第6話 悪夢の現実 シエリ

 「お客様、お客様!」

CA の呼びかけに男は目を開く、それと同時に激しい頭痛が彼を襲う、パリから地方空港へ、そこから乗り継ぎ乗り継ぎを繰り返しようやく目的地、近くの、、、空港に近づいたようだった。男は飲みかけの冷えたコーヒーを無理やり飲み干すと、カップを CA に渡し着陸に備えテーブルを元の位置に戻す、窓の外を見ると既に街の灯りが近づいていた。 

 頭痛の原因は久しぶりに見た悪夢によるものだろう、圧倒的なディテールの細かさにキャパがオーバーして夢の中で必死にバグの処理を続けていた。いつものように知らない土地で、会ったこともない人達と、見覚えのない時代を、駆け抜けるような、そして決して欲するものへ手の届くことの無い、虚しい空回りを繰り返す悪夢だ。特に今回の夢は最悪で彼のアイデンティティを根底から覆すようなのものだった。思い出すのも辛い夢だが、幼い頃から執事のラナトゥに、どんな夢でも必ず記憶にとどめるようにと教育されてきた。 

 "時代は17世紀といったところだが衣服に埋め込まれている急所をカバーする金属や鉱石には魔力が込められており、そのいずれも特殊なもののようだった。ある使命を持ってその街に潜入する予定だったが、その使命は思い出せない。街に向かい川を泳ぎ渡ろうとしたとき突然襲ってきた濁流に飲み込まれまれ死を覚悟した。最後に見たのは馬の手綱を引き土手を歩く魔導師風の女だった、しっかりと目を合わせたつもりだったが顔は思い出せない。

 濁流の中、衣服に埋め込まれた急所を守る金属や鉱石の魔導が発動するが、どんどんと削られていくのが分かる。ガツンという大きな衝撃を受け、肺の中に溜め込んでいた空気を吐き出し遠ざかる意識を手放す瞬間、「まだ間に合います、大丈夫です、諦め、、」と、かろうじて女の声が届いた。


 いったいどれぐらいの時が経ったのだろう、ゆっくりとコントロールしながら意識を取り戻す、慌ててはいけない。目を閉じたまま周囲を確認し太ももに埋め込まれたメディカルキットの覚醒アンプルを破壊して血液中に流し込む。体に大きなダメージはないが、左胸あたりを何か鋭い物で突かれたような跡がある。おそらくあんの女戦士が助けてくれたのだろう、確か魔導師のローブのようなものを羽織っていた。

 (これは夢だ、だが遠い過去に現実として起こった事だと彼は本能で確信していた。ただ魔法やら科学やらごちゃまぜの価値観や秩序の基準が正しい情報として受け入れられず激しい頭痛の原因になっていた。)

 危険はないようだ、ただ性器が異常なほど硬く勃起している、違和感もある。目を開くと薬効のある煙が流れる薄暗い部屋だった、衣服は身につけていない、薄い布掛けられている。ベトついた性器を手で拭い嗅いでみると精液と血と女の匂いがした。記憶がフラッシュバックする、川底から引き上げ、治療し、人肌で体を温めて、消えゆく命の光を繋ぎとめてくれた女を、レイプし、生への執着に身を任せ蹂躙したのだ。

 俺は声を出さずに悲鳴をあげる、横にぐったりとした女の白い裸の背中が見えた。"

 

 夢はそこで終わった、男の気分は最悪だった。正義感やら戦士としてのアイデンティティやら根底から覆されてしまうようなショッキングな出来事に翻弄されていた。たとえ大昔、今はもう存在しない失われた場所で、起きてしまったアクシデントだとしても、男は自分を許すことができない。必死に落ち着きを取り戻そうとするが激しい頭痛がそれを邪魔をする。男の名前は アヴァンダン-シエリ、パリに本拠地を置くS機関に承認されたアシュールだ。記憶を失った"狂ったシュール"と恐れられる一人だ。

 

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