正体2

 朝早くアンネ達が出発した。

 事情を話すと即座に理解をしてくれ、護衛のエルナを携えて向かった。

 アセリアは食堂には一切姿を見せず、部屋にこもり製作の準備をはじめた。

 直様始めるよう態勢を整えて置きたい。


「イーナ」


 部屋の近い場所の廊下で音がしたので、名前を呼んだ。

 子どもが踏んだ時の軋む音とは違うため、気がつくことができた。


「私の魔力を読み取ったのですか?」


 半開きの扉からイーナが驚いた様子で立ち、アセリアのために朝食を持ってきてくれていた。

 中に入るよういい、イーナはベッドに腰掛けた。


「いえ。あなたの魔力に比べれば私などは足元にも及びません」


 彼女は奇蹟を使う修道者だ。

 アセリアも幼い頃に学ぶ機会を多く与えられたが結局、初級すら取得できなかった。代わりに聖水作りに関しては人並みであろうと努力をしてきた。

 結果、孤児院ひいては子どもたちを救う事になった。


「ご謙遜を。司祭様は学ばられ続ければ今以上に飛躍されると感じております」


 悪意のないように聞こえるが、イーナの様に才に恵まれた者からの言葉は凡人のようなアセリアの心につきささる。

 前提として魔力を扱えるもの自体が珍しいのだ。

 割合としては数千人に一人の確率で魔力を有する者が現れる。

 多くは先天的に発する事が何かしらの原因で後天的に現れる事もある。

 アセリアは後天的に手にした者であり、師による鍛錬の成果による。

 そして例え魔力を保持していても、微々たるものが大半である。

 努力をしたとしても個人差による最大上限が存在するのだ。

 イーナは察するにおそらく先天的なのだろう。

 もちろん、途方のない努力をしてきたのだろうが潜在能力の有無も関わってくる。

 本来ならば、素質をもった彼女はこの様な農村に派遣されるのではなく、それこそ総本山と呼ばれる首都の大聖堂で研鑽を積み、将来的には枢機卿の役職に就くことも出来るだろう。

 故に師匠がなぜフルト村に彼女を派遣したのか、疑問を感じ続けていた。

 イーナから朝食プレートを渡してもらい、昨夜の獲物の肉を食べた。


「改めて敷地内を見させてもらいました。苦労されておられますね、アセリア様」

 

彼女の同情の目に少し救われた気持ちになる。


「一つ提案なのですが」


 改ってぎこちない様子で部屋の隅に置いてある麻袋2つにイーナが目線を向けた。

 中身が何だったか忘れてしまったが、アセリアも思わず見た。


「あちらに置いておられる、ウールと麻生地を使って衣類をご用意させてもらえないかと思いまして」


「服を作れるのですか?」


 即刻聞き返した。


「はい。私は裁縫が得意でして。町の教会に奉仕させて頂いた時はスラム街の子どもたちに服を差し上げておりました。ただ職人の方々には負けてしまいますが」


 恥ずかしそうに笑うイーナにアセリアは光を感じた。


「早速作っていただけませんか?家事の後で構いませんので」


「おまかせください」


 イーナは目を細めて笑った。

 まだ確認したい事もあるということなので、静かに部屋を去っていった。

 再び一人で道具の整理を行っていると時折、フィフィが様子を見に部屋に入ってきた。部屋から姿を見せないアセリアを気にかけて訪れてくれるのだが、本心は言えずにいたため、体の良い言い訳を告げた。

 お金のためにまた聖水を作る必要がある、と嘘をつくとフィフィは屈託のない笑顔で理解を示してくれた。部屋から出る前には小腹がすいたら食べて、と山りんごと山なしを机の端に置いてくれた。

 彼女を偽ってまで事を進める苦しさを感じながら、再び作業を始めた。



 夕暮れ時にはアンネ達とノア達が都合よく帰ってくるのが窓から見えた。

 外にでて出迎えると、真っ先にアンネがアセリアの腕の中に飛び込んできた。

「たくさんとれた」

 アンネが指差す先にエルナがおり、肩に3つも麻袋を背負っている。

 中身を見せてもらうとフィオラビアが詰め込まれており、子どもたちの分を作ったとしても余るぐらいにはある。

 数日かけて集めれば良いだろうと考えていたが、たった1日で済んだ。

 思わずアンネを抱きしめ返してやると嬉しそうに苦しんだ。

 二人と別れた後にノアが男の子のグループから離れ、歩いてやってきた。


「村長がこれ渡しとけって」


 手渡された物は拳くらいの布袋で口を丁寧に紐で結んである。

 手の上で軽く振ってみると、砂の様にサラサラとした音がする。

 開けようと紐を解こうとしたが、ノアが止めた。


「一人の時にしろって言われてる」


 理由は分からないがノアの言う通り、大事に袖の下に入れた。

 

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