第42話 白夜の森

 アデラールは導かれるままゴリンの後に続いて考えを巡らせながら歩く。途中合流した四人のキャラバンの仲間達は長年時を共にしてきた者達だ。彼が自身の内側に入ることを見て会釈のみで声をかけることはなかった。 


 "此処がラコーヤのダンジョンだということは受け入れる。地下迷宮は異世界との接触する場所だ、この惑星に点在する迷宮が繋がっていても不思議はない。噂も研究もされている事だが解き明かされていなかったにすぎない。


 その秘密を日本の組織は秘匿して活用していたことが驚きだ。彼らが持つ知識を手に入れる事は必須だ。


 先ほどから耳にしていたヤマダノオヤジとは導師山田光刹のことに間違いないだろう。この国の戦士、冒険者、探求者を束ねるグランドマスター、組織の構成は違えどもS機関と同等と考えて当らなければならない。戦士レベルの交流は存在する、優秀な忍者を預かったことがあった。交渉は可能なはずだ。


 問題は目の前の男だ、ゴリンと名乗る闇の一族の強さは脅威だ。貴族クラスと思われるの一族三人の首を殺気も放たずにあっさり斬り落とした。あの三人の一人には見覚えがあった1960年代前半までパリの夜を支配していた伯爵と呼ばれていた男だ。闇の一族は急激な科学の進化に取り残され衰退していった一族だがたっぷりと血を吸った彼らと暗闇の中で対峙するには勇気が必要だ。"




「パトリアーシュ、パトリアーシュ!」


洞窟を出ても自分の世界から戻ってこないアデラールに側近の一人が下がらず声をかけた。

 

「ここはどこだ?」


「ここは俺たちの棲み家、白夜の森だヤマダノオヤジのおかげで昼でも直射日光を受けずに暮らせるって訳だ。」


 なるほど、その名の通り太陽が昇っているのか、いないのか、曖昧な空が広がっていた。これがどれほどの広さに続くのか分からないが凄まじい結界術だとアデラールは舌を巻く。


 そこへ自慢気な顔をするゴリンに偽アリスと自らを呼ぶ女が近づき彼の頬を張った。躱そうと思えば躱せたのだろうが彼の頬はいい音をさせて女の怒りを受け止めた。


「すまねえ、姐御。」


「何度言ったらわかるの、彼奴等ボケ老人の言うことなどに耳を貸すなって。」


「お嬢が約束してくれたんだ、これ以上始乃に付きまとわないってな。」


「お嬢の言うことなんかもう誰も聞かないじゃない。」


「だから姐御、俺達まで逆らったら可哀想じゃねーか。」


 女はあきらめたように深いため息をつく。


「もういいわよ、聴雪様が街に入ったのよ色を塗り替えたように総てが変わっていくわ。貴方は特別なんだってもっとよく考えてちょうだい。」


「わったよ。」


めんどくさそうにゴリンは答える。


「始乃はもう大丈夫よ聴雪様の庇護に入ったし、それにシュー、、、」

  

 言いかけた女の言葉が止る。 ゴリンの背後から熱い視線を向けている男の存在に息を呑む。パリで客死した母の想い人だった男。強力な組織と力を有しながら母を守れなかった男だ。


「シズカノ アリスガ久しいな元気でなりよりだ。」


「ばっかじゃない、その名前は捨てたわ。母から知らないおじさんとは話しちゃいけないって言われてるの。」


 そう言ってアデラールに背を向けると歩み去って行く。慌てて追いかけようとする彼の前に男が一度跪き立ち上がる。


「パトリアーシュ《族長》ご無沙汰しております。」


 これも見覚えのある男だった。ソウハ ハタノ、グルガン族の傭兵部隊で預かっていた忍者だ。パリでパルクールの指導者に納まっているイデオン・カザン・パルザックとデュオを組みアフリカ中東の紛争地域で索敵情報コントロールそして暗殺までこなしていた影のエースと呼ばれていた男だ。


 "なんていうことだ、とうの昔に覚悟していたことだと、もう自分はそれにどっぷり浸かってるのだと思っていたが今日改めてアシュールの織り成す歴史模様に足を突っ込んだ。それと同時に足をすくわれ激流に飲み込まれてしまった。たった半日の出来事だった亡命者という言葉を耳にして失ってしまった愛しい女の忘れ形見を見た瞬間弾け飛んだ。"


 グルガン族の古い諺を思い出す。

"自分の吐いた剣を取る"


 一戦士に戻り復讐の機会を得たことをアデラールは覚った。

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