第14話 外食後の出会い

「あっ、お姉ちゃんきた!」

「どれどれ?」

「あの黒の車〜」

 路肩で待っていると、律華は人差し指をさして場所を示す。そこには一台のスポーツカーが減速してこちらに近づいていた。


「カッコいいの乗ってるなぁ……」

「私の将来はあんなのに乗りたいんだよね」

「スピードが出る車はやめてた方がいいんじゃない? 律華さんのことだから勢いで飛ばしそうだし」

「確かにそうかも」

「そこ認めちゃダメでしょ」

「にひっ」

「笑うところでもなくて」


 簡単なやり取りをしていると、目の前に止まった。

 助手席はスモークガラスで車内の様子は見えづらい。

 どんな人物が出てくるのかと緊張した面持ちでいると、車のドアが開くと——風でなびく黒髪を手で抑えながら綺麗な女性が出てきた。


 律華と顔は似ているが、看護師をしているだけあってかなり落ち着き払った様子。

 さすがはモデルの姉と言うべきか、彼女もまたモデルとしても十分通用しそうで……。

 なんて思っていた矢先、丁寧に頭を下げてきた。


「あの、水瀬みなせ修斗さんですよね? 初めまして。いつも律華がお世話になってます」

「は、初めまして。こちらこそお世話になってます」

 こちらも同じく頭を下げる。

 初対面ではあるが、こちらの名前を知っている辺り、話は通っているのだろう。


「今日はあたしの妹がご迷惑をおかけしてすみません」

「いえいえ。律華さんをこんな時間まで連れ回してしまったのは自分なので……」

 修斗も謝罪を伝えれば、姉は目を細めて優しく微笑んだ。


「ふふ、気になさらないでください。どうせ律華のワガママでしょうから」

「お姉ちゃん正解!」

「もう。そこは堂々とするところじゃないでしょ?」

「別にいいじゃん。お兄さんも『楽しい』って言ってくれたんだから。ねっ?」

「あ、あはは……」

 初対面の姉に少しドギマギしてしまう修斗だが、律華が間に入ってくれることで空気は和む。いや、わざとこうした立ち回りをすることで会話をしやすくしてくれているのかもしれない。


「……」

 ふと、隣に視線を向けると律華と目が合う。その途端にニヤリと白い歯を見せてきた。

『これまた正解』と言わんばかりの表情だった。


「そう言えば自己紹介がまだでしたね。あたしは律華の姉になります、絢華あやかです」

「ご丁寧にありがとうございます。修斗と言います」

「水瀬さんのことは律華から聞かせてもらってますよ。数日前にカットを担当してくだったようで」

「あはは、大したことはしていませんので」

「そんなことはないですよ。『可愛いでしょー』ってずっとあたしに自慢してたくらいなんですから。そのほかには何度も自撮りをしたりと」

「え?」

「ちょ!? それわざわざ本人の前で言わなくていいじゃん……! さすがに恥ずいって!」


 自宅での様子は当然知らない修斗。

 驚きながらも再び律華に振り向けば、人差し指に髪をクルクル巻いて明後日の方向を向いている。

 姉には敵わない律華なのだろう。


「ふふ、それ以外にもお噂はかねがね伺ってますよ」

「それ以外にも……?」

「はい。実はあたし、シャルティエで働いている美容師と友達で、顔を合わせる度に水瀬さんのことをたくさん褒めてまして。一度話せばずっと止まらないくらいなんですよ?」

「そ、そうなんですか!? いやぁ、それは嬉しいですね」

 緊張の面持ちで絢華と話していた修斗だが、褒められたことによって肩の荷が下り、余裕が生まれる。

 その余裕が生まれたことで疑問が生じる。一体誰が褒めてくれているのだろう……と。


「ちなみに、その美容師さんのお名前を聞くことはできます……?」

「乃々花ちゃんですよ。お知り合いですよねっ?」

「はい…………?」

 初対面なのにも拘らず、失礼な聞き返しをしてしまうのは仕方ない。

 自分にだけ冷たく、自分にだけ近寄り難い雰囲気を醸し出している彼女が褒めていたなんて想像できるわけもないのだから。

 後頭部をハンマーで殴られたような感覚に陥る修斗である。


「とても意外そうな顔をされてますが……どうかされました?」

「あ、いや、まぁ……」

 言えない。褒められるどころか差別を受けているだなんて。


「あの……もしかして今まで褒められたことありませんか?」

「そうですね。やっぱりお仕事中はそっちのスイッチが入るからだと思います」

 なんて可能性を出すのは、乃々花と律華の姉が知り合いだから。

 自分にだけ冷徹。差別している。そんな話は聞きたくないだろうとの気遣いである。


 修斗の本心は一貫している。

『乃々花さんは褒めることは絶対にない』

『きっとなにかの間違いだろう。誰かと間違えているのだろう』

 これである。

(もしも褒めてもらえてるならどれだけ嬉しいことか……)

 なんて願望を心の底で漏らすと、隣でそっぽ向いていた律華から声が飛ぶ。


「ねえ」

「う、うん?」

「一つ聞きたいことがあるんだけど、修斗さんってその……乃々花さんって人のこと好きだったりするの?」

「え? なんで?」

「いや、反応がちょっとおかしかったし……」

 聞き返せばすぐに顔を背ける律華。どことなく拗ねているような表情だが、気のせいだろうか。


「ま、まあ好きってより尊敬の念が強いよ。仕事仲間をそんな風に見たことはないから」

「……ふーん。そっかそっか。そかそか」

 なにやら一人でコクコク頷きながら納得している律華。

 そうして話が途切れた時、姉、絢華のスマホからピロンと通知が鳴る。


「あっ、ヤバ」

 そして、すぐに声に上げたのは律華である。


「いきなりでアレだけどそろそろ解散しよっ!? 忘れてたけどお兄さんお仕事早かったじゃん!」

「あっ、そうだったんですか!? 長話をしてしまってすみません……」

「いえいえ、お気遣いなく」

 絢華と修斗へと続く。


「じゃ、律華。車に乗りましょう。これ以上ご迷惑はかけられないから」

「はーい。今日はありがとね、お兄さん。またご飯いこーね」

「了解。いつでも待ってるよ」

「うんっ!」

 約束を交わすと、律華は助手席に乗り込み、絢華も運転席に乗り込んだ。


「それでは、お二人ともお気をつけて」

「水瀬さんもお気をつけください」

「おやすみなさーい」

 そうして車がゆっくりと発進。


 姿が見えなくなるまで見送りした修斗は一言。


「乃々花さんが俺のこと褒めてるってやっぱり考えられないよなぁ……」

 お腹が満たされたものの、モヤモヤまでも満たされるのであった。

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