馬小屋のペティ

Ⅰ 大好きなお母様

　のどかな田園風景を一望できる小高い丘の上に、この一帯を治めるローゼンバッハ伯爵のお屋敷がありました。

　伯爵には愛する妻とペティという名の一人娘がいました。思わず手を触れたくなるほどに艶やかなブロンドの髪は父親ゆずりで、思わず吸い込まれそうになるほどに深いサファイアブルーの瞳は母親ゆずりの魅力的な女の子です。

　ペティは伯爵夫妻にとても可愛がられていました。

　ところがペティが８歳のとき、お母様は事故で死んでしまったのです。

　葬儀の間、じっと涙が出るのをこらえていたペティは、部屋で一人になったとたんに泣き崩れてしまいました。

　その夜、ペティはとても不思議な夢を見ました。

　お墓に入ったはずのお母様が会いに来てくれたのです。

「ああ、悲しまないで、愛しのペティ。わたしはまだそばにいて、あなたのことを見守っているのですから」

　それからお母様はペティの手をとり、いろんな話を聞かせてくれました。

　翌朝、顔に差し込む太陽の光で目を覚ましたペティが窓の方を見ると、カーテンをそっと開ける小柄な後ろ姿がありました。いつもペティのそばで面倒をみてくれる年の若いメイドのサリーです。

「おはよう、サリー。今日は良い天気になりそうね」

　ペティが声をかけると、サリーは慌てた様子で振り向きました。

「ペ、ペティお嬢様？　……あっ、おはようございます！」

　彼女はどうして慌てているのでしょうか。

　それはきっと、カーテンを開けるずっと前から、悲しみに暮れるペティを慰めるための方法をいくつも用意していたのに、当の本人はすっかり元気を取り戻していたからに違いありません。

　不思議なことはまだまだ続きます。

　死んだはずのお母様は翌日も、またその翌日もペティに会いに来てくれたのです。

　ペティは日を追うごとに明るく元気な女の子になっていき、たくさんのメイド達と他愛のないおしゃべりをしながらお手伝いをするようになりました。

　気難しく無口な料理長のロイリーはリンゴの皮むきを教えられ、一人で全部むいたときにはブロンドの髪がクシャクシャになるまで頭を撫でてもらいました。

　使用人の中では最年長のサム爺と一緒に、馬小屋へ干し草を運んだりもするようになりました。

　しばらく経ったある日のこと。

　その日お母様はとても悲しそうな様子で立っていました。

　ペティが駆け寄ると、お母様はペティの頬を両手でやさしく包み込み、諭すようにように話し始めます。

「こうして会えるのは今日でおしまいです。わたしはもういかなければならないからです。ああ、わたしの愛するペティ。最期にあなたのために一つだけ特別な力を残していきます。あなたがそれを本当に望んだとき、その力は形となってあらわれるでしょう」

　朝になるとペティの枕はぐっしょりと濡れていました。

　悲しみがあふれてきて、小さな胸が張り裂けそうになりました。

　その様子に気づいたサリーはペティに駆け寄り、ギュッと抱きしめてくれました。

　それはサリーだけではありませんでした。

　お屋敷のどこにいても、行く先々でペティは使用人達にやさしく抱きしめられたのです。

　すると不思議なことに、悲しみは春の淡雪のように溶けていくのでした。