第2話 黄龍斎と弟子たち

「二人とも、そこの椅子に座ってちょうだい」


「「失礼します」」


 師匠の勧めに従って俺と春水は、美琴姉さんの横に二つ並んでいる椅子に座った。

 俺が真ん中の椅子に座ったので、俺の右側に姉さん、左側に春水、と言った位置取りである。

 俺は右側にいる黒髪美女に声を掛ける。


「美琴姉さんいつ帰って来たんだ? 任務で京都を離れてたんじゃなかった?」


 すると美琴姉さんは肩をすぼめながら答えてくれた。


「大した相手じゃあらへんかったわ。『百鬼夜行』ですらない、下級のあやかしやった。そういうあんたも先日任務を受けてたやろ? あれはどうやったんや?」


「一応『百鬼夜行』の鬼だったけど、末端の連中だった。何の情報も持っていなかったし、いつもの蜥蜴とかげの尻尾切りだな」


「そっかぁ。最近はそんなのばかりやなぁ。この調子やと、九州に行っとる兄弟子も空振りの可能性が高いなぁ」


 俺と姉弟子が情報交換をしていると、横から春水がたしなめて来る。


「二人とも、これから師匠の話があるんだ。雑談は後にしろ」


 弟弟子に言われ美琴姉さんがジト目で春水を睨み付ける。いつものが始まる合図だ。


「へぇ~、春水。いつから姉弟子に向かって、そんなタメ口きくようになったんや? あまり生意気言うてると、あんたの恥ずかしいエピソードを話してまうで?」


「僕には言われて恥ずかしい話なんて存在しない。でっち上げは止めろ」


 美琴姉さんは再び春水にタメ口を言われて、決心を固めたらしい。

 一度師匠に視線を向けてからすぐに春水に視線を戻し、わざとらしく少し大きな声で言い始めた。


「あれは確か、燈火と春水が弟子入りして間もない頃やったなぁ~。うちが朝起きると春水が泣いとって、どないしたのか訊くと布団を指さして――」


「うああああああああーーーーーーーーー!!!」


 全てを言い終わらないうちに春水が大声をあげた。俺のすぐ隣だったために耳がおかしくなるかと思った。

 左側を見ると、さっきまですまし顔をしていたイケメン男が明らかに動揺した様子で姉さんを睨み付けている。


「それを言うか普通!? 昔の話だろ!?」


 そんな春水の様子に満足したのか、姉さんは破魔装束の裾で口元を隠すようにしながらクスクス笑っている。


「過去話に時効なんてあらへんよ。他にもあんたの恥ずかしい話はギョーサンあるんやで。それでもうちに舐めた口きくんやったら、それらは白日の下にさらされるけど――ええんやな?」


 最後の「ええんやな」の部分にドスを利かせる我らが姉弟子。

 春水、無駄な抵抗は止めておけ。俺たちはこの人には逆らえない運命だ。

 もしも口答えをしようものなら、今のように本人でも忘れている恥ずかしい話を昨日の出来事のように話されるのだ。

 正直堪ったもんじゃない。

 だから、俺はずっと前に姉弟子には絶対服従の姿勢を誓った。ちょっと我儘わがままをきいてやれば問題ないので抵抗するだけ無駄なのだ。


「――――申し訳ありませんでした。姉弟子」


 観念した春水がポツリと呟く。


「ん? 聞こえんかったなぁ~。春水、悪いけど、もういっぺん言うてくれる?」


 この姉弟子はドSだ。ライフがゼロになった春水にさらに追い打ちをかける。


「申し訳ありませんでした! あねでしぃぃぃぃ!!」


 今度は確実に聞こえるように大きな声で姉弟子への謝罪を述べる春水だった。

 それを聞いて美琴姉さんは「はぁん」と、甘い声を出してうっとりとした表情をしている。

 サディスティックな自分の性癖が満たされた事でほくほくしているのだろう。


「はぁ~」


 そんな俺たち三人のやり取りを見て、今度は師匠が溜息を吐いていた。自身の額に手を添えて頭が痛そうにしている。


「全く、あなたたちはいつになったら退魔師としての自覚が芽生えるのかしら? もう何度も説明したけれど、あなたたちは国内に十数名しかいない一級退魔師のうちの三名なのよ。責任ある立場なの。兄弟子であるはじめを見習ってシャンとしなさい!」


「でも、げんさんもここにいれば、確実に俺たちに混ざって大笑いしてますよ」


「う……うーん」


 俺が言うと、考え込んで再び頭を抱える師匠。思い当たる節があるらしい。

 去年の年末の忘年会で酔った勢いで裸踊りを披露した、黄龍斎四人の弟子の長兄である土御門つちみかど はじめ

 俺たちは、〝げんさん〟の愛称で呼んでいる。

 一級退魔師の中でもトップクラスの実力を持ち、黄龍斎の後継として注目されている。

 そう言われれば聞こえはいいが、大のお祭り好きで普段は筋トレばかりしており、自慢の筋肉を俺たちにやたらと見せつけて来る困った人物だ。



 頭に手をやって悩んでいる師匠を見て、俺はある事に気が付いた。あれはまさか――!!


「師匠、もしかしておやつにチョコレートを食べましたか?」


「えっ、どうしてそれを?」


「上唇にチョコが付いてますよ」


 俺は自分の唇を指さして師匠に伝える。

 これから真面目な話が始まるというのに、唇にチョコが付いたままだと話に集中できない。

 絶対に笑ってしまう自信がある。


「ええっ!? うそっ……やだっ、ホントだわ! 私ったら」


 俺の指摘を受けてから鏡で自分の口元を見て顔を赤くする最強の退魔師。

 すると、ちょろっと出した舌先で上唇のチョコレートを舐め取る仕草を見せてくれた。

 普段はゆるふわな感じの女性ではあるが、時々こういうふうに思わぬ色香を振りまく時がある。

 ――さて、左側に顔を向けると春水がポーカーフェイスで師匠をじっと見つめている。

 だが、よく見てみると春水の身体が微妙にぷるぷる震えていた。好意を抱く女性の思わぬ一面を目の当たりにして萌えているようだ。

 

 春水の様子を見た後、今度は右側を見る。そこには師匠とお菓子を食べていたであろう姉弟子がいる。

 俺の視線に気が付くと、姉弟子は無表情のまま俺だけが気が付くように親指をグッと上げていた。

 ――思った通り確信犯である。

 こういう展開になると考えて、師匠の唇にチョコが付着しているのをわざと黙っていたのだろう。

 この女もポーカーフェイスを装ってはいるが、今心の中では笑い転げているに違いない。

 それにも関わらず微動だにしていない。本当に恐ろしい姉弟子だ。絶対に敵にはしたくない相手だ。

 俺は改めて風花美琴という退魔師に服従を誓うのであった。

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