第8話 仮入部

「いやー、懐かしいな。そんなこともあったあった」


「あのあと消防やら報道記者やら、挙句の果ては町長まで出てきてえらい騒ぎだったよなぁ」


「ま、あの件でいみじくも俺たちサバ研の有用性が証明されたわけだから結果オーライだな」


「まぁな。それまではおれたちが鯖料理を研究してるって本気で思ってる奴らもいたしな」

 

思い出話で盛り上がる大介と一成。

 

結花はといえば――


「……我が身の危険も省みずに濁流を渡って救助を必要とする見知らぬ人間を助けに行く英雄的挺身! 流された少女を助けるために荒れ狂う流れに即座に飛び込んでいく勇気! 親友から委ねられた命綱を守り抜いた堅い友情の絆!! ……くうぅ、いいじゃん! こんな熱いドラマをうちは待ってたじゃんね!」

 

頬を真っ赤に染め、目をきらきらさせて完全にトリップしていた。


「……おーい、ユカちゃーん? 大丈夫です? ってうあぁ!? なにするですか!? あう、あう、あう、あうっ」

 

目の前でぱたぱたと手を振る美鈴の胸倉を結花が掴みあげてがくがくと揺さぶる。


「いい話じゃん! すっごくいい話じゃん!! なんで今まで教えてくれなかったん!? うちはサバ研を誤解してたよ!!」


「あう、あう、あう、あう、あう」


「おいおい結花ちゃん、そのへんにしとけ。美鈴ちゃんが白目剥いてんぞ」

 

一成に止められて結花がはっと我に返る。


「あ、ごめんネコ。つい……」


「あう~、死ぬかと思ったですぅ」

 

軽く車酔いみたいな状態になったらしい美鈴が椅子にぐでっとへたり込む。


「あー、なんつーかあれだな。結花ちゃんは外見に似合わず中身は熱いタイプだろ?」


「おー、坂東先輩鋭いです。そうです、ユカちゃんは歩く詐欺なのです。座右の銘が『友情・努力・勝利』ですから」


「……ジャンプかよ」


「う、うるさいな。別にいいじゃん!」


「わははは。君らはなかなか面白いな。で、二人とも結局どうするんだ? 今は仮入部しかできないがそれでもいいなら歓迎するぞ?」

 

大介がだいぶ脱線していた話を本題に戻し、結花と美鈴はお互いに顔を見合わせてから大介に向き直り、笑顔で声を揃えた。


『入ります!』

 

それを聞いて大介が満面の笑みでうなずく。


「そうか! ならサバ研部長として君たちを歓迎する。仮入部には登録は必要ないからこの時点で君たちを仮入部員として認定する。じゃあ、早速だが参謀」


「あいよ」

 

大介が一成に目配せすると、一成は金庫の鍵を開けて、その中に今まで手入れをしていたナイフをしまい、十本ほどの別のナイフを取り出して机の上に並べ始めた。


大介が説明する。


「こいつは貸し出し用のナイフだ。サバイバルにおいてナイフはなによりも大事な道具になるから、サバ研ではナイフの使い方を基礎から教えることにしている。とりあえず、この中から自分用を一本選んで、仮入部期間使ってもらうことになる」


「なんか、種類がいろいろあるみたいですけど、うちはナイフのことぜんぜん知らないからどれを選んだらいいのか分かんないんだけど?」


「ミネコも右に同じなのです」


「そうだな。ナイフのことはとりあえず参謀にざっと説明してもらうとするか」


「あいよ。まず、基本中の基本だが、大きく分けてナイフは二種類しかねぇ。刃を折り畳めるフォールディングナイフか、刃が固定されているシースナイフかだ。ちなみにシースってのは鞘のことな。木製、革製、布製なんかがある」

 

そう言いながら、一成が机の上のナイフをフォールディングとシースの二つに分ける。


「こうして分けてみて気づくことはあるか?」


「大きさが違う。フォールディングの方が小さい」


「お、結花ちゃんいいところに気づいたな。その通り、フォールディング最大のメリットは折り畳めるから刃渡りは同じでもコンパクトになって携行しやすいってこった。あと、普段は刃が出てねぇから安全性も高い」


「はいはーい! じゃあ、シースのメリットってなんです?」と美鈴が割り込む。


「シースは折り畳み機構がない分、構造的にフォールディングより頑丈だし、刃が出ないなんてトラブルとも無縁だから絶対的な信頼性がある。だからハードな使用にはシースの方が好まれるな」


「なるほどー。で、つかぬことをお聞きしますが、これ、ミネコたちが持ってていいんです? その、銃刀法とか?」


「おー、それはすげー大事なところだ。銃刀法では刃渡り六㌢以上のシースナイフ、刃渡り八㌢以上のフォールディングナイフの正当な理由のない所持は禁止だ」

 

見てみれば、机の上に並んでいるナイフの刃渡りは大体八㌢から十㌢ぐらいだった。


「……って、この大きさじゃ普通に駄目じゃん!」


「最後まで話を聞けって。正当な理由があればいいんだよ。例えば、アウトドアグッズで身を固めた人間が目的地に向かう途中で刃渡り十㌢のナイフを持っているのが見つかっても基本的にお咎めはねぇ。でも、スウェットの上下にサンダル履きの兄ちゃんが同じナイフを持ってたら即逮捕だ。この違いは?」


「まあ、スウェットにサンダルでナイフを持つ説得力ないじゃんね」


「そういうこった。で、おれたちサバ研と山岳部、あとフィッシング愛好会は活動内容の性質上、部活動内でのナイフの所持と使用は正当な理由として認められている。だから、部活でナイフを使うことには問題ねぇ。それに、実用性を考えると刃渡り八㌢から十㌢ぐらいが一番使いやすい」


「ふーん」


「まあ、習うより慣れろってな。まずはこの中からフィーリングで一本選んでそれを使ってみな。そうすれば、それと比較して自分に合ったナイフを選べんだろ。どれがいい? 一本ずつしかねえから早い者勝ちだぜ」


「えーどうしよう。ユカちゃんはどうするです?」


「んー、うちはこれにしよかな。なんかこの形は握りやすそうだし」

 

結花はハンドルが真ん中の膨らんだブナの円材で出来ている素朴なデザインのフォールディングナイフを選んだ。


一成が簡単に説明を加える。


「オピネルのNo.8か。そいつはお勧めだぜ。100年以上変わらない形でフランスやスイスやイタリアの田舎や山岳地帯の農民たちが愛用してきた使いやすさに定評のある、フランス製の生活ナイフだ」


「へえ、そうなんだ」


「えーと、じゃあミネコはこれで」

 

美鈴が選んだのは、布のシースに入った、一枚の板状の無骨なナイフで、ハンドル部分には握りやすくするための細いロープが巻きつけてあった。


「おー、そいつを選ぶとは通だな。そいつは某アウトドアメーカーオリジナルのミニハンティングナイフだが、サバイバル向けに色々な使い方ができる優れものだ。四㍉のステンレス鋼板から削りだされたブレードとハンドルが一体になったタイプだから強度は申し分ねぇし、ハンドルに巻きつけてある滑り止めのロープは解けばいざというときに活用できる。付属品のマグネシウム発火棒を使えば火も起こせる優れもんだ」


「火を起こすってどうやるんですか?」


「シースのポケットにマグネシウム棒が入ってるだろ? そう、そいつだ。それをナイフの刃で削る。で、ナイフの背のぎざぎざ部分でマグネシウム棒を勢いよく擦れば火花が散るから、その火花で削りかすに火をつければマグネシウムが摂氏1650℃で燃え上がる……ってこらっ! ここでするんじゃねぇっ!!」

 

一成の制止は一瞬遅かった。


美鈴は言われるままに机の上に削り落としていたマグネシウム片に向けて火花を飛ばしてしまっていた。


――シュババババッ!

 

フラッシュを焚いたような眩しい白い炎が木製の机の上で燃え上がる。


「ひゃあっ!?」


「この馬鹿ネコッ! 先輩、水っ!」


「いや、このまま消えるまで待て」

 

大介は慌てるそぶりもなく冷静にマグネシウムが燃え尽きるのを待ち、それから水で湿らせた布を焦げた机に乗せた。


「ご、ごめんなさい……」

 

しゅんとなる美鈴に対し、大介は気にした風もなく言う。


「マグネシウムはこの通りすぐに燃え尽きるから、燃えやすい紙くずとかが近くになければ火事にはならないから大丈夫だ。それより、いい機会だから説明しておくが、燃えているマグネシウムに水をかけると化学反応で爆発する。むしろそっちの方が危ないぞ」


「ば、爆発?」

 

危うく水をかけるところだった結花の顔が引きつる。


「くくっ。まーあれだ。これでマグネシウム発火棒の使い方は分かっただろ? ついでに間違った使い方も」


「……はい」


「じゃあ次から気をつけろよ。……で、隊長、この後どうする?」


「そうだな、なら活動場所の案内がてら、ほかの連中にこの二人を紹介してやってくれ。俺はもしかしたら他にも希望者が来るかもしれんからしばらくここで待機しておく」


「ん、わかった。じゃあ二人とも、ほかの連中を紹介するからおれと一緒に来な」


『はーい』

 

結花が美鈴と立ち上がった時、ちょうど放送スピーカーから聞きなれた声が流れ始める。


『……生徒会から生徒の呼び出しです。山岳部長の武井たけい 真人まこと君、居られましたら生徒会室に来てください。繰り返します。山岳部長の武井真人君、居られましたら生徒会室に来てください』


「あ、葵ちゃんの声じゃん」


「なんだぁ、葵ちゃんがあの武井先輩を呼び出すなんて、武井先輩なにやったんだ?」


微妙に引きつった表情の一成に、大介がちょっと厭そうな表情で答える。


「いや、時期的にたぶんあれだ。山岳部にてこ入れだろう」


「あー、それかぁ。じゃあ、こっちにも飛び火するんじゃねぇ?」


「するだろうな。ま、ちょうど今から向かうところだし、参謀、お前がほかの連中に一応警告だけしといてやってくれ。【大猪おおいのしし】の襲撃に備えろって。もしこっちに来たら俺が囮になって多少は足止めしておく」


「はいよ」


「?」

 

会話にまったくついていけず結花は首をひねる。美鈴も同様だったようで結花の疑問を代弁してくれた。


「えーと、なんなんです? その【大猪】って」


「しかも襲撃ってなんか穏便じゃない表現じゃんね。なんなんそれ?」


「あーそれは、あとで説明してやる。じゃあ隊長、あと任せた」

 

そう言いながら部室を出て行く一成。結花は美鈴と一瞬顔を見合わせてからそのあとを追いかけた。


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