第34話 方違え

 ニにこはアメリカのローズ財団から資金援助を受けながら大学院の研究室で異世界素材の商品化プロジェクトのリーダーをしている。秘密保持のため素材の管理は徹底的で本来ならばリモートは許可されない。だが彼女の研究場所が境界線の街ラコーヤであること導師山田光刹の管理下にあることが考慮され実現されている。話をよく聞けばそういうことらしい。

 このコミュ障少女は天才と呼ばれるカテゴリーに分類されているようだ。異世界素材のパイオニア的存在と最先端で活躍する探求者の歴史的邂逅と言えそうな場面だが等の二人にその緊張感は無い。

「ダルセルニパの花の蜜は効能よりも、やっぱり味だよな。」

「そっ、おいしい。」

「鍛冶屋砦のコンビニて"アルテチュールの星屑の嘆き"が手に入ったんだよな、少し分けてあげようか?」

「持ってるからいい。」

「そうなんだニ胡の剣に使おうと思って探してたんだよ。」

「へへっ、薄くて軽い。」

「後でいつも使っている剣を見せてくれ重さが知りたい。」

「1358g」

「結構重いな。」

「大丈夫鍛えてある。」

「じゃあ同じ重さで影のように薄く大きな剣を作ろう。」

「エクストラバガンザ!」

「まあそれほどでも。」

「じゃあ始乃姉のことよろしく。」

 お茶を飲み終えたニ胡はまた後でと部屋を出て行こうとする。ユキはハーブティーと蜂蜜の瓶を紙袋に入れると。

「ほら、持って行けよ。」

 ニ胡は袋を引ったくると悲鳴を上げながら逃げて行った。良い雰囲気だったのが結局盛大に大騒ぎしてどたばたしてしまったがユキは早々に頭の中を切り替え始乃と向かい合う準備を始める。先程荷物から取出した袋の中身をテーブルの上に広げると寝床の中からナイフを一本一本取り出し並べていく。

 誰も彼もが複雑に絡んだしがらみで身動きが取れない。罠だとわかっていたとしても飛び込む以外に選択肢はない。せめて運命に立ち向かう勇気があればいいのだが、成長するにつれ、それさえも削り取られていく、そんな世界に人々はどう生きればいいのだろう。

 始乃の境遇はどうだ、シューレルの話では闇の一族に追われている彼女がもし捕まれば繁殖用の性奴隷として囲われ再び日の目を見ることはない。近代の科学の発展により時の流れに乗り遅れた闇の一族は急激にその力を失っていった。不老不死を捨ててても陽の光に対する耐性が欲しいらしい。だがそれこそ大きな間違いだとシューレルは言う。

 闇の一族のことなど、どうでもいい大事なの始乃だ。まずどこにいるかユキはひとまとめにしたナイフを背負って部屋を出る。食堂厨房にはいないだろう自分の部屋にこもっているかどこか暗い場所に入り込んでうじうじしてるのを想像する。もちろん昨夜のシューレルとの接触を感づいたからの行動だ。彼女を闇の一族の追手だと勘違いしているのだろう。

 ニ胡の張った結界の一部に穴を開け扉が取付けられたと感知したニ胡が始乃に相談したのだろう。あるいはシューレル本人が始乃に姿を見せたのかもしれない。今現在契約が成立しているので危険はないが軽はずみな行動だった。この世界で最も強大な魔導師の一人である彼女の誘惑に乗ったこと、ここの結界に穴を開けてしまったこと、そして彼女を結界内に引き入れアドバイザー契約的なものを結んだ事。どれをとっても気遣いの無い浅慮だったとユキは反省する。

 廊下の向こうで三女が手を振っている。ついて来いとう素振りでいきなり駆け出した。再び三女との追いかけっこが始まる、やっぱりかわいいなあとユキは呑気に考えながら。彼女の背中を視線に捉えては見失い、また背中が見えたと思えば消えていく。右へ左へまた元に戻るように足音たどりふすまや障子が開く音を頼りに後を追うがやはり今回も追いつけない。そして現実から遠ざかる、ユキが彼女の走りが"方違え"だと気づいた時には人払いの掛けられた寺の最深部にたどり着いていた陰陽師流の結界破りだ。 

 そこに三女の姿はない。ただ床にはぽっかりと畳一畳分の穴が開いていて階段が闇の中へと続いている。ああ、なるほど地下戒壇か、ユキは納得する寺の中で最も堅く安定した結界で守られている場所だ。彼は階段降りて行く、光の届かない真の暗闇の中に身を浸していくように。



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