第35話 律華⑤

 パーキングエリアから車を走らせること15分。

 二人は大型雑貨店、MOWAに到着し、店内をうろうろ見て回っていた。


「わ! ねえ、このハーバリウム可愛くない!? 下からライト当てたらめっちゃ綺麗だし」

 律華はその場にしゃがみ、覗き込むように顔を近づけていた。

 ハーバリウムは鑑賞目的で用いられるインテリアフラワーである。

 ドライフラワーをガラスの小瓶に入れ、保存用の専用オイルに浸して作られている商品だ。

 ここの雑貨屋では、下に置くライトも商品として置かれていた。


「あ、こっちにはお兄さんが好きな日光で動くおもちゃあるよ。ほら」

「おっ! この前売り切れてたイルカさん売ってあるじゃん。やった」

「ぷっ、大の大人が『イルカさん』って。って、迷いなくカゴに入れたね」

「これずっと欲しくてさ。教えてくれてありがと」

「ま、楽しそうで私も安心したよ。一緒に楽しもーね」

「うん。お尻叩かれたのは気になるけど」

 軽いボティータッチをしながら満面の笑みを浮かべる律華に、笑顔を浮かべながら冷静なツッコミを入れる修斗である。


「……あ、そう言えばまだ教えてもらってなかったね。律華さんのお姉さんはどんなものが好きなの? 俺の方でも喜ばれるようなプレゼント探してみるよ」

「え、えっと……それがお姉ちゃんの趣味って変なんだよね。変だから私も掴み切れてなくてさ」

「変?」

 整った眉を眉間に寄せ、困惑気味の表情になっている彼女に聞き返す。

 律華に協力するためにもここは聞いておきたいところだ。


「なんて言うか、男勝りなのが好きっていうか、意味のわからないものが好きっていうか、あまり使わないものが好きっていうか……」

「商品で例えると……?」

「地球儀とか、変な杖とか、スライムとか」

「え」

 予想外の商品に思わず顔を強張こわばらせる修斗である。

 その様子を見て、律華は的を得た言葉を放つ。


「ヤバいでしょ? 言ってる意味も納得できるでしょ?」

「あ、あはは……。そうだね……」

 コミュニケーション能力が長けている修斗だが、これには思わず苦笑いである。


「だから基本的になんでも揃ってる雑貨屋さんに的を絞ったんだけど……。ごめん、結構時間かかっちゃうかも」

「いや、時間がかかる分には全然平気だよ。むしろそっちの方が嬉しいくらいで」

「なんか目がキラキラ輝いてるもん、お兄さん。本当雑貨屋さんが好きなんだね」

「まあね」

「でもそんな反応してくれて私も嬉しいよ」

 雑貨屋を選んだのは律華である。

 選んだ場所をこのように楽しんでくれているのは、本人からしても喜ばしいことである。


 それからたくさんの時間を使って雑貨屋を隅から隅まで見ていく二人。

 時に別々になってプレゼント選びを効率的に図りながら。

 そして、修斗は律華を呼び出した。


「ね、このミニサボテンお姉さんにいいんじゃない? ビンに入ってて可愛いし、インパクトがあって男でも好きな人いるし……なんか意味がわからないと言えばわからないし、あまり使わない? し……」

「ちょ、ぷぷっ、そんなおかしなこと真面目に解説しないでよ」

「し、仕方ないだって。協力したいけど難しいんだから」

 仕事をしている時のような顔で真剣に説明に、口に手を当てて笑いを堪えている。


「でも……ありがとう。真剣に考えてくれて」

 だが、ここでふっと表情を元に戻した律華は、感心したように……熱のこもった視線を送っていた。

 姉のためにこんなに一生懸命になってくれているのだから。

 嬉しくないはずがないのだ。


「って、しれっとミニサボテン三つもカゴに入れてるじゃん」

「ちょっと部屋に飾ろうかと思って。メンテナンスも楽だし」

「なんかお兄さんの部屋を覗いてみたくなるよ。絶対綺麗っていうかオシャレでしょ?」

「いや、普通だよ?」

「オシャレな人じゃないとそんな嬉しそうにサボテン買わないって。三つも」

 偏見に近いが、正論に近いツッコミでもある。


「あれ、そのカゴの中にあるパイナップルってなに? なんか包装されてるけど」

「これは石鹸だよ。気になったから買ってみようかなって。洗面台に置いたら面白そうじゃない?」

「……なんかさ、案外お兄さんとお姉ちゃんの趣味が合うんじゃないかって思ってきたんだけど。パイナップルの石鹸とか意味わかんないし」

「さすがにそんなことはないんじゃない? さすがに……」


 改めて、律華の説明はこうである。

『なんて言うか、男勝りなのが好きっていうか、意味のわからないものが好きっていうか、あまり使わないものが好きっていうか……』

『地球儀とか、変な杖とか、スライムとか』

 十分、否定したくなる要素である。


「ん、お姉ちゃんのプレゼント決めたよ」

「なに?」

「ハーバリウムでしょ? 次にマリモのストラップでしょ。そして怪獣の足跡がついたポーチ。あとはお兄さんが買う果物の石鹸とミニサボテン」

「……」

「……」

 五点を言い終えた矢先、二人して黙り込む。

 二人は今、同じことを考えているのだ。

『これで喜ぶのかな』と。

『本当に特殊だな』と。

 だが、姉の趣味に合わせて真剣に考えたラインナップでもあるのだ。


「ま、ハーバリウムとサボテンは二つ買ってお揃いにしてるし……これだけでも喜んでくれるよね。果物の石鹸とか意味わからないものもあるけどさ」

「なんか俺も貶されてるような気がするけど、お揃いならきっと喜んでくれるよ」

「んっ、じゃあレジにいこっか」

「そうだね」

「あ、お兄さんのカゴ私持つよ。雑貨屋さんに車を出してもらったお礼させて?」

「じゃあ……お願いしようかな」

「うんっ」

 本当は任せるところじゃないだろうが、なにかお礼をしたいという彼女の気持ちを汲み取り、手渡しする。


「ひにっ、力持ちーなんてね」

「ほーら、早くいくよ」

「はーい」

「肩を擦りつけてこない」

「はーいっ」

 なぜかニヤニヤとしながらすり寄ってくる律華。その肩を持ってレジまで誘導する修斗である。

 そして、じわじわとよくなっていく空気は、盛り上がってきた空気は、とある出来事によって崩れてしまうのだ……。



 会計をし、丁寧に袋詰めをしていた矢先——。

『テテテテテテテテン♪』

 そんな着信音が律華の手提げカバンから聞こえてくる。


「あ、ごめん……。ちょっと電話出てもいい? マネージャーから電話だ……」

「もちろん」

「ありがと」

 プライベート用のスマホと、仕事用のスマホで着信音を変えているのだろう。マネージャーとすぐに判断していた。

 急いでスマホを取る彼女は、応答ボタンを押して耳にスマホを当てた。



『もしもし。なにかありました?』

『——』

『え? いや、そんなこと言われてもさ……』

 すぐだった。表情を曇らせたのは。


『だって今日仕事入ってなかったじゃん……。そこをなんとかって言われても、今用事中だし、まだまだ遊びたいし……。いや、ギャラ多く渡すってされてもさ……』

『——』

 どんどんと声を落としていく。困っているように眉尻を下げる彼女を見て、思わず声をかけてしまう。


「なにかトラブル?」

 コクリ。

 頷いた律華は、

『マネージャー。ちょっとミュートにするね』

 そう伝え、詳細を話してくれる。


「え、えっとさ、なんか今から仕事……撮影に入れないかって言われて。なんか同じ事務所のモデルが急病でこれなくなったらしくて……」

「いかないの? 仕事」

「だ、だって今日はせっかくのデートなんだし……。お兄さんもせっかく時間作ってくれたんだし、この機会逃したくないよ。もっと楽しみたいもん……」

 上目遣いで訴えてくる。綺麗な赤の瞳を向けてくる。

『いかなくていい』なんて言えば、律華はそのように従うだろう。

 だが、修斗は真面目な顔つきで言うのだ。


「律華さんの気持ちは凄くわかるけど、ここで遊びを優先するのはちょっと間違ってるんじゃないかな」

「……」

「元々仕事が入ってなかったって状況はわかるんだけど、いつもお世話になってるマネージャーが困ってるから、俺は助けてあげてほしいな」

「……」

「代打に立てるくらい律華さんが頼られているってことだし、こうした時に動けるモデルさんはカッコいいよ。……尊敬もする」

「わ、わかった。お兄さんがそこまで言うなら……ん」

 しゅんと悲しげな顔をした。修斗だってもっと遊びたい気持ちがある。だが、仕事ならば仕方がない。

 困った時はお互い様。人は人を助け合って生きているのだ。


『わかった! すぐに向かうね。撮影場所はどこ?』

 ミュートと解き、声を明るくさせて電話を再開させた律華。

 気持ちの切り替えの速さ。そのプロ意識が垣間見えた。


『お兄さんのおかげで気持ちを切り替えたからさ? もっとお仕事を頑張ってみんなを見返すって』

 これは、本心から言葉だったのだ。


『ん。30分くらい……。はい。では、失礼します』

 そして電話を切った律華は、パンパンと頬を叩いて仕事のスイッチを入れた。

 そんな彼女に修斗は優しく声をかける。


「律華さん俺から二ついい?」

「うん。なに?」

「今から仕事場まで送り迎えしたいんだけど、問題ない?」

「も、問題はないけど……迷惑になるから大丈夫だって。タクシーでいくよ」

「迷惑じゃなくて、俺がしたくてするだけだから」

 仕事の顔をしている彼女に、こちらも仕事をする時の真剣な顔を作る。


「……う、うん。じゃあ、甘える……。あと一つは?」

「仕事が終わって律華さんに時間があれば、海にでもいってゆっくり話そっか?」

「っ、いいの……?」

「それは俺のセリフ」

「う、うん! ならめっちゃ頑張る!!」

「いいね。その調子で頑張ろ?」

 このトラブルを上手に対応する修斗でもある。さすがは支店にヘルプで出されるだけはあるだろう。

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