17 城から逃げる
青年のきめ細かいリードのおかげで、これが初めての舞踏会のダンスとは思えないほどにペティの身体は自然と動きました。
互いの息づかいが聞こえるほどの距離感に少し戸惑いながらも、聞き心地の良い音楽に包まれ、すっかり夢見心地です。
「きみ、ダンスの経験がないだなんて本当は嘘だろう?」
2曲目に入ったころ、青年は目を細めて言いました。
「私、本当に人を相手に踊るのはこれが初めてなんです」
「えっ、人を相手にするのが初めてだって? それはつまり……普段は一人で踊っているということかい?」
青年は首を傾げました。
「いいえ。私は毎晩、馬たちと踊っているんです」
「えっ」
青年は驚いて目を見開きました。
でも、すぐにそんなことはどうでもいいというように頭を振って、ぼそりとつぶやきます。
「ああ……この時間が永遠に続いて欲しいのに……」
それを耳にしたペティは、自分も全く同じことを考えていたことに驚きました。
だって、相手は何処の誰だか名前すら知らない青年なのです。この部屋で出会って、ほんのわずかな時間を一緒に過ごしただけなのに、もうすっかり青年のことが愛おしく感じ始めていることに気付いたのです。
ところが、ダンスが3曲目に入った頃のことです。
青年の息づかいがどんどん荒くなっていきました。
そしてとうとう、青年はうめき声を上げ、膝から崩れるように倒れてしまったのです。
「たっ……大変!」
助けを呼ぼうにも、部屋にいるのはペティだけです。
仰向けに倒れ、苦しそうに息をする青年の口に首飾りのレース生地が入ってしまいそうな事に気付き、ペティは慌ててそれを首まで下ろしました。
「ぐっ、……やめろ!」
青年はペティの手を払いました。
でも、その時にはもうペティは見てしまていたのです。青年の
青年はこのアザを隠すために首飾りを付けていたのです。
「お、驚いただろう? き、きみにだけは見られたくなかったな……」
青年は苦しそうな息づかいをしながら声を絞り出します。
「これは魔女の呪いなんだ。これがやがて心臓まで達すると、僕は死ぬらしい。どうだい? 怖いだろう? 僕は卑怯だ。これを隠してきみと踊りたいと思ってしまったのだから……」
「どうして私なんかと?」
「なぜだろう、きみをあのまま帰したら、僕は一生後悔することになると思ってしまったんだ……」
その言葉を聞いて、ペティは何としても青年を救いたいと思いました。
でも、ペティの不思議な力は、病気を治すことはできないのです。
目をつぶり、天国のお母様に祈ります。
(ああ、お母様……。私は間違えを犯してしまったようです。お母様が残してくださった特別な力はもう使ってしまいました。でも、もしこの方の病気を治してくださるのでしたら……、私はもう何もいりません。私のこれからの幸せと引き換えに、この方をお救いください。私はもう十分に幸せでした……)
すると部屋の中にビューっと風が吹き、オイルランプの光が激しく揺れて一瞬暗くなりました。
ペティは深く息を吸い込み、青年の首に手を回し、首筋から顎にゆっくりと舐め始めます。
青年は息の苦しさを忘れて戸惑いの声を上げました。
その時、ドアが勢いよく開け放たれ、
「キサマ、王子に何をしている!」
「その女を捕らえろ!」
何人もの衛兵が部屋に飛び込んできました。
なんと、青年は王子様だったのです。
突然の来訪者に驚いたペティはパニックになっり、衛兵の間をすり抜け、一目散に逃げ出しました。
もちろん衛兵たちは追いかけましたが、ペティに手が届きそうになるたびに物が倒れてきたり、突風が吹いてきたりして、ペティは誰にも捕まらずに城から逃げていきました。
みすぼらしい身なりの娘がお城の舞踏会に紛れ込み、王子に不敬をはたらいた――その噂はあっという間に国中に広がりました。ペロ女というあだ名まで付けられました。
そして数日後――
正体不明のその娘を探し出した者には、国王から褒美を出すという御布令が出されたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます