鏡の英雄

 俺はただ剣を取り落とした。俺のやっていたことが本当に正しいことだったのか、わからなくなってしまったのだ。

 村のみんなのために、襲ってきたものたちを殺してきた。それらは人間ではなかった。ただの怪物だった。だから俺は心を、手を剣を、汚さずに全てを守っていた。そう信じていたのだ。

 ――しかしそれは違った。今、目の前に広がる世界を見れば、一目瞭然だった。

 村の深くに隠されていたその鏡を見つめながら、俺はただ自分のやった正義を、「正義」だと思っていた行為を知った。

 この手は血に塗れてなどいなかった。この防具は返り血など浴びたことはなかった。この心は、汚れてなどいなかったのに。

 しかし鏡に映った俺の全身は血塗れで、希望をもたらすなど考えられない怪物のようで。その奥に転がっている死体は、まごうことなき人間だった。振り返ってみても俺が殺した「敵」が死んでいるだけなのに、鏡の奥では人間が死んでいる。

 俺は立ち上がって鏡に触れる。そこからゆっくりと波紋が広がり、俺という「敵」の侵入を許す。重装備の兵士、マントを身につけた英雄、美しいローブを着た魔道士。全て俺が、殺したのだろう。

 後ろの鏡には、そこには怪物が見える。俺は……鏡に剣を突き立てた。もう世界を閉じたって良いだろう。きっと誰にも許されやしない。誰も俺を称えはしない。ならもう眠ってしまおう。全てを、終わりにしよう。


お題「悔しい/剣/おやすみ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る