海と特殊な部隊

第21話 夏の風物詩

 アンが立ち去った後、誠達は茫然としていた。そこに入れ替わるようにしてサラとパーラがやってきた。


「アメリア、遅いよ!菰田君達が場所取ったからつれて来いって騒いでるんだから」 


 サラがややめんどくさそうにつぶやいた。


「菰田の馬鹿だろ?あんな連中ほっときゃいいんだよ。それより神前。冷えたビールをケースで買って来い金は……」 


「そんな、島田先輩。もしかして一人で運ぶんですか?」 


 いつものような島田の非情な指令に誠は泣き言を言う。だが島田はそんな誠を苛めるのが楽しくてしょうがないと言う顔をしている。


「アタシも行くよ。コンビニの場所とか知らねえだろうし、金はどうせ立替で後で精算だろ?小夏!オメエも来い!なんか買ってやるよ」 


 その言葉、誰もが予想しなかったかなめの登場に周囲の空気が止まった。


「お前、何か企んでいるのか?」 


 かなめの気まぐれに恐る恐るカウラがたずねた。サングラスをはずしたかなめはとぼけたようなまなざしを投げる。


「何が?」 


 カウラはじっとかなめのタレ目を確認した後、そのまま押し黙る。


「別にいいじゃないの。かなめちゃん、先行ってるわよ」 


 そう言うとアメリアはいまひとつ納得できないと言うような顔をしている島田達を連れて出て行った。


「じゃあアタシ等も行くぞ」 


 かなめはそう言うと先頭を切って歩いた。


「神前の兄貴。あの外道、何かあったんですか?」 


 小夏が小声で誠にささやいた。首をひねってみた誠だが思いつくことも無いので黙ってかなめについて行く事にした。


「うわっ、暑いなあこりゃ」 


 自動ドアを出たとたんかなめが叫んだ。9時を回ったばかりだと言うのに、破壊的な日差しが一同に容赦なく降り注ぐ。海風も周りのアスファルトに熱せられて、気味が悪くなるほどの熱風となって誠一行を迎える。


「コンビニって近いんですか?」 


 誠は車止めの坂を下りながらかなめに尋ねてみた。


「なに、ちょっと海水浴場を通り過ぎた所にあるんだ」 


 かなめはそう言うとずんずん先を歩いていく。サイボーグの彼女ならこのような場所でも平気かも知れないが生身の誠には拷問に近いものだった。先ほどまでのホテルの冷気に慣れた誠の体力を熱風が確実に奪っていく。


 そのまま道を下ってみやげ物屋が軒を連ねる海辺の街道に出ると、それまでの熱風が少しはさわやかな海風と呼べるような代物になったていた。誠は防波堤の向こうに広がる砂浜のにぎわう様を見ていた。


「やっぱり結構人が出てますね」 


 砂浜はパラソルの花があちらこちらに咲き乱れ、波打ち際には海水浴客の頭が浮いたり沈んだりを繰り返している。


「まあ盆過ぎだからイモ洗いにはならねえけどな。小夏のジャリ」 


「ジャリじゃねえ、この外道が!」 


 今度は小夏が頬を膨らませる。彼女も先ほどまでは誠と同様暑さにへこたれそうになっていたのだが海からのさわやかな風に息を吹き返していつもの調子でかなめをにらみつけた。


「アタシ等、一箱づつ持って帰るわけだが、お前持てるのか?一箱」 


 かなめはそう言って得意げに小夏に目を向ける。誠は伊達に鍛えてはいない、かなめは軍用のサイボーグである。


「アタシだって……」 


 缶ビール一ケースの重さは、飲み屋の娘である小夏には良く分かっていた。しかし狭いあまさき屋の中を運ぶのとはわけが違う。


「僕が二箱持ちますよ」 


 当然そうなるだろうと覚悟しながら誠はそう言った。


「アタシが二つ持つから、ジャリはつまみでも持ちな」 


 サーフボードの青年を避けて振り返ったかなめの言葉に誠と小夏の目が点になった。明らかにいつものかなめが口にする言葉では無かった。


「おい、外道!何か後ろめたいことでもあるのか?」 


 小夏が生意気にそう言った。いつものかなめならそのまま小夏の頭をつかんでヘッドロックをかますところだ。しかし、振り向いたかなめは口元に不敵な笑いを浮かべるだけだった。


「一応この体だって握力250kgあるんだぜ、アタシは。缶ビール二ケースくらい余裕だよ」 


 かなめは上機嫌に話す。そしてそのまま彼女は浜辺に目を向けた。


「それにしてもヒンヌー教徒はどこ取ったんだ?目立つだろ、うちのパラソル」 


 海岸線沿いの道路。一同は歩きながら浜辺のパラソルの群れを眺めていた。赤と白の縞模様のパラソルを五つ備品として保存されていたものを倉庫から引っ張り出してきていた。


「どれも同じ様なのばっかりじゃん。分からないっすよ」 


 小夏が一番にあきらめて歩き始める。誠もどうせ分からないだろうとそれに続く。


「菰田先輩は……結構几帳面ですから、いい場所取ってるんじゃないですか?」 


 主計下士官として『特殊な部隊』の運営を支えている影の功労者である菰田のことを少し思いやりながら誠は砂浜を見渡した。


「あれじゃねえか?……バッカじゃねえの?」 


 かなめが指差した先には、『必勝遼州同盟司法局』というのぼりが踊っていた。野球チームの用具部屋の奥にあったそれである。


「アホだ……」 


 思わず誠はつぶやいていた。


「誰も止めなかったのかよ、あれ」 


 そう言うとかなめは足を速めた。さすがにいつもより心の広いかなめでも恥ずかしくなったようだった。


「きっと島田の旦那が何とかしてくれますよ」 


 さすがに中学生の小夏ですら菰田達ヒンヌー教徒の暴走にはあきれているようだった。とりあえず目的地がわかったことだけを考えるようにして海に沿って続く道を進む。


「やっぱ車でも借りりゃあよかったかな?」 


 暑さに閉口したかなめが思わずそう口にしていた。


「これだけ暑いと……アイスでも食べたくなりますよね」 


 そんな小夏の言葉にかなめの視線が厳しくなる。


「それはお前が買え。アタシは缶ビール買ってその場で飲む」 


 二人の飽きない会話を聞きながら誠はようやく見えてきたコンビニの看板を見てほっとしていた。買出しの観光客で一杯の駐車場。三人は汗をぬぐいながら入り口に向かって進む。


「やっぱ考えることは一緒か」 


 缶ビールとアイスを持った親子連れを見ながらかなめがつぶやく。


「アイス!外道!自分の金ならいいんだよな?」 


 小柄な小夏はそう言ってかなめを見上げた。


「そうだな、店中のアイスを買い占めても文句は言わねえよ」 


 かなめの言葉を聞くと小夏は店内に飛び込んでいった。誠はそんな元気な小夏の姿に笑顔を浮かべて見送った。


「ジャリは元気だねえ」 


 サングラスをずらしたかなめが誠の顔を見上げる。


「何か?」 


 誠が口を開くが、かなめは何も言わず店内に入った。弁当とおにぎりの棚の前に客が集まっている。かなめはそれを無視してレジを打っている店長らしき青年に声をかけた。


「缶ビール三ケースあるか?」 


 客達の迷惑そうな視線がかなめに集まるが、そんなことを気にするかなめでは無いのは誠は十分理解していた。


「すいません、並んでいる方もいらっしゃいますので……ちょっと待ってください」


「待てばいいのかよ……」


「西園寺さん、落ち着いて」


 キレかけるかなめをなんとかなだめながら誠は客の列に並んだ。


 誠が店の奥を見ると小夏が財布を出してアイスを物色しているのが見えた。 


「じゃあ、アタシの番だな……ビール出せ。箱で三つだ」


 かなめはいつもの横柄な態度で青年に声をかけた。


「冷えてるのですか?冷えて無いのなら……」 


 かなめは明らかに分かる舌打ちをして青年をにらみつけた。


「しゃあねえなあ……それでいいや」 


 かなめの威圧的な視線を浴びながら青年はバックヤードから出てきた高校生と言った感じのバイトと顔を見合わせると、そのまま二人は奥に消えていった。


「小夏!アイスよりつまみだ!イカは島田が買い込んでるから他の奴!」 


「イカ以外?袋物のスナックでも選べばいいんでしょ!」 


 小夏はそう言うと小豆アイスを手にそのままスナック売り場に移動した。


 そんな小夏の横を抜けて女子高生らしい店員が重そうに台車に乗せたダンボール四つのビールを運んでくる。


「小夏。アイスの勘定はお前がしろよ……つまみは神前に渡せ、アタシが払う」 


 そう言いながらかなめはカードを取り出した。


「やっぱり外道だ!お前は!」 


 小夏がすねながらレジの列に並んだ。誠は彼女の手からポップコーンやポテトチップと言った菓子やつまみをの入ったかごを受取る。


「魚肉ソーセージは?」 


「なんだそれ?なんでそんなもん買うんだよ!」


「そりゃあアタシが好きだからだ!」


「貴族のわりに庶民的な好みだな」


「いいから取ってこい!」


 小夏の後頭部を小突きながらかなめはそう叫んだ。仕方なく小夏は走って店の奥に走り、魚肉ソーセージを一本持ってくる。 


 アルバイトの女子高生が会計を始めた。小夏は隣のレジで小豆アイスの会計を済ませて店を出ていく。


「ああ誠、冷えてるビール二缶持って来い」 


 かなめはレジを操作している店員を見ながらそう言った。


「銘柄は……」 


 奥に向かおうとした誠だが、振り返って思い出したように尋ねた。


「何でもいいぜ。ただ発泡酒はやめろ、ちゃんとしたビールな」 


 そう言われて誠は冷蔵庫に向かう。とりあえず月島屋で出しているのと同じ銘柄の缶ビールを二つ持ってかなめのところまで行く。 


「ありがとな。店員!こいつも頼むわ」 


 追加の商品に店員はあからさまに嫌な顔をする。いつもならサングラスをはずして眼を飛ばすくらいのことをするかなめだが、特に気にすることも無く会計を済ませた。


「誠。アイス食ってるアホの分も頼むわ」 


 かなめはそう言うと軽々と二箱のビールを肩に担ぐと、あきれながら見つめている店員や周りの客の視線を無視して表に出る。あわてて誠もその後に続いた。


 店先でアイスを食べている小夏の前にどっかと二箱のビールを置くと、誠が持っていたビールを受け取ったかなめは一気にのどに注ぎ込む。


「やっぱ夏はこれだぜ」 


 そう言ってかなめは簡単に飲み干したビールの缶を握りつぶす。


「もう飲んだんですか?」 


 まだプルタブを開けたばかりの誠が問いかける。


「ビールはのど越しで味わうもんだ」 


 かなめが飲み終えた以上、部下である誠も急いで飲まざるを得なかった。しかし、缶ビールを飲みなれない誠は半分ぐらい飲むのが精いっぱいだった。


「おい、誠。先に行くからゆっくり飲んでてくれよ」 


 かなめはそう言うと積み上げられた二つのビールの箱を担いで歩き始めた。


「神前さん行きます?」


 なんとかビールを飲み終えてゴミ箱に空き缶を捨てた誠に手に菓子の入った袋を二つ持った小夏が声をかけてきた。


「それじゃあ行こうか」


「了解!」


 元気にそう言った小夏を見送りながら誠は二人で恥ずかしいのぼりを目指した。

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