第28話 月の港
異変を感じた姫様が屋敷に戻ると言い出したのはパリから三十キロ程離れたオルジュという町に差し掛かった時のことだった。しかし、時すでに遅く全ては終わった後。屋敷に戻った私たちを待ち受けていたのは小間使いの娘を庇いまともに爆発を受け止めズタズタに引き裂かれた少年のもう動く事のない無惨な姿だった。彼女達はショックで感情を失ない涙も出なかったという。
「それがセザール・シエリ卿の目には異常と映ったのでしょうか、その後再び彼は私達と言葉を交わすことはありませんでした。責任を押し付けられたとは言いませんがそれが原因で S 機関とローズ財団の冷たい関係が始まったのです。」
淡々と続く彼女たちの話にシエリは深い自我の中に沈んでいく。彼の内ポケットにあるエブリンの写真はその事件の時のもので取り乱した彼女が警戒を僅かに緩めたスキに公の場で収められた唯一のものだと教えられた。自分の浅はかな行動がこの世界の未来に少なからず悪い影響を与えたことを改めて伝えられ、どう処理していいのかわからなかった。その少年の葬儀は月の
「カリーシン、それが私達が身を置いている戦場です。こんなことなど小さなエピソードに過ぎません。」
そうなのだろう、これからも自分の無能さを何度も何度も嫌と言うほど味わって行くのだろうと、シエリの視線は遠くなる。いつも沈む夕陽を見ているような終わりのない黄昏時の中で隣を歩く仲間の顔も黄金色の風景の一部に過ぎず思い出す事もなく通り過ぎて行く。その虚しさゆえに耐えきれず記憶を失ったのか?いや違う、シエリには漠然とした確信があるがその答えが得られるのは、きっと自分の死の瞬間だろう感じていた。前世の少年も遠ざかる意識の中たどり着いたのだろうかと、あるはずのない記憶を辿っていた。
「ただ先ほども言ったように悪いことばかりではありませんでした。」
「そう私たちは不完全ではありますがサリー《旅の姉妹》を取り戻し。」
「そして貴方を取り戻した。」
"俺を取り戻した?"
「そうなのだ、カリーシン我々は貴方の転生パターンをトレースことすることに成功したのだ。」
「1000年の間、手をこまねいた分けではありません。」
「私たちは今までも何度か貴方に手が届くところまで来ていたのですが整備されない情報網と進化しない伝達速度のお陰で捕まえることが出来ませんでした。」
「まあ物語風に言えば、貴方は世界を旅する冒険家。無意識のうちに辿り着いた場所場所で人助けや世直しをしては姿をくらます義賊の一面を持ち、逃げ足も一流だった。」
「1000年もそんな好き勝手続けてきたんだからもういい加減いいでしょ。」
楽しげな彼女たちのおしゃべりにシエリは再び救われたと感じたようだった。
「そうだな満足したよ。」
要するにエブリン・エクスローズと彼はシンクロしているため時代を特定するのは難しいことではなかったと、ただ同年代であるため彼女達も成人するまで自由に動くことができなかった事と情報網が整備されていなかったため、時代を自由に駆け巡る彼に追いつけそうで追いつけなかったということらしい。劇的な科学の進歩の時代がおとずれ恩恵を受けた S 機関、ローズ財団は早期に彼らの確保に成功する。イレギュラーな事故ではあったが先代アヴァンダン・シエリ少年の不幸な出来事がその確実性を向上させることになったと言う。
「なるほど俺の命の価値が暴落したということか。」
「やめてください。カリーシン私達がどれだけの時間を費やし貴方との再会を準備してきたのか貴方は知らないのです。」
「そうなのか俺にはリセットボタンが取り付けられたかと思ったぞ。」
「笑えない。」
ワッセンナーが小猫の威嚇の様な顔をする。
「すまん、シエリ卿のことだったな。」
「そうです、この4月に月の港に行った後パリで話がありました。もう三年あれば前世の出来事にたどり着き受け入れてくれるだろうと、私達はようやくその時が来たのだと快く受け入れました。」
「セザール・シエリ卿は私たちを拒絶しましたがアデラールとラナトゥは私たちを信じて貴方の捜索と教育に人生の全てを費やしてくれました。お救いしたいのです。」
ダートーサが次の迷宮にシエリを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます