第36話 蝕の月影

 「相手をコントロールするには激しすぎる衝動感情だな、女性をチャームするには、もう一工夫必要だし、やはりシューレルに師事するといい。」

 始乃はぽかんとして目をパチパチさせている。今までのやり取りなど初めから無かったかのように、傲慢に結論を語る男に毒気を抜かれてしまったようだ。そして彼女の心の中の暗闇が弾け飛んだ。

「何人も近づけない強い力をつければいい、それでどうかな?」

「恐れ入りました。」

 始乃は起き上がると両手をついて頭を下げた。境界線の街ラコーヤその北に広がる広大な森のさらにその奥に"白夜の森"と呼ばれる闇の一族のテリトリーがある。彼等の肉体に急激な老化を与え滅ぼす紫外線。同じ効力を持つ電磁波の近赤外線やブルーライトの普及により行き場を失った者達の吹き溜まりだ。始乃は夜の支配者だった彼らが復権をかけて探し求めている女だ簡単に諦めるはずはない、あくまでも勘違いなのだが。

「始乃彼らは病気だ、魂の病と言われる呪いに冒されてる。だから彼らの間に生まれてもシューレルや始乃の様に輪廻から解き放たれた以上一族とは言えないのさ。」

「確率の問題なのでは?」

「もし始乃が情けをかけても人間と闇の一族の混血だ、不思議は生まれないな。」

「病なら治す方法はないのですか?」

「過去にその機会は与えられたが彼等は力を維持することを選んだ者たちだ。嫉妬してるんだよ君たちに、力を維持しながら輪廻から解き放たれた特別な存在だ。」

 始乃の闇にまみれ冷えてしまっていた心に温もりが戻っていく。

「特別ですか。」

「そうだ特別だ。」

 だが、それを聞くと始乃の心は再び冷えていく。ろうそく一本の光だがユキにはその変化がよく見えた。

「もうやめてください、私はあなたに情けを掛けて貰える様な価値のある女ではありません。」

 いくつのもの希望のない未来が彼女の目には見えているのだろう一途な女だとユキはシューレルの言葉を思い出す。

「なんでそんなことを言うのかな?ニ胡や女子高生の三女も心配していたぞ。」

 ユキのその言葉に始乃の心はまた別の形に大きく変化した。

「えっ、どういうことです二人が私に?」

「そうだなニ胡からは直接頼まれたし、ここに案内してくれたのは、まだ名前を聞く機会も無いが三女の女子高生だ。」

 もし彼女が案内してくれなかったら、いずれここにたどり着けたとしても、もう数時間かかっていただろうな、とユキは始乃に伝える。導師山田光刹が原初に張った結界だ解きほぐすには時間がかかったはずだが彼女のお陰ですんなり入ることが出来た。

「、、、私は特別な存在に成れるかも、、、」

 ユキには聞こえない小さな声で呟いた。


 バスの中から始まってなかなか追いつけない女子校生に。

「なんで話しかけてくれないんだろう嫌われてるのかな?」

 などとぶつぶつ言っているユキに向かって始乃は不機嫌に。 

「彼女は無言の行をしているのです。鈍い男の目が早く覚めるようにと。」

 とユキの二の腕を痛くつねる。俺のこと?と戸惑うユキがそれ以上深入りしないように彼の頬に豊かな胸を押し付けユキの思考を妨げる。

「しかるべき時が来たらあなたに全てを捧げ戦うことを誓います。それまで少しの間待っていてくださいね。」

 始乃の心境の変化にユキは驚いたが分かったと頷く。押し付けられているものの事に関してはとりあえず心の外に締め出す。シューレルが彼女を鍛え上げ一人前にするまでお預けだが楽しみな戦力だと必死に気をそらす。


 この男のことだ、きっと的はずれな事を考えているのだろうと始乃は心の中でため息をつく。だが、たとえ許しが出たとしても急いては事を仕損じる。自分を選んでくれた者達に対しての感謝と優先順位を忘れてはならない。

「ところでいつまで焦らすつもりですか?その包みの中のものは何です。」

 体を離しながら始乃は尋ねる。

 ユキは自慢気に不敵な笑顔を見せる。 

「もちろん始乃の得物だ。」

肩がけしていた荷物を下ろすと始乃の前に広げ彼女のために鍛え上げた一連のシリーズナイフの説明を始める。

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