第24話 デート?①

「よ、よーし。誰もいないね!? 見つかってないね!?」

「多分大丈夫だと思います」

 キョロキョロと周りを見渡しながら乃々花が話かけるその場所は、職場から少し離れたコンビニである。

 隠密の言葉が出ているのは、職場から一緒にこの場に足を運んだわけではなく、一旦別れ、別々の道を使って合流したからである。


「ごめんね、協力してもらって。わたしがからかわれないためには必要なことだったから……。ほら、スタッフのみんなは知ってるからその……もろもろのこと」

 修斗のことを尊敬している。憧れている。その意味を含んだ『もろもろ』である。


「そ、それに修斗くんの面倒見役に立候補したのはわたしだから、『これが狙いかー』みたいな弄られ方をされちゃうから……」

「あはは、弄られるのは仕方ないと思いますよ。自分に一番意地悪をしたのは乃々花さんですから、因果応報と言いますか」

「っ、そ、それはだからもろもろの理由があって……!」

 非があると思っているのだろう、落ち着きなく両手を振って弁明している。

 もちろん悪気があったわけではないと知りつつ冗談を口にしている修斗である。


「最初は本当に悩みました……。みんなに優しい乃々花さんが自分にだけ冷たくて」

「だ、だからそれはあ……!!」

「ふっ、すみません」

 らしくない慌てようにとうとう吹き出してしまう。引き際もちょうどよいところだ。


「もう……。意地悪なんだから。年下のくせに」

 責めるような目で見てくる乃々花は言葉を続ける。


「オーナーに訴えちゃうよ?」

「えっ!?」

「『先輩をオモチャのように扱ってくる息子さんがいるのですが』……って」

「あ、あの、それは……その、そんなつもりではなくて」

「ふふっ」

 形勢はすぐに逆転する。

 修斗の弱点をしっかりと突き、微笑みながらからかい返すのだ。


「でも今日は貴重な体験ができたから、オーナーの名前を使うのはこれっきりにしてあげる」

「貴重な体験と言いますと?」

「えっと、こうして職場のみんなにバレないように会う……みたいな」

 しなやかな手を合わせ、白い歯を見せる乃々花。


「修斗くんは知らない? 少女漫画とか恋愛小説でこんな描写があるの。ちょっとそれと重ね合わせちゃって」

「社内恋愛禁止の職場で恋愛する……みたいなのですかね?」

「うんうん、そんな感じかな」

「ちょっと意外です。乃々花さんがそのような本を読んでいるなんて」

「最初は読んでなかったんだよ? でもお客さんからオススメしてもらって、実際に読んでみたらハマっちゃって」

 読書の内容が内容だ。ちょっと恥ずかしそうにしながら教えてくれる。

 客がオススメしたものを実際に体験してみるその行動は、誠実な人だと感じられる。


「それになんだけど、お客さんの恋愛相談に乗ったりするからちょっと助かることもあったり」

「恋愛相談ですか!?」

「うんっ。もっと言えば恋バナを聞いたり……とか」

 美容師は基本、客へのプライベートには触れないようにしている。触れるにしても、『休日はなにをしてますか?』なんて差し支えのない程度。

 恋愛相談にもなれば、客から話題を振っているのは間違いない。

 聞き上手であり、話上手であり、柔らかい雰囲気を持つ彼女だからこそできる相談なのだろう。


「へえ。それはそれで楽しそうですね」

「その分、支障が出ちゃいそうになるよ? うわーって内容があったりすると手を止めそうになったりして」

「例えば、って聞いてもいいですか?」

 恋愛談は男女共通して盛り上がることができる話題。年頃の修斗も興味を持っている一人である。


「最近聞いたお話だと、自分が気になっている同僚を上司も狙っていることに気づいてしまった! みたいな」

「三角関係ですか。それは確かにきになるなぁ……あはは」

「でしょ?

「ちなみに乃々花さんはどのようなアドバイスをされたんですか?」

「『頑張れ頑張れ!』って」

「……」

「……」

「えっ?」

 なにかほかにあるんじゃないか。との考えから口を開かないでいると、無言が訪れる。

 聞き返すように乃々花の顔を見ると、なんとも不思議そうな顔をしていた。


「あっ、それだけじゃないよ? マッサージをしながら『頑張れ!』って」

「えっと、お客さんの反応とかどうでした?」

「わたしの勘違いじゃなければスッキリしてたよ。『元気になりました!』って伝えてくれるお客さんもいたりで」

「なるほど……」

 なんて相槌を打ちながら修斗は別の考えを頭の中に浮かばせていた。

(なんか恋愛相談はついでで、乃々花さんにマッサージをされながらエールを送ってもらいたいっていうのが目的なんじゃ……? 乃々花さん、綺麗な方だし)

 恋愛相談に対し、アドバイスではなくエールを送っている彼女なのだ。ほんのりとこの可能性が浮かぶ。

 そんな時である。


「あっ」

 乃々花が腕時計を見ながら声を上げた。


「そろそろタクシーを拾わないと予約時間ギリギリになっちゃうかも」

「あははっ、そう言えばずっと立ち話でしたね。話に夢中になってしまってすみません」

「わたしもごめんね」

「いえいえ、それではタクシーを探しましょうか」

「うんっ」

 ここ周辺はタクシーが多く通っている。電話で呼び出さなくても簡単に捕まえることができるのだ。

 話に一区切りをつけ、二人で歩き出そうとした矢先。


「はい、後輩の修斗くんはこっち」

「えっ」

『車道側はわたしが歩くんだ』と言わんばかりに指差しをして指示をする。


「普通、男が車道側じゃないですか? こういう場合って」

「それはそうだけど、なにかあった時には守らないとだからね。先輩として今日の主役さんを」

「ありがとうございます。と言いたいところですが、なんだか頼りないので自分が車道側をもらいますね」

「なっ……」

 彼女の肩に優しく触れ、横にスライドさせる。体重が軽いのだろう、少し力を動かしただけで簡単に動かすことができた。

 これで車道側を取りつつ、男としての面目を保った修斗である。


「ではいきましょうか、先輩」

「うんっ。生意気な後輩くんをこっち側にできたら……ね!」

 一件落着! なんてニッコリと笑顔を浮かべた乃々花は、隙を突くように攻撃を始めた。

 腕を両手で掴んできたと思えば、再びスライドさせようと力を加えてくるのだ。

 ——が、体格差や力の差がある二人である。

 ただ腕を引っ張られるだけの修斗だ。


「乃々花さん。腕を組んでるって勘違いされますよ? この現場を職場の方に見られたりしたら」

「っ、もう……!」

 その言葉が終了のゴングを鳴らす。

 顔を赤くした乃々花は、諦めたように掴んだ腕を投げ捨てるのだった。

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