第36話 好かない夏の夜は長く5
「椿が好きな事を町村含め誰にも言わない……これに関しては何もなしか?」
「……………………」
歯嚙みしている春名の表情が『何もないわけないだろ!』と、怒鳴っている。それだけ、意地の悪い問いだという事だろう。
だからと言って、俺から振るつもりはない。春名自身が言い出さないならそれまでだ。
「……何もないなら答えを聞かせてもらいたんだが……約束、してくれるか?』
「…………待ってくれ」
と、春名が。俺は何も言わずに次の言葉を待つ。
「……花厳っちは、〝誰〟に頼まれたんだ?」
もはやそれは問いじゃなく確認だった。春名の中ではその〝誰〟かが既に視えているからこそ、出てきたセリフ。
「春名が想像してる人物で合っているとだけ」
「……そっか。まあ、そうだよな」
ため息交じりに零した春名は、空気が抜けた風船のように寂しく笑う。その瞳からは諦念の色が窺がえる。
「ごめんな、花厳っち……八つ当たりするような態度取っちまって。ちょっと、イライラしちゃってさ」
「いや、気にしてない。というより、無理ないと思う」
「だよな? 普通にキッツいぜ、これ……マジでさ」
そう言って春名はおもむろに腰を下ろし、揺らめく炎を見つめる。
呑気な感想だが、照らされる春名の横顔から漂う哀愁がすごい。
「冷静になってみればとかじゃなく、最初からわかってたよ……花厳っちから聞かされた段階で。だからイライラしたわけだけで……あーと、なんつーかこう、やるせないな」
「……だろうな」
「事実上、振られたようなもんだろ? これ。まだ普通に振られた方がよかったぜ……ま、今更どうこう言ったところでしょーがねーんだろーけどさ。それに、前々から何となく避けられてた感じはしたし、こうなるのも時間の問題だったって自分に言い聞かせれば、案外平気よ。いや、強がりでとかじゃなくマジで」
「そうか」
こっちに顔を向けニカっと白い歯を零した春名に対し、俺はそう短く返した。
おどけて平気な振りをしているのはバレバレだったが、口にはしない。
「まあ、あれよ……これ以上は迷惑になるからさ、きっぱり諦めるよ。で、花厳っちが言ってた通りにする。約束するよ」
「悪いな」
「花厳っちが悪く感じる必要はねーよ。むしろごめんな? 何か、巻き込んじゃって」
「いや、俺の事は気にしなくていいから」
「そっか……サンキューな! 花厳っち」
「……………………」
礼を言われる筋合いはないと返そうとしたが、やっぱり止めた。
それから春名は疲れ知らずのランナーのように喋り続け、それは両国が戻ってきてからも変わらず、沈黙を嫌うように喋り続けた。
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