第11話 白ウサギの恩返し(2)
流石は城の軍隊。しっかりと訓練がされている。俺たちを見つけたのはたった一人の兵士だったのに、瞬く間に大勢の兵士に囲まれてしまった。きっと外側から見れれば、「おお!」と目を輝かせてしまっただろう。そのくらいの統率力があった。残念ながら内側にいるんですがね。
全員がこちらに槍を突き出している。矢尻がハートだのスペードだの、ポップなモチーフになってるだけに、緊張はしてるけど緊迫した雰囲気は残念ながらない。さながらコントだな。クラブの矢じりがないのでちょっと探すと、後ろの方でクラブの形の斧を持った部隊がいた。なるほど、そう使えるのか。
混乱すると脱線する癖が発動したが、ともかく状況はやばい。
けど、俺なんかよりやばい子がいる。
「雪坂様!お離れください!」
そう、雪坂だ。ここで俺から離れなければ、謀反と取られかねない。けれど、俺から離れれば契約を途中で破棄することになる。小さい声で尋ねた。
「契約内容の更新って可能?」
「両者が受け入れれば可能です。が、私は契約途中で打ち切るようなことは致しません」
こんな状況で良くそんなこと言えるな。こういう時、男よりも女の方が強いという説に激しく同意するね。
でも、本気でそんな場合じゃない。周りがざわざわとざわつきだした。やばい。これで彼女が城を追われる身分になったら、俺の責任だ。美少女を路頭に迷わすようなこと、俺にはできないし・・・
俺はバカだ。さんざん繰り返してきたから、もう言う必要はないかもしれない。でも、こんなことしか思いつかないんだから、もう一度再認識する必要があると感じたんだ。
腰につけていた袋から卵を取り出す。兵士たちのざわつきが激しくなった。
「な、何する気だ!」
ま、不審者が卵取り出したらそう思うよな。
つい共感しながら、卵を手で叩き潰す。そのまま引き延ばすと橙色の閃光がロビーに満ちた。手から粘り気がとれたところですぐにその真ん中を掴む。
「・・・オール?」
兵士の一人が茫然とつぶやいた。王の間に乱入してきたやつらとは、隊が違うようだ。変化する武器はやっぱり珍しいのだろうか?赤の王も驚いてたもんな。
「ごめん」と一言謝ってから、雪坂の首に腕を回し、オールを高々と掲げた。
「道を開けろ!さもないと宰相を殺すぞ!」
殺す度胸なんてないけどね。気合いでやれば、意外と何とかいけるもののようだ。迫真の演技に圧倒された兵士たちが、慌て出した。一応、雪坂は人質、ないしは脅されているというイメージは付けられたみたいだ。
俺の魂胆が解ったのか、襟巻に徹していたトーヴが毛を逆立てて周囲を威嚇する。更に雪坂まで協力してくれた。
「きゃー。助けてー」
驚くほどの大根だった。せっかく信じ込んでいた兵士たちがざわざわとまた疑い出す。
せっかく信じてくれてたのに、なんてことしてくれたんだ!
そう思って雪坂を見ると、なぜか彼女はどや顔でこちらを見ていた。叱り辛いことこの上ない。そんな情けない様子に、逆にトーヴから「ヴッ」と怒られてしまった。
打つ手なしかとあきらめたその時、ロビーに個性的な笑い声が響き渡った。この笑い方、どこかで聞いた覚えが・・・
ドンッ!
激しい音とともに、俺の後ろに何かが下りてきた。驚いて振り返った俺が相手を認識する前に、兵士の一人が驚愕の声を上げる。
「チェ・・・チェシャ猫!」
着地したままなのだろう。かがんだ格好でこちらを仰ぎ見ていたのは、昨晩会った打海だった。
上は二階三階くらいまで道はあるけれどほとんど吹き抜けで、何処から飛び降りてきたのか推測もつかない。けど、「飛び降りた」って時点でもうダメージは大きいだろう。
しかし流石はチェシャ猫と言ったところか。けろりとした表情で、すくっと立ち上がった。そのまま屈託のない笑顔を向けてくる。
「やぁ、お兄さん。昨晩ぶりだね」
「お前・・・!なんだこんなところに・・・」と尋ねると、ガシッと顔面を掴まれた。アイアンクローってやつ?おかげで言葉が続かなくなる。
「いいよって言うまで、ちょっと黙っててね」
意味が解らず聞き返そうとすると、捕まっていた雪坂が俺の腕をぎゅっと強く掴んだのが解った。信じろってのか?いきなり現れた奴を?
俺の気持ちは筒抜けだったのだろう。
「助かりたいなら、宰相殿を信じたら?」
「・・・わかったよ!」
こそこそしていたので、怪しまれてしまった。先ほど雪坂を呼んだ兵士の声がする。
「何を話して・・・」
なぜかそこで途切れた。俺の顔から打海の手が外される。ちかちかする目で見た光景は不思議な物だった。
俺たちがそこにいるのに、誰も俺たちに気付いていないのだ。
どういうことだと聞こうとして、慌てて口を塞ぐ。話しちゃいけないんだった。
雪坂を解放してから、打海の姿を探す。すると奥の方でひょいひょいと、手をこまねいている姿を見つけた。この軍隊は二つの隊だったらしく、それぞれの隊長の方に指示を仰ぎに兵士が動いてしまったため、間に隙間ができていたのである。
三人並んでそこから逃げ出し、赤の城を後にした。
∴∵∴∵∴
「もう平気でしょ」
許可が下りたので、俺と雪坂は同時にふうと息を吐いた。意識して黙ってるのって疲れるんだな。
それにしても。
「どうなってんだよ?」
「チェシャ猫が能力を使ったのよ」
出た、能力。今度はどんな能力なんだか・・・
「チェシャ猫の能力は特殊なの。姿を消すっていう能力なんだけど、ワンダーでもありミラーでもあるのよ」
へぇ、姿を消す・・・って、へ?今何か横文字出て来なかったか?
「今何て・・・」
「姿を消す?」
小首を傾げた雪坂が可愛すぎて、一度肯定しかけてから、その邪念を払うようにぶんぶんと首を振った。
「じゃ、なくて!そのあとだよ」
「ワンダーでもありミラーでもある、ね。確かに素人が聞いたら意味解らないけど・・・」
多分雪坂は勘違いをしている。ワンダーな能力とミラーな能力が並列して存在することが奇異な話だってことは、もう充分に解った。あの説明で解らないほど俺もバカじゃない。でも、それ以前の問題で・・・
俺と雪坂の間に割り込むように、下から唐突に打海が飛び出してきた。
「はいはーい、んじゃその辺はおいらが説明しましょう!」
俺もそうだが、雪坂も驚いた顔をしていた。こいつの行動に驚くという感覚は共通しているところらしい。
打海は俺の肩に乗るトーヴの鼻先をツンと突いて「ヴッ」と怒らせた。一体何が言いたいのかと考えてしまったが、この行為に意味は全くないようだ。そのまま少し離れると、びしっと不躾に雪坂を指差した。
「宰相殿は勘違いされておられるよ?アリスが知らないのはワンダーとか、ミラーとか、そこからだ」
「・・・そこも教えていなかったというの?貴方」
「おいらはこの間会ったばっかりだからねぇ」
怖い顔をして睨んでいた雪坂が、驚いた顔になった。それから俺を見る。そりゃ俺も不思議だって、そんな会って間もない奴があんな危険なところから救出してくれるなんて。
話を戻そう。
その後、打海が教えてくれたのはこういう話だった。
この世界にある「能力」というものは、大きく二つに分かれる。
一つは「他に力を与える能力」。この言い方は引用だ。俺も意味が解らなかった。まぁ簡単に言うと、他人や物に能力を働かせるものってことだ。多分。例を挙げると、俺や鍵守、羊元、王族なんかも含まれるのだと言う。
で、二つ目は「己に力を与える能力」。これはさすがにバカな俺でも解った。要は自分に働きかける能力だ。この例としては、鷲尾や宝亀、柳崎、川澄がそうらしい。こっちの方が例としても解りやすかったな。
んでもって、一つ目の事をミラー、二つ目の事をワンダーって、この世界では呼んでいるらしい。
そして、ここからが本題。打海の能力の特異さが、今回の事態解決に関与している。
通常はワンダーかミラーのどちらかの能力しかない。が、打海の場合は自分の姿を消すこともできるし、相手の姿も消すことができる。今回のように俺たちの姿と打海の姿を同時に消すことまでできるという。
もう解ったかと思うけど、続けさせてもらう。つまりは俺たちの姿を消して、城から出てきたのだ。
一見万能に見える打海の能力だが、実は一つ問題がある。
それはしゃべってはいけないと言うことだ。しゃべると能力が無効化され、こちらの姿がバレてしまうのだと言う。笑い上戸な彼には可哀想な話だ。
「じゃあ、不意打ちとかは出来ないのか?」
居場所を特定されるのがダメだと言うのなら、つまりはこちらからのアクションができない、と考えるのが妥当だろう。が、打海はきょとんとした顔で答える。
「できますよ?」
「へ?」
「殴る、蹴る、投げる、タックル、何でも平気です。しゃべるのだけが無理なんですよ」
よく解らないけど、とにかくしゃべらなけりゃいいんだな。
・・・ん?そこで一つ思い出した。
「あれ?助けてもらったってことは、もしかして契約が発生したのか?」
今までの感じからだとそうだ。この世界に善意を求めてはいけないと、流石の俺だって学習した。更に、契約が平等とは限らないということも理解している。つまり。
実は今が一番やばい状況だと言うことだ。
彼から言われたことに譲歩はできるものの、断ることができるか解らない。もし配下につけと言われた場合、逃げ切れるほど頭が回る自信もない。
が、打海は朗らかに笑った。
「提供だから気にしないでいいんですよ!」
「そっか、ていきょ・・・提供?」
記憶力がないから確実性はない。でも、確か提供は従属している相手にしかできないはずだ。さっきも言った通り、俺と彼が出会ったのは昨日、それこそ一日も経っていない数時間前の話である。そしてそのときに従属なんてされた記憶がない。
そこを問い詰めると、雪坂はチェシャ猫をじっと睨んだ。
「宣言するのが普通ですが、しなくとも責められることはありません」
剣呑な視線を受け止めてなお、彼はニャハハと愉快そうに笑っている。なんというか・・・だいぶ自由人のようだ。視線を俺に戻した雪坂はしかし、ふうと息を吐いた。
「まあ、チェシャ猫はアリスに従属してるものなのですよ、昔っから」
それはどういう意味だ?
もともと従属が決まっている相手がいる存在もいる。それって結構酷じゃんか。馬が合わない相手とかだったら大変だろ。
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