第26話 前世 シエリ
お茶や飲み物セットを乗せたワゴンを押して一人の女が応接室に入ってきた。屋敷の周りで浄化の儀式を行なっていたあの女だとシエリは思ったが知らぬ顔でやり過ごすことにした。もちろん薄手の着衣も着替えられているが、この藪を突けば大きな蛇が出てきそうだと感じたからだ。なぜだか女の身体に彫り込まれていた儀礼的なイレズミも跡形もなく消えて見えない。ただ複雑に編み込まれた髪の毛とインセンスの香りは一致していた。
「カリーシンは女の匂いを、」
「止めてくれ、ワッセンナー誤解される様な事をさらりと言わないでくれ。」
紅茶、コーヒー、緑茶、ハチミツ水にミネラルウォーターそれぞれに好みの飲み物とシエリがパリから運んで来たマカロンが配られ一同緊張を解きほぐしてゆく。なぜだか飲み物を運んで来た女はニコニコと機嫌の良い笑顔を浮かべながらシエリの横に座り込んでいる。飲み物は冷まし湯のようだ。
「さて落ち着いたところで、」
ダートーサが落ち着いたとは言ったが決してそんな余裕の有る雰囲気では無かった。
「第二次世界大戦のフランス、パリ陥落の直前まで私たちはシエリ家に滞在していました。80年以上前のことです。」
シエリはあのエブリン・エクスローズの後ろ姿をとらえた写真を思い出す、今も彼の胸のポケットに仕舞われている。それは確かにシエリ家の門の前だった。だがそれが事実だとすれば一体彼女たちは何歳になるんだ、いや魔女の年齢を考えること自体が無意味なことだとシエリは思い直す。
「恐らく、あなたは大変失礼なことを考えていらっしゃるのでしょうね。まずその種明かしをしておきましょう。」
ダートーサの言葉にワッセナーが反応して喋り始める。
「私たちは眠りの中で時を止め5、6年周期で1年の目覚めの時間を交代で組織を管理してきたんだよ。だから実年齢もカリーシンあなたと同じ姫様が強く望んだこと。」
夢の世界に停滞フィールドを張って時間を調節してきたということか、だがそれと同時に別の疑問が浮かび上がる、なぜその時間調整が彼の転生とリンク出来たのかということだ。
「あなたは、そこに居たんだよカリーシン。前世のあなたは私たちと一緒にそのパリに居たんだよ。」
「どういうことだ?」
「我々は幼馴染というわけだカリーシンお風呂にも一緒に入ったぞ。」
「それはマイコだけでしょ。」
「いや私も入りました。姫様には内緒です、好奇心の強い娘だったのでしょうね。」
「ダートーサ何を言ってるのだ。君たちは?」
「場を和ましてるだけです。」
「いや意味がわからん。」
「いいえ、あなたなら分かるはずです。」
シエリは認めるわけではないという前提で質問を始める。
「1930年代から40年代にかけて俺も君達もパリのシエリ邸に居たと言う事か?」
「そうです。」
「その俺は今の俺ではなく前世の俺だと言っているのか?」
「そうです。」
「わかった続けてくれ。」
「1940年4月前世のあなたは亡くなりました。私たちが殺したと信じられています。」
「そうなのか?」
「さあどうでしょう。あなたのお祖父様先代のシエリ卿はそう信じていました。」
「はっきり言ってくれ。」
「今行方不明になっているあなたのお父様、その当時はあなたの弟だった シエリ卿は私たちの無実を信じてくれました。」
もしそれが真実だとすれば衝撃の出来事だった。まあ自分は養子なのだろうが父が弟だったとは。彼女達にそんな無意味な嘘をつく必要はない以上事実なのだろうとシエリは思う。
「父もラナトゥも子供の俺を友人のように接してくれた。」
「二人はあなたのサテライトです。ニ代のアシュールに関わる珍しいケースですが。」
行方不明の父であり友であるあの人を助けたい、わだかまりなく彼女たちの手を取ることができればとシエリは強く考えるが、、、
「カリーシン私たちは子供の貴方に過度の期待をしていたのです。」
「我々があなたを追い詰めたのかもしれない。」
「もしかしたら、あなたを助けられたかもしれないけど。」
「でも、出来なかった。私達にも大きな弱点があるの、そして貴方の優しさに甘えてしまったの。」
「エブリン ・エクスローズには転生の度に彼女をつけ狙う暗殺者がいます。幼少期にまだ力の整ってない私たちに襲い掛かってくる、異世界人が姫様に張り付けた負のサテライトです。」
苦しげに悪夢を吐き出しながらダートーサは虚空を睨みつける。
「その魔の手から逃れるためにパリのシエリ家に身を寄せていたと言う訳か。」
仰っしゃる通りです、と答えダートーサは目を閉じた。
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