国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版
カバタ山
序章
出来人の踏み台
「♪う~みは、ひろいーな、おおきいな~~」
目の前に広がるは広大な太平洋の海岸線。頬に伝わる潮風がとても気持ち良い。寄せては引きを繰り返す波の音が心を安らかにする。
ここは俺のお気に入りの場所だ。何かあるとついつい足が向いてしまう。
「はぁー。どうしてこうなってしまうかな。何かが間違っていると思わないか?」
さらさらの砂が気持ち良い砂浜で膝を抱えた体育座りで海を眺める。こんな時、愚痴が零れてしまうのは仕方ないだろう。本当の俺はどこにでもいる普通の人間であるからだ。皆の期待を一身に集めるようなスーパーマンとは違う。
「…………」
けれどもすぐ隣にいる護衛の
残ったのは波の音だけ。発した言葉は風に流され、海の中へと消えていく。ぼんやりとしながら、太陽の光を受けてキラキラと反射する海を飽きる事なく見続けていた。
どれほどの時間が経ったろう。一時間かそれとも10分か。カチャリという
「おーい。
それもその筈。
見知った緊張感の無い声が俺の名を呼ぶ。振り返った先には
「やっぱりここにいたか。探したぞ」
息が乱れているような雰囲気ではないが、少し疲れたのかどっかと俺の隣に胡坐で腰を下ろす。少しだらしないな……とつい前世の価値観がこんな時には出てきたりもするが、この時代ではこれが正しいので何も言えない。
俺の事を探していたような態度だったが、この様子ならそう急ぐ事もないだろう。ニヤケ面をする親信を横目で見ながら、また海の方へと視線を戻した。
沿岸では数隻の船が風を背に受け軽やかに海上を走っていた。帆船はそれだけで絵になる。ガレーのような暑苦しさとは違う優雅さだ。
だからこそ……
「ちっ」
つい舌打ちが出てしまう。
「うん? 何かあったのか?」
「いや、まだあのスクーナー (二本以上のマストの縦帆帆船)に慣れないだけだ。戦国時代の雰囲気をぶち壊しにしているとしか思えないんでね。風情も何もあったものじゃない」
「あっ~、何だそんな事か。諦めろ」
「お前ならそう言うと思ったよ」
そのまま項垂れた。
そう。今俺がいるのは戦国時代の土佐。幕末ならまだしもこの時代には完全にオーバースペックの技術である。それを実現したのが、俺の隣にいる親信だ。具体的に言うと、船の設計と船大工への技術指導をコイツが担当した。
「……と、こんな所で油を売っている場合じゃなかったな。戻るぞ、国虎。主役がいないと宴が盛り上がらないからな」
ここに来て即行座ったのは誰だと文句の一つも言いたくなるが、コイツはそんな事は全く気にしない。訝しげな視線をする俺にお構いなしに尻に付いた砂を払いながら、「ほら立て」と催促してくる。
「どうしても行かないといけないか?」
どうにもならないと分かってはいながら最後の抵抗を試みる。けれどもコイツにとっては俺の気持ちなど柳に風。むしろ地獄に引き込もうとしているのかもと思わずにはいられない。
その証拠に、
「もういい加減に諦めろ。
と、聞くだけで頭の痛くなる事を平気で押し付けてくる。今日は勝手にゲームスタートまでしていた。
「何度も言ってるだろう。俺はもっとのんびりしたいんだ!
しかし俺がこの戦国の世でしたい事は生き残る事だけだ。それも楽をして。正直な話、長宗我部には生活を保障してくれるなら降伏しても良いと思っているくらいである。最悪、山に逃げて隠れ住むという選択さえも考えている。
俺と親信はお互いを認め合う親友ではあるが、この一点だけが大きく違っていた。また、親信の語る夢に賛同できないのはもう一つ理由がある。それは、
「無・理! そんなの俺が面白くないだろうが。これからも隣で楽しませてもらうぞ」
こういう事を平気で言うからだ。こんな事を言われれば誰だって「お前がやれ!」となる。そうでなくとも誰かに天下を取らせたいと考えているなら長宗我部や土佐国司 (地方行政官)である
現実というのは本当にままならない。
「こ……こいつは……やっぱりムカつく。一羽も何か言ってやれ」
「自分も日ノ本の天下を取るのは、国虎様以外いないと思っています」
「一羽よ、お前もか」
しかも、こうしてしっかりと外堀を埋めてくる用意周到さ。護衛の一羽だけではない。ここ
今日はそのシンパがもう一人加わってしまう……それが嫌で宴から逃げ出してきたという種明かしである。
「そりゃそうだろ。今日がお前の初陣だよな。完勝の上に降伏させて城? 砦? どっちでも良いか。それを二つも平らげるなんて前代未聞だぞ。周りが期待しない方がおかしい」
言っている事は物凄く俺の功績を称えている風なのに、どうしても(笑)と聞こえてくるこの口調のお陰で素直に喜べない。今回の勝利さえも親信が仕組んだ陰謀の一つじゃないかと思ってしまうほどだ。
今回の戦い……いや、小競り合いとも言える小規模なものだ。城と言っても大した規模ではない。せいぜいが防御設備のある館程度の存在である。俺の感覚的には悪さする盗賊を懲らしめた程度なのだが、それがこんな風になっていた。この時点でまずおかしい。
しかも、しかもだ。今回の俺は役割的にはほぼ何もしていない。した事は一斉射撃の合図と突撃の号令を出しただけだ。そうだな、降伏勧告をするようには言ったか。人手が足りないので、全員無罪放免で生活の保障をしてやると言ったら、あっさり降った。
確かに親信が言うように前代未聞だな。勝敗が決まった時、勝った方が喜ぶのは当然だが、今回は負けた方さえも喜んでいた。まるでラグビーのノーサイドとでも言えば良いのだろうか? こんな事が血で血を洗う戦いの中で起こるとは思わなかった。
そのため、今日の戦勝の宴は敵味方全員でするという……頭が痛くなってきた。俺がこんなよく分からない宴から逃げ出したくなるのは普通の感覚と言えるだろう。せめて味方だけの集まりなら分かる。
「あっー、もう分かったよ。戻れば良いんだろ。戻れば! 一羽行くぞ」
「はっ!」
こうしてまた親信の術中へと嵌ってしまう。本当に分不相応な扱いだ。最近はこういうのばかりのような気がする。
「そうそう。人間諦めが肝心だ。お前はまだ自分の凄さが分かっていない。それをこれからも俺が嫌という程教えてやるから楽しみにしておけ」
「あー、分かったよ。楽しみにしておく。無理だと思うけどな」
俺の名は安芸 国虎。高知県、いや土佐の国の豪族の家に生まれた次男である。後の世では「土佐七雄」の一つと言われ、安芸郡を支配下に置いていた。また、「土佐の
そんなイマイチで知名度の低い武将に令和の世から転生した元現代人でもある。
つまりどういう事かと言うと、何もしなければ長宗我部 元親に倒される踏み台武将の一人が今の俺の姿であった。
だからこそ、今の俺の目標は長生きしてしっかりと寿命を全うする事。間違っても天下取りなんて言える立場ではない。国力、経済力、家臣団と全てが見劣りするのだから、俺の考えの方が現実的と言えるだろう。
きっとその内皆も天下というのは夢物語だったと分かる日が来ると信じている。
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