第7話:混沌を払う者
「ひれ伏すがいい」
その言葉に、ケルトがすぐに返す。
「無視していいわよセト。こんなクソジジイにひれ伏すぐらいなら死んだ方がマシだわ」
「んー、やっぱりと思ってきてみたが……お前達」
ケルトと、リエーナ……の身体を借りたルミアスが睨み合う。
「ふ、二人は……知り合い……だったね? あはは……」
神らしき者と地獄の番犬ケルベロスに対して、知り合いなんだね、と聞く滑稽さをセトは分かっていながらも聞かざるを得なかった。
そんなセトの問いに、ヴェロニカが嫌そうな顔で答えた。
「この色ボケクソジジイはですね、〝光神〟側の長のくせに、〝闇神〟側の長であり、私達の
「酷い話だろ? 神とはいえ殺されるのは結構痛いんだよ。しかし……なんでお前達が人間化してしかも地上にいるんだ? しかもうむ……全員……我好みだな」
ルミアスが、ケルト達の頭から爪先を舐めるように視線を這わせた。
「うげ、キモッ」
「すぐに殺しましょう」
「……ロリコン」
部屋の中にケルト達の殺気が満ちていく。
「待った待ったストップ! 何が何だかさっぱり分かんないけど落ち着いて!」
「……ちっ」
「セト様がそう言うなら仕方ありません」
「……残念」
殺気を収めるケルト達を見て、ルミアスが目を細めた。
「ほう……? ケルベロスを御するとは……君、何者?」
「いや……ただの羊飼いですけど」
困惑気味のセトを見て、ルミアスが顎を撫でた。その金色の瞳が妖しく光り、セトは心まで見透かされているように感じた。
「ふむ……なるほど。大体の事情は把握した。しかしよりによって地獄の番犬を召喚するとは……君、ちと厄介だね」
「へ?」
「【羊飼い】とは本来、光神側……つまり我ら側のジョブなんだけど……闇神側のケルベロスを召喚したせいで、器に闇が混じってしまっている」
そのルミアスの言葉に、ケルトが目を輝かせた。
「なにそれ……ちょっとカッコいい! 光と闇が混じって最強に見えるやつじゃない!」
「姉さんは黙っててください」
「陰……陽」
しかし、ルミアスは真剣な表情のまま、セトを見つめた。
「……ふむ。いや、あるいは君が生まれるべくして生まれた預言の子か……。セト、君に問おう。君に……彼女達を、そしてこれから君が出会う仔羊たちを……守る覚悟はあるかね? 強大な力は、扱う者次第で奇跡にも厄災にもなる。それを分かっているか?」
「へ? 僕が、守られる側じゃなくて?」
「そうだ」
その言葉を飲み込み、セトが少しだけ目を閉じた。
覚悟、と言われても困る。でも、何となくルミアスが言いたいことは理解していた。
ケルト達は、正直言えば自分の手に余る存在ではある。もし彼女達が暴走して、それこそルミアスが言う〝厄災〟となった時に、自分は果たして責任が取れるのか、それを償えるのか。
分からない。それがセトの答えだった。
「……僕は、ケルト達を信じています。短い間だけども、彼女達が例え闇神側だとしても決して悪ではないことは分かっていますから」
「そうか。ならば良い。本来なら、人間以外にジョブを付与するのは禁じられているのだが……特別に彼女達にも授けよう。ただし――条件がある」
「はあ? もったいぶらずにさっさと寄こしなさいよ」
ケルトが思わず声を上げるが、それをセトが制した。
「条件を言ってください」
「まず君には……
「預言者……?」
それを聞いて、ヴェロニカが一歩前へと出る。
「待って下さい。預言者とは、神の言葉を授かり民を導く者……言わば神の御使い。それになるということは……ルミアス、貴方の
「その通りだ。
「理由を聞かせてください」
セトの言葉にルミアスが目を閉じると、少しの間を置いて語り出した。
「……最近、地上各地で不穏な気配が漂っている。本来、この世界は光神と闇神の二つの力で調和が取れているんだ。さっきセトが言っていた、闇神側が悪というのは人間の偏見にすぎん。ただの裏表だからね。だけど……今、光でも闇でもない第三の存在が現れ始めている」
「第三の存在とは」
セトの問いに、ルミアスが目を開いた。
「――〝
「混沌……カオス。それは神なんですか?」
「分からない。分からないけど、放っておけばこの世界の調和が崩れ、何が起きるか予測不能だ。〝大厄災〟が再び起こるかもしれない」
「……そういえばあのクソババアもそんな事言っていたわね」
ケルトが、思い出したようにそう呟いた。
「ああ、へカートも危惧している事態だ。そこで我は、この〝混沌〟の調査を行える人間が生まれるのを待っていた。そして同じくして、へカートも地獄の使いを地上に派遣する予定だった。だがこうして我の前に、預言者たり得る人間と、それに従う闇神側のお前達がいる。これ以上に、相応しい存在がいるだろうか」
「つまり、どうすれば良いのですか?」
「難しい話ではないさ。冒険者業を行うついでに、
セトには正直、混沌だの大厄災だの、何の事やらさっぱり分からなかった。
だけどもせっかく神様が力をくれると言っているのだ。それに、もし断ればそもそもジョブを取得できずケルト達は冒険者になれない。
つまり、最初から選択の余地なんてないのだ。
ケルト達と冒険者をあると決めた時点で、もう全てを飲み込む気でいた。
だから――セトは迷わずこう答えた。
「僕で良ければ、協力しますよルミアス様」
「そうか。ふ、君は……善き人間のようだ。お前達も文句はないな?」
ルミアスの言葉に、ケルト達が頷く。
「セトが決めたことだからね。あんたの依頼もついでにこなしてあげるから、飛びっきりの力を寄こしなさい」
「よろしい。では頼んだぞ、地獄の番犬を従えし預言者よ」
その言葉と共に、再び世界に光が満ちた。
そしてそれが止むと――
「はえ? あれ……? 一体何が?」
元に戻ったリエーナが混乱した様子で周囲を見渡していた。
「ふーん、これがジョブね」
「面白い現象ですね」
「……わくわく」
不思議そうに己の手を見つめるケルト達とは別に、セトもまた、自分の足下をまじまじと見つめていた。
「めえ」
そこには、黄金色の毛に覆われた小さな羊が一頭おり、セトを見上げていた。
「何だろこの子……僕もスキルが増えてるし、なんだか力が湧いてくる」
「あのう、皆さん……?」
何が起こったか分からずリエーナがキョロキョロするなか、セトは礼を言って、黄金色の仔羊を連れて退室した。
セト達が、それぞれが得たジョブやスキルについて確認し合った。
ケルトは〝雷轟士〟――光神の一柱である雷神の力を宿すジョブを。
ヴェロニカは〝機構兵〟――光神の一柱である機械神の力を操るジョブを。
ロスカは〝七曜精〟――光神の一柱である精霊神の力を授かるジョブを。
そしてセトは新たに二つのスキルを授かったのだった。
〝預言者〟――神の言葉を聞き、神の力を授かることができる。
〝混沌払い〟――
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