第5話 ヤツらを欺け!
当然のことながら、学校が近づくとともに登校中の生徒は増えていき。
これまた当然のことの様に、咲夜と大五郎に視線が突き刺さった。
前者は驚きで、後者には嫉妬まじりの殺意ではあったが。
「ところでさ、もうそろそろ学校に着くけどプレゼントって何? その妙に大きくて薄い紙袋?」
「ふッ、よくぞ聞いてくれました! ――そう、これこそが…………アンタへのプレェゼントォ!」
「なんで巻き舌で言ったの? まぁいいやサンクス、ありがたく受け取るよ」
昨日の晩ご飯のお礼、とのことだが。
彼女の写真を売り払った金である以上、お礼をされる事柄でもなく。
一緒に食事したこと、というなら将来が不安になるチョロさではあるが。
「開けていい? 良いよね、開けるよ!」
「そうよドンと開けるよいいわ! ――さあ、刮目せよ――――!!」
「これは本だね? もしかして水仙さんのお勧めの雑誌かなに――――………………ってぇ!? いったい何を考えてるのさっ!? え? は? どーゆーことこれっ!? は? バカなのアホなの!?」
「ウケケケケ、ヒドい言い草ねぇ。この私が美容の大敵である徹夜までして、丹精こめて作った……自作の写真集に何の文句があるというの!!」
「文句しかないよっ!?」
そう、彼女のプレゼントとは自撮りしたと思しき写真を拡大印刷して片側をホッチキスで止めた。
モデル水仙咲夜、制作水仙咲夜、プロデュース水仙咲夜の手作り写真集・水着も一枚だけあるよ、だ。
(分かんないって!? 水仙さんが何を考えてるのか全然分かんないよ!?)
一つだけ理解できるのは、その美貌ゆえのファンが多い彼女の、それも世界に一つしかない自作写真集を持っていると知られてしまえば争奪戦は不可避であり。
慌てて紙袋に戻そうと、大五郎が動揺する手をもたつかせ苦戦していた瞬間であった。
「あ、紙袋は大切な物だから返して貰うわね」
「ちょっと水仙さん!? これ丸出しで登校しろと!? 机とか鞄にも微妙にはみ出すサイズのコレを持って歩けと!?」
「ええ、これでいつでも私の美に酔いしれなさい」
「は? は? マジで言ってる? あー、僕は理解して無かったわ、よく金髪巨乳はバカだとかアメリカンジョークがあるけど、黒髪貧乳もバカ、なんだね、それも美人度に比例するぐらいバカだ」
彼女は己の人気を知っている筈だ、それを承知でこのプレゼントをこのタイミングで手渡した。
悪意、――明らかな悪意だ。
そんなものに……大五郎は決して屈しない!!
「あー、ちょっと紙袋を破りたくなって来たわ、……あれー、こんな所に紙袋があるわねぇ!」
「足下見やがって!! どうかお願いします水仙のクソ女!」
「そーれビリビリビリ~~」
「ああ待って! 待って待って待って世界一美しく寛大な水仙様!」
破るフリだったが、今の大五郎にはこれが生命線。
心までは屈さない、けれど戦略的撤退だとか妥協とかそういう言葉が世の中にはあるのだ。
「うーん、耳が遠くなったみたい。もう一度言ってくれる? 確か、世界一美しく寛大な水仙様の友人になれて嬉しいから土下座したい? だったかしら?」
「こ、こいつ……足下見やがって……!!」
「そういえば私たちって友達になったのよね、今すぐ大声で叫びたくなったなぁ……、神明大五郎くんは私の唯一無二のとてもとても大切な友達だって」
「僕を虐める為だけに自爆覚悟っ!? 水仙さんは自分のイメージダウンが怖くないの!?」
「まぁ? 私はぼっちだったし? それにバカだしクソ女だし? 美貌さえキープできればそれで良いし?」
「な、なんて卑怯な……、どうして水仙さんは人気者なんだ!?」
「そりゃあ世界一美しいからでしょ」
「あっ、はい。その通りです水仙さま」
納得しかない理由だが、釈然としないのも確か。
それはそれとして、制服の上着を脱いで写真集をくるんでしまえば済むのでは? と思いつき。
「あ、やっぱりそうきたわね」
「いや普通そうするでしょ、ま、これで一件落着ってね」
「ホントにそう思う?」
「思うよ、これがベストなアンサーさ。この天才的な頭脳をもってすれば実に簡単な答えだったよ」
「じゃあ天才的な頭脳の持ち主の神明くん? ――あれはどう乗り切るの?」
「あれ? ……………………あっるぇーーっ!(ヤバイヤバいヤばいやばい、マジでヤバイって!? つーか今日だったのおおおおおおおおおおおおお!?)」
咲夜の指さした先、そこは校門で。
――普段であったら、それがどうかしたか、と返しただろう。
だが今日という日は。
(風紀委員により持ち物検査と服装チェックの日いいいいいいいいい!? なんで!? よりにもよって今日!!)
ばっと隣を振り向くと、ニヤニヤと小悪魔な笑みを浮かべた咲夜が。
そんな表情もよく似合っていたが、つまるところ笑みの意味は。
「――――もしかして、知ってたね水仙さん?」
「さぁ? 何のことかしら? 私はたまたま、五月蠅く飛び回る蝿がさえずってるのが聞こえただけだから」
「何やってんだよ風紀委員んんんんんんんっ!!」
何度でも言おう、水仙咲夜は美しい。
世界一は過言かもしれないが、アイドルや女優と並べばそちら身を隠すぐらいに隔絶した美しさがある。
故に本人が孤高の道を選んでいても、その熱狂的ファンは数知れず。
(ぬおおおおおおおおおおおっ、考えろ僕! 神明大五郎は天才! 何かある筈だたった一つの冴えたやり方とか!!)
校門に立つ風紀委員の中には、四人いる幼馴染みの一人、筋肉担当の升留院輝彦がいる。
当然、彼は大五郎の恋人を知っているというか彼女も含めて四人仲良し幼馴染みなのだから、決して、決してこんなモノを持ってるなど知られる訳にはいかなくて。
(頼れない……っ、絶対に頼れない!!)
更に悪いことに、輝彦の隣にはつい先日知り合った顔が。
具体的には、咲夜をストーカーしていた女子。
(あの子、まさか風紀委員だったとかさぁ!! しかもあの腕章って委員長のヤツじゃないかっ!!)
腐敗、ここに極まれり。
(この写真集を餌に……通るか? 通る通る……通らないよなぁ、絶対に騒ぎ立てる)
「うぐぐぐぐぐっ、どうすればいいんだ――――」
「どーしたのかしら神明くん? だいぶ焦っているようだけれども、ああ、もしかして学校に持ち込んではいけない物でも持っているのかしら?」
「コイツぅ……!!」
立ちすくむ大五郎を、咲夜はニヨニヨと煽る。
こんな事が、どうして、何故このタイミングで。
ぐるぐると渦巻く思考が、解決策ではないが一つの回答を導き出した。
「さぁ、遅刻してしまうわよ神明く~ん? 私は先に行っちゃおうかしら?」
「…………もしもし水仙さん? お聞きしますが……もしかして、もしかすると…………その、昨日、写真を勝手に売ったを、怒っていらっしゃる?」
「まさか、マンガみたいなバカな行為をするアホがいるみたいだって、これも青春なのねって喜んだわよ?」
(――ま、半分以上はホントなんだけどね)
そのまま持っていてくれて良かったのに、家に帰ってそう思ってしまった瞬間。
不思議なことに、苛立ちが収まらなくて。
(写真売買のひとつやふたつ、私の美貌を示す象徴みたいものよ)
有名税だとそう考えて、本当に前向きに思っていた。
けど昨日は、そうは思えなくて。
「で、どうする?」
わくわくしている、目の前の平凡そうで奇抜なクラスメイトがどの様な行動を取るか。
期待してる、今までこんなこと無かったのに。
そう咲夜が熱く見つめる前で、大五郎は……。
「そいや!」
「ふぇッ!?」
「そしてこう!!」
「は? ちょっと待って何が起こって――ってちょっとおおおおおおおお!?」
「ふははははははは!! しっかり掴まってろよぉ! 僕を止められるものなら止めるがいい風紀委員!!」
「ふ、不審者ーーーーっ!? 輝彦さん出番ですよあの変なカップルを捕縛してください!!」
「む? あれは……まぁいい。行くぞ謎の不審者あああああああ! 我が筋肉の前で滅ぶがいい友よ!!」
「保ってくれ僕の筋肉!」「うっきゃあああああああああ!?」
まさに早業、大五郎は制服の上着で咲夜を目隠し。
そして自らは下に来ていたTシャツを脱いで顔を隠す、不審者の完成まで0.5秒である。
そしてそのまま、彼女をお姫様だっこすると全力ダッシュ。
そのまま中庭に写真集ごと咲夜を置き去りにして、ホームルーム開始まで風紀委員と鬼ごっこを楽しんだのだった。
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