第20話 旅立つ前に
シエリの脳裏に浮かんだのは一人の女の顔だった漆黒の黒髪を特別な植物の油で固めた東洋系の女の顔で本来ならば今この場所にいるはずのサリー《旅の姉妹》の魔女の一人だ。
「チャトラン・セーリアの冥福を祈らせてくれ。オルサバルから悲しい話を聞かされた。」
それに答えてくれたのはワッセンナーでなぜだか彼女は笑顔だった。
「チャトランは元気。その情報はダートーサの意地悪だよ。」
「いっ、意地悪ではありません、もしもの時のための保険です。」
なるほど、もし自分を撃ち漏らした時のための保険だったのだな、とシエリは改めてこの魔女達の恐ろしさを実感する。チャトラン・セーリアはエブリン・エクスローズの斥候であり調停者だ、彼女は王族の寝所深くまで潜り込み、その目的を果たしてきた。彼女の能力をもってすれば真正面からはいざ知らず今のシエリの寝首をかくことぐらい難しくは、無いだろうと想像がつく。
と、考えるシエリに記憶はない。ただ彼女の役職上過去のアシュール アヴァンダン・シエリとの関わりも深くS機関のアーカイブにも度々登場することと。バイロン・グレイの婚約者としてグレイ一族の歴史書にも、その名が刻まれているからだ。いずれにしろ、これは喜ばしい事だとシエリは納得することにした。
おそらく、それをきっかけに魔女達は順にシエリに近づくと独自のカーテシーを決め誓いの言葉とグルガン族の誓約の印を結んで見せた。危険な時間帯が過ぎだったことを彼は悟るが抑えつけていた別の不安がシエリの心の中で毒蛇の様に首を擡げる。エブリンがここにいない以上長居はできない。彼には直ぐにでも駆けつけるべき場所があった。だが意外にも、その不安を口にしたのは、彼女達の方だった。
「私達は貴方のお父上、アデラール ・シエリ卿に大きな借りがあります。」
血縁は無い、孤児であった彼をアシュールとして見いだし、養子にして育て上げてくれた人物だ。そして彼は現在、行方不明でこの会合がなければシエリはその捜索に乗り出すつもりでいた。引き止められてはいたが、、、引き止めていたのはS機関第ニ席 シエリ家の執事も務めるラナトゥだった。女手のないシエリ家において彼は二人の男に育てられた。シエリが捜索に加わることを許可する条件としてラナトゥが出したのは先にここに立ち寄ることだった。二人のシエリを失わない為の配慮だったはずだが、結果的に危険な賭けだったなと彼は、引きつるラナトゥの顔を想像する。
「お救いしたいと、手がかりを探しておりました。」
おかしな事だと、シエリは思う。息子である彼を事と次第によっては滅することも辞さないつもりでいた女達が、その父親を気遣い助けの手を差し伸べようとしている。
「カリーシン笑わないでください。私たちは優先順位が明確で絶対なだけです。」
グーネリがその柔らかそうな唇尖らせる。
「何、大変だなと思っただけだ。」
「それだけですか?」
「要するにヒマラヤダンジョンに入りたいと言うことだろう?」
ヒマラヤダンジョンは S 機関の管理下にある異世界との境界線の街だ、S機関の最高責任者の許可がなければ外部の人間が立ち入ることはできない。例外は存在するがローズ財団にその権利は分与されていない。
ヒマラヤ山脈は地震の多い場所でもある。アデラール・シエリは視察中ダンジョン内部で地震に巻き込まれ行方不明になっていた。高齢でもあり、その生存が絶望視されている、だがもし彼女たちの持つ情報に希望が見い出せるのなら、シエリは賭けて見ようと決意をする。
「まず父と君たちの関係を教えてくれ。」
ダートーサは、決意したかのように、わかりましたと頷き話し始めた。
「これは、あなたにはまだ伝えられていないことなのですが、アデラールと私達は、貴方の前世にも深く関わっていたのです。」
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