第5話 なにかと仲介したがる柊さん3

「あのな、仮にお前の論を軸にするとしたら、同時にお前自身の首も絞まっていくブーメランに繋がるってこと、お前気付いてる? 言っとくけど俺の小さな嘘を罪と捉えるならお前はとんだ大罪人だからねッ?」


「どうして私が大罪人になるのよ」


「……忘れたとは言わせねーぞ? いくら片想いで視野が狭くなってたとはいえ、友人である片瀬の気持ちを利用して得をしようと画策していたんだからな……いやぁ、悪い悪い悪い奴だよお前は」


「そ、それは…………」


 言葉を詰まらせ狼狽えている様子の柊はしかし、逆転の一手を思い付いたかのように言い返してくる。


「あ、あんただって人間性が疑われるような行動してたじゃない! 沙世が一生懸命書いたラブレターをゴミ箱に捨てて……そんな人に悪い奴呼ばわりされたくないわ!」


「そりゃこっちの台詞でもあるな……いいか柊。俺とお前は碌でもない者同士、恋に心を惑わされた者同士、つまりは似た者同士なんだよ」


「なにそれ、心外なんだけど」


 不躾な視線を送ってくる柊は心底嫌そうな顔をしている。案ずるな、心外なのは俺もだから。


「認めたくなくても認めざるを得ないんだよ……悪事を働いてきた者同士、立場は対等。お前だけを大罪人呼ばわりしたが、俺もそうだ……で、お前は俺の小さな嘘にペナルティを課してきたわけだが、他にも罪は数えきれないほどある……たとえばさっき挙げたラブレターの件もそう、嘘をついたことだって初犯じゃない……捉え方によっちゃあ生きてる自体が罪だってある。それらのペナルティは? なにかあるのか? それとお前自身の罪に課せられるペナルティは? なにかあるのか?」


「うわッ……めんどくさ」


「そう、めんどくさい! すべてを洗い出し、それら一つ一つにペナルティを課すのは現実的じゃない。てなわけでペナルティ云々はナシ! 俺は行かないってことでよろしく!」


「………………」


 完璧なる帰結。完膚なきまでに柊を丸め込めた。


 なあに、相手が悪かっただけの話だ柊……当然のこと、中身の薄っぺらい舌戦でこの俺が負けるわけがない……もうちょい拗らせてから出直してこい。


 ククク……と内心でほくそ笑みながら、俺は麦茶を呷る。喋りすぎたせいで乾いた喉が一気に潤う。


 さてさて、無礼な客人にはご退席願おうか。俺はすっかり静かになった柊に『お出口はあちらです』と手を上げ示す。


「用は済んだろ。さっさと帰れ」


「……帰らない」


「いやなんでだよ、帰れよ、帰ってくれよ頼むから」


「帰らない。花厳の口から『行きます』って聞くまで私、帰らないから」


 うっそだろおい。俺が『行く』と言うまで帰らないって、なんつー荒業? なに俺の苦労を強引に踏みにじってくれてんの? もう通報案件だよそれ?


 腕を組んで不動の意思を示す柊に、俺はドン引きながらも抗う。


「……警察呼ぶぞ?」


「呼べるものなら呼んでみなさいよ」


「……ねえ、なんでそんなに強気でいられるの? 自棄になってんの?」


「自棄になってなんかいないわ……いい? 私が強気でいられるのは花厳――あんたが弱いからよ!」


「な………………」


 ドンッ! とふんぞり返って言い放った柊の質の悪さに俺は二の句が継げないでいた。


 なんだコイツ……が凄まじい勢いで俺の中を支配していく……ほんと、なんだコイツ。


「で、どうなの? 行くの? 行かないの? 通報するの? しないの? ……あ、あと私、キノコ類は苦手だから」


「……だから、なに?」


「なるべく食卓に並べないでとお母さんに伝えておいてくれる?」


「いや、居座る気満々じゃねーかッ! なにサラッと注文しちゃってんの? 余所様で頂く立場なんだから文句言わずに食べろよ――つか食べんな! さっさと帰れえッ!」


「あんたが行くって言えばお望み通り帰るわよ……あ、あと私、お寿司が大好物なの」


「どんだけ図々しいんだお前はッ!」


 もうコイツはノ〇スケを軽く凌駕している……真面な人が言っても冗談にしか聞こえないが、柊に限ってはまったく冗談に聞こえない。納得させられるだけの図太さしか感じられない。


 かと言って警察に通報するのも……あれは脅しの意味で言っただけで本気じゃない。なによりことを荒立てたくない……つか、なんで俺がそんな心配しなくちゃならないのか。その辺が非常に腹立つが今は置いておくとして。


 ……もう、行くしかないのか? ……そもそも柊はどうしてそこまでして俺を行かせたいのか?


 俺は動かざること山の如しな柊に疑いの眼差しを向ける。


 ……なにか、あるんじゃなかろうか?


「……お前が頑な理由……意地でも俺を連れて行こうとする理由ってなに?」


「あなたが必要だからよ」


「その必要とされている理由を具体的に説明して欲しんだけども?」


「………………」


 僅かに沈黙を挟んだ後、柊は口を開く。


「実は――」


 柊が語った理由は――――悪い意味で彼女らしいものだった。

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