姉妹のように

 故郷はどんな所だったか、両親はどんな人だったか、何と呼ばれていたか、既に記憶にはない。

 

 ただ決して恵まれてはおらず、隣人はおらず、孤立した日々であった。

 

 一番古い記憶は師匠と初めて出会った日だ。

 

 あの日は雨音が酷く、家の中にいても外にいるような気分になっていた。ノックも無しにドアがいきなり開き、背の高い大男が現れた。

 

 男はアセリアを黙って見つめ、そのまま脇に抱きかかえて連れ去った。

 

 大粒の雨に全身を打たれながら抗いながら、両親に助けを求めたがこちらを追ってくる人影は無かった。けれども、悲しい気持ちは湧くことはなかった。

 

 そのまま手足を縛られ、馬車の荷台に投げ込まれた。外の様子は見ることはできなかったが他愛のない世間話が聞こえてきた。

 

 そこで初めて世の流れをほんの少しだけ学ぶ事ができた。

 

 馬車が止まったのは4日目だったはずだ。

 

 その間も手足を解いてくれたのは排泄と食事の時だけであった。体も自由に掻けない、水浴びもさせてもらえず自由のない生活であった。

 

 拘束が解かれて降りた場所は大きな石の壁が見える場所であった。

 

 アセリアたちが乗ってきた馬車以外にも多くの馬車が止まっており、それは列を成して順番を待っている所であった。

 

 順番を待つ間に男はなぜ連れてきたかを教えてくれた。

 

 両親が国家に対する裏切りの逃亡犯であったこと、実際には血の繋がりがない里親で在ったこと等、知りたくもない事も話してくれた。

 

 そしてこれからの事も話してくれた。

 

 これに関しては内容をよく覚えていない。

 

 知らない言葉を立て続けに言われ続け、自分がどうなるかを理解することができなかった。

 

 気づけば修道院に預けられ、そのまま数年間、修道女として仲間たちと生活をしていた。


 そういえば師匠の名前を聞いたことは一度もなかったな。



「じゃあアセリアはアセリアって名前じゃないってこと?」

 

 フィフィに言われて気付かされた。


「そうかもしれません。ですが、この名前は気に入っていますよ」

 

 どういう経緯でこの名前を付けてもらったのか、いつか再会したら聞いてみるのもいいかもしれない。だがその前に一言言ってやりたいこともたくさんある。


 とりあえず気持ちを抑え、フィフィ容態を見る。

 

 まだ頬は赤くなっているが激しかった動悸は和らいできている。

 

 薬が効いたおかげだろうか、咳交じりの声も減ってきている。


「あ、ご飯の準備」


 外はもう夕日が僅かに残るぐらいで半分が夜空へと変わっていた。


 病人のフィフィにやらせるわけにはいかない。

 

 かなり不安だが自分がやるしかないと、アセリアが申し出たがフィフィがやめてと言うので、日頃から厨房に入ってるアンネを呼ぶよういわれる。


「アンネ、ちょっときて」

 

 フィフィが呼ぶとアンネが駆けつけた。

 

 隣の部屋にでもいたのだろうかすぐに現れ、手には剥きかけのカボチャがあった。


 フィフィがおらずともアンネは自分の役割を知っており、既に支度をはじめていたのだ。


「今日のご飯、お願いできるかな」

 

 フィフィが情けなく弱々しい声で頼むと、任せてとばかりに頷いた。そしてまたすぐに厨房へと戻っていった。


 食事に関してはアセリアの出番は多分この先もないだろう。


「まだお話聞きたい」


 フィフィが再び袖を引っ張り、会話をねだった。


「では、私がラグランジュに居たときの話をしてさしあげましょう」


「ラグランジュってアセリアがここに来る前に居た所?」


「そうです。私がいた修道院がある都市の名前ですよ」


 そういって思いつく限りの日常をフィフィに話した。



 夕飯が出来上がったとアンネがやってきたのはアセリアがランタンに灯りを灯した時だった。


 食堂から子どもたちの騒ぐ声が聞こえ、その中でもノアの声が特に大きい。

 

 アセリアとフィフィは耳を立て、その会話を聞きながら二人で笑いながら、アンネが持ってきてくれた食事を食べながら、話を続けていた。


「祭りってそういう事をするんだね」


「そうですね。1年に複数の祭りが開催されてます。それは季節や偉人を讃える日だったりするんですよ」


 会話は弾み続ける。


「わたしも祭りに行ってみたいなあ」


「元気になったらいつか連れて行ってあげますよ」


 フィフィを元気づけるために言ってみせる。


「じゃあ約束」


「はい。ではもうゆっくりと休んでください。薬を飲んだだけでは治りませんから」

 そういってアセリアは部屋を出た。


 今日は子どもたちの部屋で寝かせてもらおうと思い、食器を下げに厨房にいくとアンネがいた。アンネも同じく食器を下げにきたらしく、こちらに気づくと寄ってきた。


「フィフィ治る?」

 

 風邪だと伝えていないのにあの様子から6歳前後の子どもにすぐ分かるものなのだろうか。

 

 頭を撫でてやり、安心させる。


「今日一日静かに眠れば良くなりますよ」


「……わかった。じゃあわたしも寝る。アセリアも一緒に寝てほしい」

 わかりました、と伝え寝室へ共にむかった。



「なんであんたがいるんだ」

 先に横になっていたノアがアセリアの姿に開口一番に文句をいう。

 事情を説明するが、納得はいっていない様子で自分の視界から消すように壁側の方に寝返りをうった。

 他の子たちもまた喧嘩をするのではないだろうか、と心配そうな面持ちでアセリアとノアの間で視線を泳がえせるが、当のアセリアは気にすることなくいつもフィフィが使っている麦わらベッドの上に仰向けとなった。

 いつもこのような感覚なのかと、麦わらベッドを肌で感じる。

 お世辞にも良いとはとても言えないほど粗悪で寝心地はよくないだろう。

 なのにここの子どもたちはそれに文句一つもいわずに、ベッドを優先して使わせてくれている。

 アンネが隣にやってきて腕枕をするようお願いするので、腕を伸ばしてやるとそこに頭をゆっくりと置いてきた。

「いつもはフィフィがしてくれるの」

「そういうことでしたか」

 フィフィはアセリアに懐き、アンネはフィフィに懐いている。

 その関係上からフィフィのいない今はアセリアに甘えているのだ。

 妹がさらに一人できたような感覚だ。

 気づけば他の子達も麦わらベッドをくっつけてたりして、アセリアの周りに集まりはじめ、みなおもいおもいの体勢で眠りはじめている。

 アセリアも大きくあくびをしアンネを抱き寄せる形で横になった。

 静かに目を閉じ、子どもたちの寝息を感じながら意識がゆっくりととけていった。

 

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