。かしこまりました」


 止めるどころか一緒に参加する一羽。


 その時三人の思いは一つとなり、大悪党馬路 長正を成敗した。


 虎〇穴送りならぬ病院送り(実際には怪我人の療養を受け入れてくれた近くの寺)となった長正が再度俺達に顔を見せたのは六日が経ってからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る