最弱ジョブ【羊飼い】の少年、幼馴染みパーティから追放される ~牧羊犬を召喚したらなぜか美少女化したケルベロスが出てきた上に懐かれた。今さら戻れと言われても、【英雄】へとジョブチェンジしたので無理です~
虎戸リア
第1話:さよなら羊飼い
見渡す限り草原が続く大地の真ん中。
「セト……やっぱりお前もういらねえわ」
そこにポツンと佇む大岩の陰で、休憩していた三人の若者達のうち、背が高く筋骨隆々の青年がそう言い放った。青年は革鎧を纏い、大剣を背負っている。
「え? どうしたのゴリアス……」
薄い色の茶髪で、まだ幼さが残りながらも紫色の瞳が印象的な顔立ちの少年――セトが、戸惑ったような表情を浮かべた。手には、先がフック状になった羊飼いが使う独特の杖――
「お前さ……いい加減気付けよ。俺も……アワナもお前に気を使ってことをよ!」
「どういうこと?」
大剣を背負った青年――ゴリアスがにやりと笑いながら、横に立っていた魔術師用の杖とローブを装備した少女――アワナを抱き寄せた。セトの許嫁であるはずの彼女は目を伏せたまま、しかしゴリアスの行為を拒まない。
「アワナに何をする!」
驚いたセトが駆け寄ろうとした瞬間――ゴリアスがアワナを抱えたまま背中の大剣を抜いて、セトへと突きつけた。
「ほんとお前は昔からそうだよな。どこか達観しててよ……俺より弱っちい癖に俺なんか眼中にねえ……そんな目をしてやがる。だけどな、今は違う! 俺は最強の近接ジョブ【魔剣士】に就いた! アワナは一万人に一人しか適性がないと言われる【光魔導師】だ。だけどお前はどうだ、セト。お前のジョブを言ってみろよ!」
尻餅をついたまま、セトが悔しそうに答える。
「……【羊飼い】」
「ダーハッハッハ!
そう言って、ゴリアスがアワナの身体に手を這わせた。やはり彼女はそれを拒まない。
「やめろ!」
「おい、お前から言ってやれよアワナ。弱い奴はいらない、だから婚約を破棄して俺の恋人になった……ってな」
「嘘だ……そんな」
歳の近い三人は同じ村で育った。そしてセトとアワナは両親によって許嫁と決められていた。だからこそ、セトもアワナも恋人になることに違和感はなかったし、そのまま結婚するものだと思っていた。
そのはずだった。
もちろんセトは、ゴリアスがアワナにずっと想いを寄せていることは知っていた。だけど親友である彼は自分達の関係を祝福してくれている……そう思っていた。
「――ごめんなさいセト。ごめんなさい……私は……ゴリアスと共に生きるわ」
その言葉が全てだった。
「そんな……そんなのって……」
「弱いお前を捨てて、強い俺に付いていくことの何がおかしい? じゃあセト、お前にチャンスをやるよ。今日の依頼の討伐対象である、ブレイズウルフ……お前一人で討伐出来たら、追放せずにパーティに置いてやる。アワナも惚れ直すかもな?」
「無理だよ……そんなの」
ブレイズウルフはこの平原に生息するというCランクに相当する魔物だ。まだ駆け出し冒険者であるセト達がこの依頼を受けられたのも、【魔剣士】と【光魔導師】というレアかつ最強に近いジョブが遠近揃っているからであった。
だからこそ、その二人が抜ければ……セト一人ではまず討伐は不可能だ。
「じゃあ、せいぜい頑張れよ。行くぞアワナ。帰ったらたっぷり可愛がってやる」
「……」
二人がセトを置いて去っていく。
「アワナ! アワナ!」
セトが縋るように手を伸ばして、そう叫ぶも――結局最後まで二人は振り返らなかった。
「なんでだよ……なんでだよ!! どうして!!」
セトが怒りと悲しみの激情の赴くままに鉤杖を地面へと投げつけた。だけど、そんなことをしても……何も満たされない。余計に虚しくなるだけだった。
セトは岩に背を預け座り込むと、顔を抑え、必死に嗚咽を止めようとした。しかし彼の脳裏を、残酷にもゴリアスやアワナとの思い出が、まるで走馬灯のように過ぎ去っていった。
嗚咽は、日が暮れるまで鳴り止まなかった。
☆☆☆
それからどれほどの時間が経ったか分からない。気付けば、セトの頭上には満点の星空が広がっていた。
どこからか狼の遠吠えが響いてくる。それは農村で育った彼にとって、悪魔の叫びと同義であった。
「……ここにいたら危ない」
ブレイズウルフどころか、それが率いる魔狼の群れの一匹すらも、自分一人で倒せないことは分かっていた。
涙が涸れたセトは、立ち上がると鉤杖を拾い上げる。
「どうしよう……確かここから一番近い安全な場所は」
セトは来た時に見えた、遊牧民達のテントを思い出した。見知らぬ冒険者を受け入れてくれるかは分からないが、あそこまで行けばとりあえずは安全だろう。
「問題はそこまで僕一人でいけるかだけど……」
武器と呼べる物は、羊飼いになった際に支給されたこの鉤杖と、護身用に一応用意したナイフだけだ。
「これじゃあ厳しいか……」
暗闇の中、目を凝らすと遊牧民のテントまで続く道沿いに、二つ並んだ光が複数動いている。おそらく魔狼達だろう。
「……どうしよう」
ここで一晩過ごすにしたって、朝まで安全である保証はない。
「そうだ……あのスキルを使えば」
セトは【羊飼い】の初期スキルである〝牧羊犬召喚〟を使うことを決意する。確か冒険者養成所の教官から聞いた説明によれば、使用者の素質によって選ばれる牧羊犬が変わってくるが、どの犬種でも
ただし一度召喚すると牧羊犬が死ぬまで、送還はできない。さらにゴリアスが犬嫌いなせいもあって、セトはこのスキルを一度も使ったことがなかった。
だがこの状況では……魔狼に対抗できるかはともかく一人で居るよりマシだろう。
セトが杖でトンと地面を叩き、スキルを発動させる。
「〝出でよ、羊追いし獣よ――我が牙、我が爪となり、隣を歩むがいい〟」
頭の中に響く詠唱をそのまま呟いた、セトの手の甲が光り始めた。
その光は杖へと伝わり、やがて地面に魔法陣を描いていく。
「おおお!!」
魔法陣から夜空へと、赤黒い光柱がたちのぼった。
光が止むと、
「……っ! やった! 地上に出られたわよ! なんかえらく窮屈な転移だったけど、結果オーライ!」
「ケルト姉さん、これ転移じゃなくて召喚なのでは。ほら、なんか召喚主みたいな子いますし」
「しかも……身体……分離してる……なんで」
そこには――
「僕の牧羊犬……どこ?」
セトは思わずそう呟いてしまったのだった。
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