第17話 少年と少女が出逢った日③

 藻香は感情を表出する般若面とは対照的に今にも爆発しそうな感情を必死に抑えている燈火の背中を心配そうに見つめていた。

 そんな燈火の目は憤怒の色を見せつつも、般若面に対して静かに口を開いた。


「そうか、多悪霊荘たおれそうを焼いたのはお前か。――まあ、その件に関しては別に怒ってねえよ。古い木造建築だったからな、遅かれ早かれああなっていただろう。――でもな、あそこにいた霊たちは別に悪霊だったわけじゃない。ただ、この土地やあの建物に強い未練を残していただけの地縛霊たちだったんだよ。だから、これから少しずつあいつらを成仏させようと思っていたのに、それをお前は無理やり妖に転じさせた!!」


「それが何か? あんなボロアパートに巣くっているよりも妖となって暴れた方が本望でしょう? 実際にあれほどの怨嗟えんさの念を発しているのですから」


『オ……オオオオ……オオ』


 多悪霊荘の霊たちから成った妖から声が漏れる。燈火を見つめ発せられたその声はどこか悲痛なものだった。


「お前にはあれが本当に怨念や憎しみの声に聞こえるのか? ――ふざけるなっ!! 藻香も気付いていたけどな、あの妖から感じるのは苦しみだけだ!! 無理矢理なりたくもない妖にされて苦しんでるんだよ!! そして俺が姿を現してからは、ずっと俺に対して訴えてるんだよ、『痛い、苦しい、殺してくれ』って!! 死して魂だけの存在になってなお、殺してくれと俺に懇願してるんだ!! お前は、どれだけ命を! 魂を冒涜すれば気が済むんだ!! 俺はお前のようなヤツを絶対に許さない!! いち退魔師として必ずお前をぶっ潰す!!!」


 燈火は内に抑えていた怒りを解放し、護符から式武〝緋ノ兼光〟を顕現させ左腰に装備した。

 その雄雄しい姿を藻香は真剣な眼差しで見つめ続けていた。その隣にいる吉乃もまた同様だ。


「藻香、よく見ておきなさい。命と魂に礼節と節度も持って向かい合い、荒ぶる魂に討滅という名の鎮魂を行う者。――あれが本物の退魔師の姿よ」


「うん、分かってるわ。魂に対してあれだけ真摯な思いを持つ人は初めて見た。――式守君、これがあなたの本当の姿なのね」


 燈火は刀のつばを左手の親指で押し出し、はばきを露出させて抜刀した。刀身を燈火の魂式が赤いオーラとなって覆っていく。

 

「もう少しだけ耐えてくれ。――すぐに楽にしてやるからな」


 燈火は真っすぐに妖に突撃を敢行した。その直線的な動きに対して妖は悲痛な声を上げながら巨大な右腕を少年に向けて振り下ろす。

 燈火は突撃するスピードを落とさず、位置をわずかに横にずらして敵の拳を最小限の動きで躱した。

 さらに回避と同時に刀で妖の前腕を斬り飛ばす。

 斬られた位置から十数メートル離れた場所に落下した腕は燃え盛り、間もなく灰となって消滅した。


『クオオオオオオオオ!!』


 右前腕を失った妖は身体をのけぞらせ、腹部ががら空きの状態になる。燈火はその正面に位置取り、左腕に魂式を集中させる。

 すると彼の左手を深紅の炎が覆うのであった。


「行くぞ! 六波羅炎刀流、壱ノ型――赤光しゃっこう!!」


 燈火は炎を纏った拳を妖の腹に思い切り叩き込み、先程と同じように後方に吹き飛ばした。拳を受けた場所は燃えてその範囲を少しずつ広げていく。

 続けて燈火は空に跳び上がると、今度は彼の右脚が炎を纏う。それはまるで炎のブーツのような姿を形成した。


「次はこれだっ! 弐ノ型――火燕脚ひえんきゃく!!」


 燈火は落下速度と無天による加速を合わせた猛スピードの炎の蹴りを妖に放った。

 強大な打撃力と炎の魂式の攻撃力が合わさったキックは、妖を焼きながら地面にその身を叩き付け大ダメージを与える。


『オオ……オ……オオオオオオオオ!!』

(そうだよな。痛いよな……苦しいよな……。でも次で全部終わらせるからもう少し辛抱してくれよ!)


 燈火は一旦距離を取って緋ノ兼光に魂式を集中させた。刀身を覆う赤いオーラが深紅の炎となって闇夜を赤く照らし出す。

 燈火の目の前で倒れていた妖が勢いよく起き上がり、左腕の爪で突き刺そうと突進してくる。

 それを燈火は慌てる様子もなく迎え撃つのであった。


「これで終わらせる。六波羅炎刀流、参ノ型――ほむら!!」


 炎の刃と巨大な爪が真っ向からぶつかり合う瞬間、燈火は妖に向かって呟いた。


「――ごめんな」


 炎を纏った燈火の刀は妖の爪を、腕を、身体を斬り裂き、斬撃を受けた箇所から炎が激しく燃え広がりその身を焼いていく。


『……ア……リガ……トウ……』


 深紅の炎に包まれ身体が灰になっていく中、妖が最期に放った言葉は憎しみや怒りに満ちたものではなく感謝を伝えるものだった。

 燈火はその言葉を聞いて一瞬目を見開き俯いてしまう。そして、彼の目の辺りから一滴の雫が落ちるのを藻香は目の当たりにしたのであった。

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