歓迎会


 帰り道で本来の目的である薬草採取に気づいたのは孤児院の畑が見えてきた時であった。

 しまったという顔になっていたが、ノアはわかっていたのかそれとなくポケットから取り出した僅かながらの薬草を黙って手渡してくれた。

 量にしてみれば本当に少ないが、幸いなことに一部は種が付いてる。

 これもまた畑に植えて増やせるかもしれないという淡い思いが湧いた。


 アセリアはふと後ろの二人を思い、少し休憩しようと考えた。

 一度も休むこと無く進んでいるが、彼女たちは息一つあげずにいる。

 幹と獲物の重さを考えれば女性二人では無理な重量なはずだ。

 姉の方は奇蹟を使い、妹の方はおそらく神官戦士と呼ばれる国教の兵士であろう。

 神官戦士は他の修道者と同じく神の教えを説く仕事に就いているが、それはどちらかというと、主なものではない。日々の鍛錬と主軸とした者で簡単にいうと国教が抱える兵士のようなものだ。


 そして彼女たちは司祭の下に位置する助祭と呼ばれる者で宗教階級では中の下あたりに属する。

 助祭が意味するところは司祭の補助役――つまりは職をけるところである。

 ラグランジュの修道院にも数名程が所属していた。彼女彼らはまさにイーナ達が行わんとする補佐でアセリア自身も何度も世話になっている。

 大司教であられる師匠がなぜ今頃になって彼女たちを送り込んだのか、その意図する所は分からないが、人手が増えたと単に喜んでしまっていいのだろう。

 それに未だに布教活動の一つも行えていない。

 孤児院に付きっきりとなってしまっている現状、何かしらの行動を起こさねばならないのだが、一切手が回らない。

 その事で監査を送り込まれてしまったらどうしようかとどこかで怯えていたが、彼女たちはそれとは違うとわかり安心した。

 ともあれ彼女達にはこれから大いに働いてもらうしか無い。



「おお、ここが教会……なんですよね」


 獲物をゆっくりと地面に降ろし、姉妹はそのみすぼらしい建物に言葉を失った。

 やはりただの納屋に驚きを隠せない両者であるが、すぐに逆十字が目に入りそれ以上は何も言わなくなった。

 裏手に周り、畑や井戸を紹介してから今度はいよいよ孤児院を案内する。

 まずはアセリアの自室を見せる。


「ここがアセリア司教の部屋なんですね」


 見られて可笑しな物はないが、あまり視線を部屋中に回されると恥ずかしい。

 咳払いをして、今度は食料庫を案内する。


「おお、すげえ入ってる」


 エルナが驚いた。

 今や果物2種に干し肉、黒パン、ライ麦粉、それとカボチャが大量。

 申し訳ない程度に野草が置かれたここはこの敷地内で一番価値のある場所である。

 各々の食材の量に偏りはあるものの、栄養バランスは悪くはない。

 農村の暮らしの中ではかなり贅沢な分類に入るだろう。


「あ、アセリアおかえり。お客さん?」


 フィフィがちょうど食材を取りに来たのだろう、後ろから声をかけられた。

 イーナとエルナをどうやら客人と勘違しているようで、軽く挨拶だけして去ろうとしたが、アセリアが引き止め、自己紹介をさせた。


「え、じゃあお姉ちゃんたちも教会の人?」


「よろしくね、フィフィちゃん」


「ああ、あたしらはアセリア様の手伝いに来たんだ」


 そういえばとアセリアと酷似している修道服にフィフィの視線が留まった。


「じゃ、じゃあ一緒に暮らすの?」


 興奮を抑え気味で聞くとフィフィに姉妹は頷いた。


「やった!新しいお姉ちゃん達!」


 目的を忘れその場で飛び跳ねるフィフィにアセリア達は笑顔になった。

 大声ではしゃぐので他の子達も続々と集まり、改めて全員の前で挨拶をすることになった。


「これからお世話になりますね、みなさん」


 イーナが代表してお辞儀をした。


「ちょうどいい」


 アンネが呟いたのでどういう意味かと聞くと、ご馳走と答えてくれた。

 二人の歓迎会にすれば良いというわけかと納得し、それをフィフィに伝えると同じ様に大きく頷いてくれた。

 ただここで食堂では少し狭いということで外に持っていき、外に置いていた獲物をエルナがアンネの指示のもと捌いてくれ、それを足して歓迎会となった。

 一人ひとりに挨拶をして回るイーナは女の子に人気でやんわりとした物腰に一種の母性を感じて居るように見える。

 対してエルナは男の子から人気であった。

 ノアが森での出来事を話したらしく、その内容を詳しく聞きたい子たちが集結している。

 当のエルナはどこから話そうかと質問されるがままに答え、その横にはモンスターを斃した棍棒がしっかりと握られ、話の合間にそれを見せてやっている。


「焼けた」


 仕留めた獲物が焼けたららしく、これで全ての料理が揃った。

 干し肉とカボチャのスープ、黒パン、猪モンスターの肉焼き、最期に山りんごと山なしが全員に分けられた。

 ここに来て初めての贅沢、子どもたちにとっては一番のご馳走にみなが歓声をあげた。



 賑やかな時間が進み、アセリアは一人柔らかそうな場所を探してそこに座った。

 食べきれるか心配になる量をフィフィに取り分けられ、無駄にしまいと食べ続けていると、挨拶まわりが終わったイーナが心配そうに横に座った。


「アセリア様、気になることがあります」


「何かありましたか?」


 口休めに山なしの果汁水を飲もうとしたが、イーナの言葉に手が止まった。


「フィフィちゃんとアンネちゃん以外、みな瘴気におかされております」


 アセリアの顔が青ざめた。

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