テロー/リ・レジスタンス

ハムカツ

第1話【20年目のプロローグ】



「で、現状を理解できているかい。君は」



 そう黒髪の少女に問いかけられて、どうにか思考を回転させる。


 燃える街、避難して消えた人々、そしてユーラシア連合のMAUマルチアームドユニット


 確かティエンって名前だった気がするが、そんなことはどうでもいい。


 今一番重要なのは、6mを超える人型搭乗式機動兵器。それが切り裂かれてばらばらになっているという事実。


 ちょうど近所のおっちゃんたちが。プラモデルで似たような場面を作っていたことがあったと思い出す。


 それらの模型はもう再販されないからと、関節の部分で切り離されていたけれど。目の前に転がっているものは修理とか、組み直すとかそんな配慮は全くなく。


 笑えるほど簡単に、腕を、頭を、正面装甲を切り裂かれている。



「あんたと関わってしまった時点で死刑なんだよな」


「ええ、暴対法をベースに無茶な法を通したものよね」



 からからと、黒髪の美少女が笑う。いやこっちはまったくもって笑えない。


 彼女、静山華凜しずやま かりんと関わったものは死罪、と書かれている訳では無い。


 だが【特定テロリスト集団に対する法律】、通称【特テロ法】を読み解けば。


 結局そうなるのは高卒程度の学歴があめぐまれていれば分かる話。



「まぁ、君に選べるのは死に方よね」



 21世紀最悪のテロリスト。国会議員の半分を吹き飛ばし、ユーラシア連合軍平和維持軍の保有するMAUマルチアームドユニットの5%を撃破して。


 今なお、この国が平和ではないとされる唯一の原因が笑顔で3本指を立てる。



「抗って死ぬか、捕まって死ぬか、ここで死ぬか?」


「ええ、理解できているようで何より」



 1つ目の選択肢は、彼女が運営する自称レジスタンス組織ジ・レジスターズへの参加。

 これを選べばたぶん死ぬ。


 2つ目の選択肢は、彼女からの誘いを断り。元の生活に戻る事。

 これを選べばなんやかんや【特テロ法】が適応されてたぶん死刑。


 3つ目の選択肢は――



「今あんたが持ってるリボルバーを貸してくれるのかい?」


「望むなら。ただ助けた相手が自殺するのを見るのは悲しいわ」



 そう、静山華凜しずやま かりんは。21世紀最悪のテロリストは。


 なんやかんやで逃げ遅れた俺を助けるために人を殺した。わざわざ操縦席を開いて身を乗り出し、俺を人質にして彼女を脅迫しようとした兵士の額を撃ち抜いたのだ。



「礼を言った方が良いか?」


「いいえ、この国を不当な支配から解放することが我々の題目であり理想だもの」



 さて、彼女が。静山華凜しずやま かりんは何を考えているのか。


 たぶん、ここで俺に【ジ・レジスターズ】に加わって欲しいのだろう。


 これはプロパガンダとか、そういう話で盛り上がりそうなエピソードで。


 もし純粋に俺の寿命を考えても、一番マシな選択肢である。



「一つだけ、聞かせてくれ。ミス静山」


「ええ、どうぞ」


「何故、俺を助けた?」



 彼女が噂通りの事をやれているというのなら、それこそ無駄な事は出来ない。


 どれだけ才能があっても、どれだけ財力があっても、それは有限であるはずで。


 1年近く大陸を支配する国家の軍隊相手に立ち回る。そんな無茶を通せる人間が無駄な選択肢を選ぶはずがない。


 だから彼女が俺を救ったならば、何か理由がある。



「髪と瞳の色か?」


「確かに、あなたの金髪と碧眼は目立つわ。だから目が向いたのは事実」



 もしそれが理由なら、命を救われたとしても。彼女に運命を託したくはない。



「俺が日本人だからか?」


「……ハーフ? は年代的に難しいから、その前かしら?」



 どうやら、俺の人種は気にしてないらしい。


 割とこの線はあると思っていた。別にコネがある訳じゃないがユーラシア連合の警察部隊とやらが明らかに俺のことを張っているのは事実。


 奴らにいちゃもんを付けられて殴られたのも1度や2度ではすまない。


 少なくとも、それを狙って助けたわけじゃないらしい。少なくとも俺はそう感じられる程度には彼女は俺の出身を気にしている様に見えなかった。



「じゃあ、なんでだ?」


「君の眼が諦めていなかったから」



 一瞬、何を言われたのか分からなかった。



「そんなことが理由で?」


「ほぼ死ぬって場面で、そんな目が出来る人は少ないわ」



 馬鹿みたいな理由に、俺の口から間の抜けた音が出る。



「はは、ははははははっ! そうか! ならいいか!」



 彼女の手を取るという事実は、首を吊るのと同じだと理解して。


 だが、それは他の選択肢を選んでも変わらない。


 ここから逃げても死ぬ。もし何かの奇跡が起こって俺がユーラシア連合軍の治安部隊に捕まらなくとも。たぶん別の理由で死ぬかもしれない。


 なにより、奇跡すら超える理不尽が起こって寿命まで生きても死ぬ。


 どうせ結果が同じならば、笑えるほうを選べとじいさんが言っていた。


 そうしたらパッキンの嫁が貰えたと言って、アメリカ生まれのばあさんに頭を小突かれていたのを思い出す。



「分かった。ミス静山、俺は―― 藤川譲二ふじかわ じょうじは反抗を選択する」


「ふふ、案外みられているのね。私達のプロパガンダ動画って奴も」



 彼女は笑いながら操縦席に潜り込み、彼女の髪と同じ色のMAUマルチアームドユニットが俺に向かって手を伸ばす。


 先ほどまで持っていた太刀はいつの間にか左腰に据えられた鞘に納められており、彼女がとんでもない技量を持っていることは、素人の俺にも理解出来た。



『それじゃジョージ、姿勢固定用ハンドルの場所は分かる?』


「あんた達の動画で見て知ってる、それと一つだけ注文を――」



 手早く黒い巨人の腕からベルトやレバーや引きずり出し、俺の体を固定する。


 サイズ的には子供が人形を腕で抱える位のバランスだろうか?



「俺はこう見えても江戸っ子だ、東京タワーにも上ったことがある」


『分かったわ、譲二。それじゃあ戦う前に逃げましょうか?』



 発音で俺の意図が通じたと安心した瞬間、ミス静山の駆るMAUマルチアームドユニットが飛び上がり、俺は急いで目を閉じた。


 戦闘機動を行うロボに抱かれて、目を開けていられるほど俺は強くはない。


 ただ、どうしようもない選択肢から。少しでもマシな選択肢を選べた気がして。


 俺は吹き付ける風圧に負けないように、少しだけ笑った。

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