夏と虫箱と恩返しのラブコメ
nikata
第1話
日差しが暑い、あの夏の日を思い出す。
「今日も私の勝ちだったね」
見れば、柚月が手に持つ虫かごには大きなカブトムシのオスとメス、それにオスのノコギリクワガタが収まっている。それに比べて慶太の虫かごにはメスのコクワガタが一匹入っているのみである。コクワガタは他に誰も居ないおがくずの部屋でのろのろと動いている。何時間もがんばった挙句、成果がこれだけでは余計にくたびれてしまう。
「今日はたまたま調子が悪かっただけだよ。明日は絶対僕が勝つから」
慶太は強がりながら正面で笑う柚月を見上げた。六年生になっても身長が伸び悩んでいる慶太から見れば、中学生の柚月は大人のように見える。柚月の汗を吸った白いTシャツが陸上部の練習で少し日に焼けた肌にピタッとくっついているのを見ると、何故かドキドキした。
「この前もそんなこと言ってたよね?」
柚月は言って、その時のことを思い出したように盛大に笑う。
「柚月、笑いすぎ」
「あはは。だって、思い出したら可笑しくなっちゃって。ふふ」
恥ずかしくなった慶太は、柚月をほったらかして歩き出す。先週の失敗を思い出すと柚月の顔をまともに見ることが出来なくなる。慶太は祖父母の家に続く山道をむっつりと押し黙って歩く。
「ちょっと待ってよ、慶太。ごめんってばー」
追いついた柚月がクシャクシャっと慶太の髪を撫でた。
「ごめんて言ってるじゃん。怒んないでよー」
慶太の不機嫌を直そうとするようになおも頭を撫でる。
子供扱いされてる。
そう思うと慶太は悔しいような悲しいような気持ちになる。
「このあとうちでご飯食べてこうよ。ね? うちのお母さんが慶太の好きなスイカも用意してるんだって」
「今日は帰る」
相変わらずむっつりとした表情のまま言葉少なにそう言った慶太に対して、柚月がイタズラな笑みを浮かべてもうひと押しする。
「花火もあるよ?」
「……虫かご置いたら行く」
慶太の返事に満足したのか、柚月は、じゃあ家で待ってるよ、と言ってもと来た道を引き返していった。
家路に続く山道を慶太は一人で歩いた。クヌギの合間から漏れ出た西日が時折オレンジ色の光線のように慶太の右頬をチラチラと照らして、その度慶太は顔をしかめる。気がつくと既に夕暮れ時だ。慶太は考える。どうして塾に居る時と比べて柚月と遊んでいる時はこんなにも時間の速さが違うのだろう。知らないうちに夏休みもあと二週間になっていて、おじいちゃんかおばあちゃんが間違えて家のカレンダーを沢山破ってしまったんじゃないかと疑いたくなる。それに、
「どうして僕はダメなんだろう」
慶太は知らずため息をついていた。
身長も二歳年上の柚月には勝てない。
かけっこも陸上部の柚月には勝てない。
勉強も中学生の柚月には勝てない。
腕相撲でさえも女子の柚月に勝てない。
カブトムシやクワガタを捕まえるのも柚月には勝てない。
それ、クワガタじゃなくてヒラズゲンセイだよ。
先週柚月に言われた言葉を思い出す。
珍しい赤色のクワガタを見つけたと思って、虫あみで捕獲した昆虫を慶太が見せると、柚月はお腹を抱えて大笑いした。聞けば毒を持つ昆虫だと言われ、途端に顔を青くした慶太に対して、柚月は顔が赤くなるほど笑っていた。
褒められると思ったのに。
柚月に勝てると思ったのに。また勝てなかった。
思えば一年生の頃からずっと柚月に張り合ってるなあ、と慶太は思い返す。
毎年夏休みになると田舎にある祖父母の実家に預けられることを、慶太は最初の頃は嫌がった。
ゲームも無いし、同級生の友達も居ない。蚊だっていっぱい出る。慶太にとって田舎は目新しいものが何も無い退屈な場所だった。たまたま近所に住んでいる柚月に出会うまでは。
慶太より二歳年上の柚月は、それまで慶太が知らなかったことを色々と教えてくれた。
昆虫の上手な取り方だけでなく、育て方も教えてくれたし、かけっこで速く走るコツも教えてくれた。いつもからかうくせに勉強を教えてくれる時は塾の先生よりも優しかった。
だからこそ柚月に何か一つでも勝ちたいと思ってしまう。
柚月が教えてくれたから何でも出来るようになったんだと言いたい。そのことを慶太は自分でもよくわかっていた。
それでも夏休みが来るたびに柚月は慶太よりもずっと先に行ってしまう。自分がどれだけ上手くなってもその分柚月も上手くなっていく。どれだけ頑張ってもカブトムシを取るのも、走るのも、勉強するのも、全部柚月の方が上手なままだった。ひょっとすると、追いつけないのは年齢だけじゃないのかも知れない。そう考えると慶太は少し悲しくなった。
そんなことを考えながら歩いているうちに、いつの間にか山を
もうすぐ夏休みも終わってしまうんだなあ。慶太は思った。できれば今年は何か一つだけでも柚月に勝ちたいな。そんなことを考えながら、そういえば柚月の家でご飯を食べるんだったと思い出し、コクワガタの入った虫かごをなるべく揺らさないようにしながら祖父母の家へと急いだ。
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