第3話【トマホークとリボルバー】



『しかし隊長…… 本当にあの静山がこんな山奥に――?』



 オープンチャンネルで飛び出した言葉に、操縦席の中でため息をついてしまう。


 実際二等国民の俺達からすれば、ろくでもない任務。


 山奥まで旧式のティエンでえっちらおっちら偵察に出て一苦労、それで手当が増えるという事もない。


 貧乏くじならまだいいが、外れを引いたらあの静山華凛と戦う事になるのだ。


 及び腰になる気持ちも理解出来るが。



『可能性はある、という話だ。ゼロではないなら無視は出来ない』



 だが、ユーラシア連合からやって来た一等市民様にとってはそうではない。彼にとっては祖国に盾突くにっくきテロリストを追い詰める機会。


 それだけの意識の差があれば、トラブルが生まれ。そして一等国民様とトラブルになるというのは俺達二等国民にとって災害に等しい。


 相手がユーラシアの法には背かない、比較的マシな上司であってもだ。



「その可能性って、MAUの中隊を山奥に派遣するコストに見合うんですかね?」



 なので、より強い言葉で隊長の意識を俺に向けさせる。そうすれば家に生まれたばかりの娘がいる東原の給料が減らされることはなくなる。


 こっちはどうせ独り身で、何より少ない今月の給料は法律上減らせるギリギリまで削られているのでここから先は、法に触れない限り文句は言うだけ得なのだ。



『任務を遂行したという事実が、一つの成果として積み上げられるのだ!』



 何よりこっちに怒気は飛ばしても、MAUが持ったアサルトライフルを撃ち込んでくることはない。


 普通のユーラシアの正規軍人なら、それこそ反抗的な態度を取ったら即。ロックオンから発砲までやって来るので、上司はマシな方。



「了解、元の給料分くらいは働きますよ」


『ふん、ちゃんと成果を出せば貴様のすり減った給料も元に戻す!』



 本当に、こんなものでも悪くないに分類されるのだから。植民地域における現地兵士の士気なんてとにかく低い。


 だからだろうか、索敵機からの報告に俺達は一瞬反応が遅れた。



『れ、レーダーにヴァルター機関反応、出力大! この波長はリベリオンです!』



 最悪の辺りを引いてしまったと理解した次の瞬間。


 俺達の前に立っていた隊長機に向け、闇夜を切り裂き砲火が迫る。



『ちぃ! ヴァルター機関の出力上げ! 戦闘開始だ』



 確かに、改めてデータリンクされた戦術モニターを確認すれば。ティエンの10倍に迫るエネルギーゲインのMAUが存在していることを示している。



(本当に、静山華凛が?)



 冷汗がパイロットスーツの内側を流れる。


 宣伝動画曰く、総撃墜数89機。だがそれは嘘っぱちだ。隠ぺい体質が強いユーラシア連合軍の資料を軽く漁るだけで200機以上のMAUを撃破している。


 機体性能の高さも勿論、操縦の技量も。何より戦場を選ぶのが上手い。



「だが、それなら。この遭遇戦は・・・・・・」



 ゆるりと、林の中から黒いMAUが立ち上がり。復讐者の名を持つ黒い巨人がその隻眼を光らせる。


 ただそれだけで部隊の半数が気圧され、中には後ずさった奴もいた。しかし――



「そこまで分の悪い賭けじゃねぇのかもな」



 これまで静山華連はここ1週間で、多数のMAUを撃破している。


 MAUの動力である、常温超電導プラスチックヴォルテックスによって形成されたヴァルター機関は事実上の永久機関と呼んで差し支えない。


 高精度に出力されたA級ヴァルター炉心を持つリベリオンは無茶を通せるが。


 だが、それはその無茶にパイロットを突き合わせる事を意味するのだ。


 つまり、今の彼女は普段よりも弱っている。



「そうだよな、アレが全力で稼働できるなら。俺達は全滅している」



 ジ・レジスタンスの日本を開放するという行動指針と。静山華凛のたたき出している成果に思うところが無い訳じゃない。だが、それでも――



(ユーラシア連合の圧政の方が、支配すら危ういアンタたちよりマシなんだよ)



『タケナカ! 部隊の指揮は貴様に任せる・・・・・・』



 隊長の駆るティエン・トゥリーが背中から得物を引き抜いて。


 リベリオンの細身な機体と比べれば、ずんぐりとしたカーキ色の機体がトマホークとシールドを構えて前に出る。



「火力支援で?」


『いいや、足を止めろ。あと万が一に備えて一人下がらせろ』


「了解です、隊長」



 折角だからと東原を下げさせる。こんな時、一番年下のついこの間結婚した奴を贔屓してやるのは嗜みという奴だ。


 21世紀最悪のテロリストである静山華凛は、以外にも国際基準の交戦規定をしっかり守るが。死ぬときは死ぬ、俺の同期も1人やられたのだから間違いない。


 ガチャリと、30mmアサルトライフルをティエンに構えさせる。隊長の機体と比べると2世代古い型だが。後方からの援護を行う分には十分。



「さてと、あんたらが絶対悪だとは言わないが……」



 黒いMAU、静山華凛の駆るリベリオンは右手に構えたリボルバーキャノンを、こちらの出方を探るように構えている。


 行動が受け身だ、恐らくかなり余裕はない。



「給料分くらいは、戦う義理があるんでね」



 ユーラシアの支配には問題が多い。だがそれを差し引いても、俺はまだマシな生き方が出来ているのだから。

 

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