-13- 「大口事件」

 事故がよく起きる大口交差点は、僕がよく通る交差点でもある。


 ある日、信号待ちをしていた時、他にも何人もの人が同じ様に待っていた。


 すると、道路の向こうで信号待ちをしていた男の人が、突然懐からナイフを取り出し、他の人達を次々と切り付けた。


 僕の周りにいる人達が悲鳴をあげると、ナイフを持った男はこちらを睨み、奇声を発しながら道路を横断して走って来た。


 周囲の人達が逃げ出す中、男はまるで僕に狙いをつけた様に、僕に向かって走って来る。


 僕が動かず待っていると、男はナイフで僕を切り付けた……けれど、そのナイフは僕をすり抜けて空を切った。


 実体のない、幻影の様なモノなのだ。


 次の瞬間には、ナイフを持った男も、逃げ惑う人達も、切られて血まみれの人達も、いきなりパッと消え去った。


 後に残ったのは、多くの人達が信号を待っている、ごく普通の交差点だ。


 僕の周りで信号待ちをしている、実体を持った本物の人達は、皆落ち着いたもので、誰一人として今の惨劇に騒いでいない。


 これは、大口交差点で過去にあった通り魔事件の、空間にこびり付いた記憶の様な物だ。


 多分、世界の記憶なのだ。


 世界がその出来事を記憶していて、その記憶を一瞬だけ思い出して脳裏をかすめた様な、ただそれだけの現象なんだと思う。

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