第16話 柊の本音2
どうしてだろう、自分でもわからない。
突き放すでもなく、蔑むでもなく、残念がるように言った柊に、何故俺は苛立ちを覚えるのか。
予想が外れたから? そうじゃない、そもそも予想とはハズレてなんぼだ。ギャンブルと呼ばれる娯楽が如実にそれを表している。あれは予想を外す人間のおかげで成立している商売なのだ。
予想は往々にして外れるもの、そう考え簡単に流せる。いつもなら。
この得も言えない苛立ちの正体が掴めない。わからないから余計にむず痒い。
……………………違う、逆だ。わかっているから苛立っているんだ。柊の言わんとしていることにおおよその察しがついていて、それがあまりにも的外れだから、苛立っている。
「認めたくない?」
「な、なにが?」
柊の主語のない訊ねに、俺の声が微かに震える。
「ほんとは気付いてるんでしょ? なのに見て見ぬ振りをしてる……もしくは、単に救いようのない鈍感お馬鹿さん……そのどっちかになるけど……」
「ちょっと待て、さっきからなに言って――」
「あんたは馬鹿じゃない。だから見て見ぬ振りをしているだけ。たとえあんたが否定しようとも、私はそう決めつける。花厳について、まだ知らないことだらけだけど、私はそう決めつけるから」
柊の真っ直ぐな眼差しを受け止めきれず、俺は目を逸らす。
なにも目を逸らす必要なんてない! んなことしなくても意味わかんないで貫き通せばいいだろうが!
逃げた自分に腹が立つ。
柊の言うように鈍感お馬鹿さんだったらどれほど楽だったか……。
鈍感じゃない自分に腹が立つ。鈍感を装うことすらできなかった自分に腹が立つ。
「……ほらやっぱり」
得心がいったような柊の声を聞き、俺はますます彼女の方を見れなくなる。
「……まあでも、今はいい。この話の続きをする機会はすぐに訪れるだろうし、その時はきっと、もっとあんたの気持ちに寄り添える私になってると思うから、今はいい」
「え?」
不思議な言い回しについ視線を戻してしまう。
「それと、ありがとね、花厳。直接言葉で伝えてくれて」
椅子から立ち上がった彼女の表情に迷いなんてものはなかった。梅雨とは正反対、冬の青空のように澄んでいる。
「……か、感謝されるようなことをした覚えはないけどな」
「そっちになくてもこっちにはあるの。多分、言葉にされてなかったら私はずっと最低のままズルズルいってたかもしれない。それで、最低な人間に相応しい結末を迎えていたかもしれない…………言葉にするって、やっぱ大事だよね」
「…………」
別の道に希望を見出したのか? そこに両国を振り向かせる勝算があるのか? だからそんな顔ができるのか?
「罪滅ぼしってわけじゃないけど、私は〝沙世〟を応援するつもり。もちろん、あんたの気持ちも尊重する……だけど、変に意地張って目を背けるのは違うと思う」
それとも空元気? もしくはすべてを自分の都合の良いように解釈して得た偽りの勇気か?
「なんて、それっぽいこと言ってみたけど……全然ダメ。今の私は自分のことで精一杯……怖くて逃げ出したい気持ちでいっぱいいっぱい」
……どれも違う。彼女は……柊は――。
「けど、逃げない。もう決めたから」
覚悟を決めたんだ。
「――この恋を終わりにするって決めたから」
決意に塗り固められた柊の堂々たる宣言に、俺は言葉を失う。
振られるとわかっててどうしてそんな表情ができる? 僅かでも期待しないのか? ……いや、絶対に期待してるはず、じゃなきゃ告白なんてできやしない。
つまるところ俺と同じ。現実を突きつけられ、恋なんて碌なもんじゃないと知るのだ。
そう、同じなんだ。柊は強がっているだけで、俺と同じ…………。
なら、あの時の俺は今の柊みたいな顔をしていたか? 今の柊みたいに堂々としていたか?
していない。もっと、もっと
カッコいい、美しい、羨ましい……柊を見ていると、これまでの自分が否定されているようで、とてつもなく惨めに思えてしまう。
そう感じてしまっている自分が腹立たしい。
たった一度の失恋で子供のように拗ねている自分が情けなくて……ただただ情けなかった。
――――――――――――。
『振られちゃった』
その日の夜。柊から届いた主語のないメッセージに、俺は返信することができなかった。
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