第96話

 「――何でだよ、斗真!」

 「……」

 

 皆との話が終わって解散となるや否や、仁内は廊下を歩いていく斗真の後を追った。

 他の者は、各々で出立の準備に取り掛かり、亜樹がバックアップにまわる。

 仁内は灯乃の件が気に入らないのか、斗真の腕を掴んで無理やり呼び止めると、大きな声では話さず、あえて耳元で言葉を吐いた。


 「言っただろうが、春明は《あの眼》を灯乃に使ったって。それなのに何でっ」

 「あいつの言うことにも一理ある。雄二を説得するなら、灯乃がいた方がいいのは間違いない。それに、何も二人きりにする訳じゃない」


 斗真はそう言うと、話し合った時のことを思い起こす。

 確かにみつりも一緒だが、それでも心許なかったのは彼も同じだったのか、ある提案を出したのだ。

 それは主将も灯乃達に同行させること。


 「――かえでと名乗ったか。奴の仲間が雄二らの動向を探っているというなら、使わない手はない。それに楓が原因で、雄二は朱飛の側についてしまったと言っていいからな」

 「だが、何を隠してるか分からねぇ奴だぞ? それよりも俺が行く」

 「却下だ」

 「んだとぉ!?」

 「これ以上、厄介事は御免だ。お前が春明の邪魔になるのは目に見えているからな」

 「ああ?! ふざけんな。奴の方が何を仕出かすか分かんねぇだろうが――奴にとって女絡みはヤベェのは、てめぇが一番よく知ってる筈だろ?」

 「だからこそだ。あいつのことは俺が一番よく分かっている、問題ない」

 「問題なくねぇよ!」

 「少なくとも」


 斗真は仁内の手をパシッと振り払うと、目をつり上げてはっきり応えた。


 「俺はあいつを信頼している――お前のことより、遥かにな」

 「……っ!」

 

 それを聞くと、これ以上止めておくこともできなくなり、斗真はそのまま消えていった。

 だらんと手が降り、仁内は俯く。


 「……なんでだよ。なんでてめぇはまだ……っ」



 *


 その頃、灯乃も準備を始めようと与えられていた部屋に帰っていた。

 その隣部屋の住人である春明は、みつりに事の説明する為に残り、少し寂しく思いながらも灯乃は一人で戻ってきたのだった。

 彼女も二人のもとに残っていても良かったのだが、何だかみつりと対話するのが気まずくて、つい彼に任せてしまい、後で何となく悔やむ。

 部屋に戻ったところで、灯乃は特にすることもないのだ。


 「準備っていってもなぁ」


 立ち尽くして、灯乃は悩んだ。

 その時――


 ――ブワァッ……!


 まるで炎に包まれたかのように、一瞬で目の前が真っ赤に染め上がった。

 突然のことだった。

 灯乃は慌てる間もなく、大きな紅の翼を見る。


 “――我が意を同じくする者よ”


 紅蓮の三日鷺だった。

 けれど何処か色素が薄く、全体的に白みを増しているような気がする。

 それでも瞳の色は相変わらず美しい翡翠のままで、三日鷺は言葉を交わしてくる。


 “じきに同化が完了する。主は望んでいないようだが、それでももう止めることはできぬだろう”

 「やっぱり同化って、私の身体を乗っ取るってことなのね?」

 “悦べ。予てからの念願成就であるぞ”

 「私は望んでない……っ」

 “だが、必要とされたいのであろう?”


 三日鷺の一言に、灯乃はぐっと言葉を詰まらせた。

 誰かに必要とされることは、彼女の一番の望み。

 それは誰より灯乃自身がよく知っている。


 “これから存分に必要とされようぞ。我の望みのままにな”

 「あなたの望みって何なの? 斗真に仕えるってことだけなの?」

 “……そうだ。主だけが我を安寧に導く”

 「安寧?」


 ――三日鷺の云う《安寧》とは、何なのだろう?


 灯乃が怪訝そうに見ていると、三日鷺の嘴がフッと笑ったように歪んだ。

 そしてその瞬間、大きな翼を以て豪快に羽ばたく。

 勢いの強い風圧が灯乃に向かってブォンと吹き、思わずきつく目を閉じると、その間に三日鷺は飛び立ち消えていった。

 再び開いた目の先には、見知った己の部屋の景色が戻る。

 夢――を見ていたのだろうか?


 ――安寧、か。そもそも、私と三日鷺が意を同じくしているって、どういうことなのだろうか?


 斗真を護りたいという気持ちはある。

 でも――ただそれだけなのだろうか?


 灯乃はボーッとそんなことを考えていると、ふと足音が近づいてくるのに気づき、振り返った。


 「灯乃」


 呼ばれた先には、斗真の姿。

 だが……


 「――灯乃……?」


 驚愕するように目を見開き、再び名を口にする彼を見て、灯乃はただ首を傾げる他なかった。

 何を思って斗真が驚いているのか、分からない。

 しかし彼の目にはしっかりと――紅髪の少女が映っていた。

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