第34話 『法術』の名の由来と

「それがねえ……」 


 頭をかきながら嵯峨は隊長用の机の引き出しを漁る。一つのファイルをそこから取り出した。


「遼帝国、特務機関一覧」 


 カウラが古びたファイルの見出しを読み上げる。


「この字は隊長の字ですね。それにしてもずいぶん古いじゃないですか」 


 うっすらと金属粉末が積もっているファイルに目を向けながらアメリアがそう言った。


「まあな。俺が甲武国東和大使館付き二等武官だった時に作ったファイルだ」


 誠も目の前にいるのが陸軍大学校を首席で卒業したエリート士官の顔もある男であることを思い出した。配属先が東和大使館だったと言うことは嵯峨が当時は軍上層部から目の敵にされていた西園寺家の身内だった為、中央から遠ざけられたと言う噂も耳にしていた。 


「そんな昔の話聞くためにここに来たんじゃねえよ」 


 かなめはそう言うとくみ上げた拳銃をまた分解し始めた。


「まあそう焦るなって。8年前のクーデターで遼南人民国が遼帝国に名前が戻った時に俺はそこの情報部にコネがあってね、当然そこにある特務機関の再編成をやることになったわけなんだが……カウラ125ページを開いてみろや」 


 そう言われてファイルを取り上げたカウラが言われるままにファイルの125ページを開く。かなめ以外の面々がそのページをのぞき込んだ。


「法術武装隊」 


 その項目の題名をカウラが読み上げた。


「俺や茜、誠の力をとりあえず『法術』と呼称している元ネタは遼帝国の特殊部隊の名称から引っ張ってきてるんだ」


 いかにもどうでもいいことというように嵯峨が吐き捨てるようにつぶやく。 


「そんな力の名前がどうこうした話を聞きに来たわけじゃねえ」 


 かなめはさすがに勿体つけた嵯峨の態度に怒りを表して手にしていた拳銃を机に叩き付けた。


「じゃあ率直に言おうか?他の特殊部隊、秘密警察の類は関係者と接触を取ることができた。必要な部隊は再編成し、必要ない部隊は廃止した。だが、法術武装隊の構成員は一人として発見できながった」 


「調べ方が甘かったんじゃねえの?」 


 嵯峨の言葉にすぐさまそう応えてかなめは挑戦的な笑みを浮かべる。隊長の椅子に深く座った嵯峨は大きく伸びをした。


「それだったらよかったんだけどねえ……見事に消えてんだよその足跡が」


「足跡が消えている?意味が分かりませんが……」


 カウラはそう言ってダルそうな嵯峨をにらみつけた。


「死んだなら墓とか遺体とか……最低でも知り合いに死んだという連絡があるはずだが、それがねえんだな、これが。20年前から一人、また一人と姿を消して8年前には誰一人その存在が分かる人間が居なかった……不思議だよね」


 そう言うと嵯峨は机越しに誠達を見つめた。


「どっかで野垂れ死んだわけでもないだろうな……その中には『不死人』もいたんだろ?」


 かなめはそう言うといつもの癖の左わきの銃の入ったホルスターを叩く動作をする。


「メンバーの名前と顔以外は分からねえからそこんところまでは分からねえんだ。ただ、『法術武装隊』とか言う組織が俺達みたいな法術を使用する軍事警察だったと推定すればその可能性は高いな。そうなると連中はどこへ消えたのか……距離の概念の無い遼州人にとってはどこに消えるのも自由自在……足跡なんて追えないよね。で、この話はお終い」


 そう言うと今度は机の上に乱雑に置かれた書類の山から一冊のノートを取り出してかなめに投げた。


「日記?」 


 そう言うとアメリアがページをめくる。


「違うな。帳簿だろ?手書きってことはどこかの裏帳簿だな」 


 アメリアから古びたノートを奪ったかなめはぺらぺらとそのページをめくる。


「分かるわけないか。入金元、振込先。全部符号を使って書いてある。叔父貴、こいつはどこで手に入れた?」 


 嵯峨はノートの数字を眺めているかなめ達を見ながらタバコに火をつけた。


「近藤資金を手繰っていった先、東モスレム解放戦線の公然組織とだけ言っておくか」 


 東モスレム。その言葉を聴いてかなめの目が鋭く光るさまを誠は見ていた。遼帝国西部の西モスレムと昆西山脈を隔てた広大な乾燥地帯は東モスレムと呼ばれていた。イスラム教徒の多く住むその地域は西モスレムへの編入を求めるイスラム教徒と遼帝国の自治区になることを求める仏教徒と遼州古代精霊を信仰する人々との間での衝突が絶えない地域だった。


 同盟設立後は西モスレム、遼帝国の両軍が軍を派遣し、表向きの平静は保たれていたが、過激な武力闘争路線を堅持している東モスレム解放戦線によるテロが週に一度は全遼州のテレビを占拠する仕組みになっていた。


「だったら早いじゃねえか。司法局公安機動隊長の安城秀美の姐さんにでも頼んで片っ端からメンバーしょっ引いて吐かせりゃ終わりだろ?」 


 そう言って笑うかなめを嵯峨は感情のない目で見つめていた。


「それが出来ればやってるよ。なんでこいつが俺の手元にあるかわかるか?」 


 物分りの悪い子供をなだめすかすように嵯峨は姪を見つめる。見つめられたかなめはこちらも明らかにいつでも目の前の叔父を殴りつけることができるのだと言うように拳を握り締めていた。


「もったいぶるなよ」 


 そう言うかなめの目の前で嵯峨は煙を吐く。タバコの煙が次第に部屋に充満し、非喫煙者のアメリアが眉をひそめる。


「まあお前等が知らないのは当然だな。報道管制が十分に機能している証拠だ。4時間前、その組織は壊滅した」 


「どういう事だ?じゃあ何でその帳簿が叔父貴の手元にあるんだ?」 


 机を叩きつけるかなめの右手。嵯峨の机の上の金属粉が一斉に舞い上がり、カウラと茜がそれを吸い込まないように口を手で押さえる。


「夕方、安城さん達の助っ人で出張ってね。東モスレム難民の東和における支援を名目に設立された法人が入っているビルに行ったわけだが、酷いもんだったよ。生存者なし。ああ言うのをブラッドバスって言うのかね。壁と言い床と言い人肉の破片が飛び散っちゃってまあ見られたもんじゃなかったよ」 


 かなめからノートを取り上げた茜がそれに目を通す。


「この帳簿の符牒の解読を隊長に依頼するためにここに運ばれて来た訳ですね。暗号解読は隊長の十八番ですからね」


 アメリアは自分が知りたかった情報はすべて理解したと言うようにうなづいている。かなめやカウラはただ眉をひそめて嵯峨を見つめる。誠は黙り込んで次の嵯峨の言葉を待った。 


「まあ、こいつと神前に首っ丈の遼州解放をうたう遼州民族主義者達のつながりがあるかどうかは俺もわからん。だが、その手の組織が存在すると言うのは同盟首脳会議でも何度か話題には出てる。そいつらが資金目当てに近藤資金と接触することも十分に考えられる話だ。そして今、連中が動き出したと言う理由もわかる……消えた近藤資金の幾ばくかを手に入れて活動資金の潤沢なうちに敵対組織を叩いとこうというところなんだろ」 


 そう言うと嵯峨は口元まで火が入ったタバコを慌てて灰皿に押し付けた。


「そうなると一番に対抗して動き出すのは司法局実働部隊。つまり我々です。そしてその機先を制するべく動き出した」 


 カウラがそう言うと誠の顔を見た。


「そう考えれば帳尻が合う……俺としては避けて通りたかった道なんだけどねえ……面倒くさいんだよな……そういう連中は」 


 そう言うと嵯峨は椅子から立ち上がり周りを見渡す。かなめは追及を諦めたように黙り込んだ。

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