第7話 アナログとデジタル

 結論から言うと、橘は片瀬を狙って動き出していた。


 この3日間、俺は隣であることを活かして橘ティンカーベル集団の会話を寝た振りして聞き耳を立てていた。


 気分はアンパンと牛乳を装備して張り込みをする刑事だった。


 貴重な休み時間をこの女に割いて、俺は一体なにをしているんだろうか? なんて疑問を抱いた時もあったが、耐えた甲斐あって有力な情報を得ることに成功した。


『……にしてもすみれ、相変わらずやり方えげつないよね』


『あ? あんなんでえげつない認定すんの?』


『え……まだなにかする気なの?』


『たりまえっしょ。まだまだ、片瀬には苦しんでもらうから』


 どんな手段かまではわからなかった。しかし橘が既に行動している事実は明らかになった。


 けれど、俺の得た情報は古かった。昨今の目まぐるしく変わっていく流行り廃り、その流れの果てに力尽きるように溜まった終わったコンテンツのように、時代遅れだった。


 というのも、柊は既に知り得ていたのだ。しかも橘がどんな手を打って出たのかすらも。


 よく考えれば当然のことだ。アンパンと牛乳を手に足で稼ごうとするアナログタイプなやり方じゃ、最新の技術に勝てるわけない。人脈というネットワークを使った効率重視の、デジタルタイプの柊に勝てるわけがない。


 せめてもの救いは俺が伝える前に、柊が情報を共有してきてくれたことだ。仮にこの順番が逆だったら……俺は自分の無能っぷりを恥ずかし気もなくひけらかす残念系男子になっていただろう。


 いや、自分のことはどうでもいい。そもそも俺と柊で勝負しているんじゃないしな。適材適所、互いの得意を活かしつつ、欠点となる部分を補っていく関係性がベストだ。


 今のところ、柊におんぶに抱っこしてもらってる感が否めないけども……というか事実だけども。いずれ俺の能力が必要とされる時が訪れるだろう……訪れるかな?


 橘のやり方は実に簡単で強力なものだった。権力さえあればできる、恐怖政治を彷彿とさせる方法。


 片瀬のクラスの女子に暴力をチラつかせ、恐怖で支配する。


 ヤツを無視しろ。破ったら……どうなるかわかるよな?


 実際は違う言い回しだったかもしれないけれど、そこは重要でもなんでもない。たったそれだけのことで、片瀬を孤立させてしまった事実の方が問題だ。


 橘にはクラスの垣根をものともしない影響力がある。それは阿佐高の生徒が基本的に健全であることを指すと同時に、橘のような人間に慣れていないことを意味する。


 加えて一人の生徒を不登校にさせた実例もある。恐らく、表面化していないだけで皆周知しているのだろう。


 一人を陥れるだけで自分の安全が保障されるなら、誰だって保身に走るはずだ。


 本当はこんな酷いことしたくない……けど、代わりになるのはどうしても嫌……だから、ごめん……。


 といった具合に。


 だがそれは決して悪じゃないと俺は思っている。見て見ぬ振りをした人も悪いという風潮は、あまりにも無責任だ。


 定期的というか周期的に流行る『デスゲーム』ものに自分も参加している状況を想像してほしい。


 他者を蹴落とせば自分の命が助かるという極限の状況下で、『誰かを殺すぐらいなら自分が!』と選択できる人間は果たしているだろうか? 


 いるんだとしたらその人は強靭なメンタルの持ち主だ。俺だったら我が身可愛さに他者を殺してしまうだろう。


 デスゲーム、あれは人の本性を露呈させるのにはもってこいの舞台装置だ。物語上、極限の状況に屈しない主人公が必要不可欠となってくるし、誰だってああいう風に強くありたいと夢見る。


 けれど、現実ではまず無理だ。この世界の人達を無作為に招集し、クローズドサークルでデスゲームを開始させたら、九割九分九厘の確率で醜い結末を迎えることになるだろう。


 スケールが異なるだけで、今の片瀬を村八分にしている現状もデスゲームのようなもの。


 いくら警戒してても防げるとは限らない。というかこんなの、防ぎようがないだろ。


『たりまえっしょ。まだまだ、片瀬には苦しんでもらうから』


 それに橘は、まだなにかするつもりでいるようだし……。


 同じく影響力がある柊を橘に直接ぶつけ、問題を浮き彫りにさせるのはどうか…………いや、得策とは程遠いな。向こうにしらばっくれられたらそれまでだし、下手すればこっちが食われる可能性だってある。


 まさに初手が詰みの一手。橘は早々に死体蹴りに移行しようとしている。


 この状況を覆す打開策がまったく思い付かないのも相まってかなり絶望的だ。

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