あなたの笑顔に魅せられて ~思い出のあなたは王太子~ 国家簒奪を企む侯爵の陰謀を乗り越え、最後はハッピーエンドのシンデレラストーリー

マナシロカナタ✨2巻発売✨子犬を助けた~

第一章 運命の再会

第1話 幼い記憶

「ちょっとアンタたち何をしてるのよ!」


 路地裏に、少女の幼くも勝気な声が響き渡った。


「げっ、ミリィ!? べ、別になんもしてねーよ!」


 見るからに仕立てのいい服を着た少年を、数名の子分とともに取り囲んでいたガキ大将が慌てた様子で声の出所――ミリィと言う名の少女を振り返る。


「嘘! その子をイジメてたでしょ! やめなさいよね、アンタもカキューとはいえ貴族の家柄なんだから弱い者いじめとかしちゃだめなんだからね!」


「はぁ!? そんなことしてねぇっつーの! 勝手に決めつけんなよな! こいつが見ない顔だから、ちょっとこの辺のこと教えてやろうって思っただけだろ」


「それでお金を巻き上げようとしたんでしょ! アンタがカツアゲしてたって、おじさんやお兄さんに言いつけちゃうわよ?」


「やめろよ!? 俺マジで殺されるっつーの!」


「ほら、やっぱりしてたんじゃない」


「ぐっ……い、今のは言葉の綾だっつーの! ほら、行こうぜみんな。ミリィなんかほっといて向こうで剣術ごっこして遊ぼうぜ。俺が騎士王ランスロット役な!」


 ガキ大将はそう言うと手下どもを引き連れて、腰に手を当ててにらみつけるミリィと少年の前から逃げるように去っていった。


 そんな彼らを尻目にさっきまでの怒った表情から一転、ミリィは笑顔になると少年に駆け寄った。

 しわ一つないまっ白なシャツを着た、濡れ羽色の美しい黒髪と端正な顔立ちが際立つ見目麗しい少年だ。


「まったくもう、あいつらってばいつまでたっても子供なんだから、やんなっちゃうわ。ねえ君、大丈夫だった? 酷いことはされてない?」


「はい、おかげさまで大丈夫でした。助けていただきありがとうございました」


「ふふっ、気にしないでいいよ。いつものことだから。あいつらってば、ほんと悪ガキなんだもん困っちゃうわよね。親にどーゆーキョーイクを受けてるのかしら」


「あはは……」

 なんともませたミリィの言葉に少年は相づちのように苦笑いを返す。


「君は――って、そう言えば自己ショーカイがまだだったよね。私はミリィって言うの、あなたは?」

「俺はジェフr……じゃない、えっと……ジェンです」


 少年は一瞬別の名前を言いかけてすぐにジェンと言い直した。

 そのことに素直なミリィは気がつかない。


 年の割にませているとはいえまだ7歳のミリィである。

 自分と同じくらいの年の男の子がまさか偽名を名乗るなんてことは、思いもよらなかったのだ。


「ジェンかぁ、いい名前だね。ねぇねえ、ジェンは今日は遊びに来たの? すごくいい服着てるよね、髪もサラサラだしもしかして川向こうのエリアにある上級貴族のおうちの子供?」


 よほど興味があるのだろう、ミリィはジェンに向かってズケズケと質問をしはじめる。


「えーと、その、……うん、まぁそんな感じかな? 今日はこの辺りを探索してみようかなって思ったんだけど、来てすぐにあいつらに絡まれちゃったんだ」


「そっかぁ、それは災難だったわね。じゃあお詫びもかねて、今から私が街を案内してあげるわね」


「え、君が街を案内してくれるの?」


「袖すり合うもタショーの縁って言うんだよ? ね、せっかくお友達になったのですから、私に街をご案内させてはいただけませんかしら?」


 ミリィは最近習ったばかりのカーテシーを優雅に――本人的にではあるが――決めながら、これまた現在練習中の大人のレディの言葉遣いで提案をした。


「お友達? 俺とミリィが?」


「え、そうでしょう? だって自己ショーカイだってしたんだし。ってことは、私たちもうお友達だよね?」


 しかしすぐに普通の言葉遣いに戻ってしまうミリィだった。

 残念ながら大人のレディの言葉遣いを、まだまだ使いこなせてはいないのだ。


「なんだかミリィは不思議な女の子だね。俺という人間じゃなく俺の肩書きしか見ていない人たちと違って、すごく素直でまっすぐで……そうだよね、俺とミリィはもう友達だよね」


「うぐ、うぬぬぬ……? ごめんジェン。ジェンの言うことってちょっと難しくて分かんないかも……」


「ううん、俺の方こそごめん。こっちの話だから忘れてくれると嬉しいかな」

 ニコッと笑いながら言ったジェンの言葉に、


「うん、よく分かんないけど分かったわ!」 

 ミリィは元気よく頷いた。



 こうして偶然知り合ったミリィとジェンは友達になり、2人で連れ立って街を見て回ることになった。



 ミリィが住むこの中級市民街エリアは、下級貴族や中流商人が多く住んでいる。

 そのため下町情緒と商人たちの活気、さらには上流階級の洗練されたたたずまいまでもが絶妙にミックスされた、独特の空気感を持った地域になっていた。


 だからジェンはどこへ行っても目を輝かせていたのだった。


「ねぇミリィ見てよ! 橋が動いてる!」

「あれは跳ね橋っていう最近できた橋で、大きな船が通る時に当たらないように橋を上げて通れるようにするの」


 ミリィもそんなジェンを見て楽しい気持ちになりながら、得意顔であれやこれやと子供なりに知っていることをジェンに説明してあげる。


 買い食いもした。


「ねぇミリィ、ナイフとフォークはないの? お皿もないし」

 焼き鳥の串を持ちながらジェンが不思議そうな顔を見せる。


「あはは、焼き鳥を食べるのにそんなもの使わないわよ。見てて、こんな感じでガブっといくの」

「ええっ!? そんなのはしたないよ。パーシヴァルに怒られちゃう」


「これはそういう食べ物なの。虎穴に入らずんば虎子を得ず……あれ、なんか違うかも?」

「……郷に入れば郷に従え、かな?」


「それそれ! ジェンは頭いいね! そういうわけでほら、ガブっと行って! 男でしょう!」

「わ、分かった……えいっ!」


 ミリィに発破をかけられたジェンは、串に刺さった焼き鳥にエイヤとかぶりついた。


「どう?」

「美味しい……すごく美味しい! なにこれ!」

「でしょう!? ここの焼き鳥は王都でも1,2を争うほど美味しいって評判なんだから」


 ちなみに貧乏貴族の家に生まれたミリィは普段はほとんどお金を持っていないので、焼き鳥の代金はジェンが払っている。


 たかだか半銅貨1枚の焼き鳥を2本買うのに「これで足りますか?」と財布から金貨を数枚取り出したジェンに、ミリィも店主も目を白黒させたものだった。


 しかしそんな楽しい時間は驚くほど早く過ぎてしまい――。


「俺、もうそろそろ帰らないといけないんだ。父さんも母さんもパーシヴァルも、みんなきっと心配しているから。今日はありがとうね、ミリィ。すっごく楽しかった」


 夕陽に染まる街の中で、ジェンが少しだけ悲しそうな顔で言った。


「そっかぁ、晩ご飯をうちで食べて行ったらって思ったけど。そうだよね、ジェンが帰ってこなかったらおうちの人が心配するわよね」


「うん……」

「じゃあまた遊ぼうねジェン」


「……え?」

「あ、もう私と遊ぶのは嫌……?」


 予想外の返事が返ってきて、ミリィは悲しそうな顔をしてしまった。

 こんなに楽しく遊んだのになんでって思ってしまったからだ。


「ううん、そうじゃなくて……そうだね、また遊ぼうねミリィ」


 ジェンは何かを噛みしめるように一瞬言葉を詰まらせると、でもすぐに笑顔を作ってそう答えた。


 その笑顔は恋愛の場数を踏んだ大人の男女が見れば、2度と会えない別離の悲しみを堪えていたとすぐに見抜いたことだろう。

 しかしミリィはまだ年端も行かない少女であり、ジェンが一瞬見せた苦悩を感じ取るだけの、女の感も余裕もまだ持ち合わせてはいなかった。


「じゃあはい!」

 だからミリィは何も知らぬままに元気よく、小指を立てた右手を差し出す。


 しかしジェンはというと、その手を戸惑ったように見つめたままで動こうとはしなかった。



―――――


『あなたの笑顔に魅せられて ~思い出のあなたは王太子♡~

 国家簒奪を企む侯爵の陰謀を乗り越え、最後はハッピーエンドのシンデレラストーリー』


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