Ⅹ 白馬とサム爺
これまでの出来事はみんなサリーが計画したものでした。サリーは舞踏会へ行くことをすっかり諦めてしまっているペティを、どうにかしてお城に連れて行きたいと町の人達に話したんです。すると、あっと間に今日の計画がまとまったということです。町の人達もみんなペティのことが大好きなんです。
そして、皆の計画通りにペティを町に呼び寄せ髪を結い、ドレスを着せ、靴を
でも、お城へ行くための唯一の交通手段である馬車が使えなくなってしまったとしたら一大事です。
皆は大騒ぎで馬車が立ち往生しているという場所へと向かいました。
お店の中で待っているように言われたペティでしたが、もちろんペティも走っています。
走りながらペティは嵐の夜に白馬が大けがをして帰ってきたときのことを思い出していました。また馬が怪我をしているかも知れないと考えると、いても立ってもいられない気分だったのです。
そこはライ麦畑の一本道。
幌馬車の上半分を木で組み直した重そうな馬車を、二頭の馬が賢明に前に進もうともがいているところでした。昨日までの雨で土がむき出しの道路はぬかるんでいて、左側の車輪が前後とも
「伯爵家の馬車を見よう見まねで大工に作らせたものだから……思いのほか車体が重くなってしまいました! ああ……なんという失態を……申し訳ございませんお嬢様……皆も本当にすまん……」
農夫の服の上から黒革のジャケットを羽織った男が御者台から降りて来て、地面に膝を付きました。
それはお屋敷で庭師として働いていた男です。
「ああ、泣かないで。貴方はわたしのためにこんなに立派な馬車を作ってくれたのですから、何も悪いことはしていないわ!」
庭師の肩に手をかけ、しゃがみ込もうとするペティのスカートの裾を慌てて周りの人達がつかみます。
何とかスカートの裾は泥で汚れずに済みました。
それでもペティの声を聞いた庭師はおいおいと泣き始めてしまいました。
人々は顔を見合わせて困ってしまいます。
しばらくすると、一人の男が口火を切りました。
「皆で押せば何とかなるんじゃないか?」
「そうだそうだ! 皆で押せば何とかなるかも!」
町の人達が一斉に馬車に手をかけ押し始めました。
それを見た庭師は慌てて御者台に乗り込み、手綱を持ちます。
二頭の馬の脚が前に一歩また一歩と進んでいき、車輪が泥濘から脱出しました。
でも、すでに馬も人も疲れ果ててしまっています。
それにお城までの道中はまだまだ長く、この先もいくつもの泥濘があるはずです。
「みなさん、本当にありがとう。今日という日はわたしにとってかけがえのない大切な思い出になりました。だからもう……」
ペティがそう言いかけたとき、周りの人達に背中を押されて馬車の中に乗り込まされてしまいました。
「こうなれば、城まで俺たちが押していくしかあるまいて」
「そうだそうだ! 城まで押していくべ!」
「でもこれで夜までに城まで行けるんだろうか?」
「馬をもっと連れて来い!」
「荷馬車用の馬はもう町にはいない」
「うちには牛がいるべ!」
「牛に引かせた馬車でお嬢様を城まで連れて行けるか?」
男達が言い争いになると、女達はその周りからわいわいと騒ぎ立てます。
馬が脚を止めると、すぐにペティはドアを開けて馬車から降り立ちました。
「わたしのために喧嘩をしないで! お願い……します……」
サファイヤブルーの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちています。
その様子を目の当たりにした人々は一瞬で静まりかえりました。
トトッ トトトッ トトッ……
遠くから馬が駆けてくる音が聞こえてきます。
ドドッ ドドドッ ドドッ……
お屋敷のある方向から、一頭の馬が近づいてきます。
「どうぅ――」
馬に乗った低いしわがれ声の男は手綱を引いて、ペティの目の前に馬を止めました。
『ブッフゥーッ』
馬の鼻息で髪飾りの生花が揺れます。
ペティが顔を上げると、白馬の鼻先が間近に見えました。
「いつもは温和しいおまえが、今朝に限って暴れて編成から外したんだが……そうかい、そういうことだったのか! なかなかやるじゃねぇか、おまえは!」
サム爺は白馬の背中をポンと叩きました。
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