第8話 ひねくれ者たちのパーティー会場(3)
服部はツカツカと勢いよく俺の方に向かって歩いてきたかと思いきや、いきなり肩を掴んできた。表情は何とも嬉しそうだ。
「なんだい、君はトランプ志望だったのかい?」
トランプ。なんだっけ。聞いた記憶があるけども、何だったか解らない。いや、まあ覚えていないわけなんだけど。さっきまでは覚えていた気がするだけに悔しい。
ともかく、この反応はいいはずだ。そういうことにしておいた方がいいだろう。
「ああ、そうだ」
「そうかそうか!同胞志望だったのだね!それはすまないことをした」
見るも見事に豹変したな。さっきの「公平」はどうなったんだよ。っていうか、結局こいつらの言う「公平」って・・・
ここでも意地を張らずに聞こう。
「なあ、お前らの言う『公平』ってなんなんだ?」
くるりと振り返った二人の顔を見て、聞いちゃいけないことだったとすぐ気付いた。あれだよ。天体に詳しい奴に「あれって何座?」って聞いちゃった時の感じだよ。こう、一度訊いたらそのあとしばらく勝手に説明される感じ。止まらないあの感じ。
夢野の方に助けを求めようと思ったけど、すでにもう二度寝をしていた。いや、三度寝か。ともかくこの三人の中に助けを求められる人間はいないらしい。初対面にはかなりきつい三人なのに・・・
案の定、とても嬉しそうな顔で、まるで舞台のように大げさな振舞いをする。宝亀といい、こんなヤツばっかかこの世界!
「公平とは何なのか!」
「それは平等ってこと!」
・・・平等?俺の受けた扱いの何が平等なのか?
その質問は想定内の物だったらしい。彼らはぐるぐると回転して、にこりと笑った。
「僕はかなり公平なんだ。能力者が不公平にならないように、誕生日じゃない者も誕生日の者も、わけ隔てなく祝うだろ?」
「あたしだってそうだよ。非能力者も不公平にならないように、誕生日じゃない者も誕生日の者も、わけ隔てなく祝わないもの」
待て待て。それじゃあ能力者と非能力者が公平じゃないじゃないか。そう突っ込むと、二人は一度顔を合わせてから首をかしげた。
「公平じゃないって?」
意味が解らないのか?信じられないけど、能力者と非能力者が明らかに違うことを伝えた。するとまた笑われた。こいつらほんっとに感じ悪いな!
先に笑い終えた服部が、涙を拭いながら帽子を直した。笑ったせいでずれたらしい。
「ほんっとうに君は面白いな!能力者と非能力者が公平だったことなんてあったかい?」
詳しくは知らないけど、少なくとも名前からして能力の有無が違うから、公平ではないだろう。
言い返せない。悔しいけど、確かに公平ではなかったかも。
「だろう?だから僕らも、他の人と変わらぬよう、僕ら自身が他と公平であるために、能力者と非能力者に不公平さを生んでいるのさ」
自慢げに話すその指先で、くるくるとティーポットを横回転させていた。凄さを通り過ぎて、もうイラッとしかしない。
でも解った。俺はこいつらの言う公平が、一生理解できない。それを証明するように、愛川がティーポットのようにくるくると回って追い打ちをかける。
「皆にとって不公平であることが普通なのに、あたしたちだけ公平にするのは、それこそ公平じゃないでしょう?」
もう解りません。そんな思想家みたいな考え、俺には理解が及びませんって。
「要は、『普通=公平』ってことか?」
言った瞬間、アヒャヒャと腹を抱えて転げ回られた。笑い方から、誰がかを言う必要はないよな、もう。もう一人も机に突っ伏してバンバンと机をたたく。あーもう!こいつら人を不快にする天才だよ!そういう能力持ちなのかな?!
「普通が公平なら、誕生日以外を祝うことなんてしないじゃないか」
うん。諦めよう。理解できないとか、そんなかわいいレベルの話じゃない。考え方そのものが違うと言った方がふさわしいんだろう。目で不満を訴えながら、さっさと目的を果たすことを決意する。
「あのさ、城まで案内してほしいんだけど・・・」
こんな狂ったヤツらからどんな契約が求められるのかも解らないし、怖いは怖い。ヤンキーが視界に入った時ばりに、警戒心が溢れ出る。いや、ヤンキーが視界に入る事態にあったことなんて、生まれてこの方ないんだけどさ。
今度は椅子ごとひっくり返られた。派手な音がしたが、びっくりしたのは俺だけらしい。夢野は眠ったままだし、愛川はケタケタと笑っている。あまりの心配されなさに哀れさすら感じて、服部を覗きこんだ。
「だ・・・大丈夫か?」
倒れた体勢を直すこともせず、こちらに目を向ける気配もない。ただ茫然と空を見ていて、そこで初めて瞳が水色をしているのだと気付いた。
「いやはや、びっくりしたよ」
大丈夫かどうかの返事がそれなのか?それともまた無視されたのか?聞き返そうか悩むのと同時に、立ち上がる手助けをするべきか迷う。あのままでいいのだろうか。
もどもどしている人間を待っていてくれるヤツだとは、もともと思っていない。立ち上がる素振りもないまま、頭上に転がったコップを手を伸ばして拾った。
「あんなことを言われた直後に、そんな頼みごとをしてくるなんて、たまらないね」
たぶん「たまらない」の前には、「可笑しくて」が省略されていると考えるのが妥当なんだろうな。そしてバカにされてるんだろうな、きっと。
でも考えてみると自覚していたよりバカなことをしたんだと気付く。非能力者だと思われてるんだった。
つまり俺は、バカにされた後にバカにしたヤツに対して契約を持ちかけたわけだ。笑い飛ばされても仕方ない気もしてきてしまった。
早く無かったことにしたくて、つい急かしてしまった。
「で、結局いいのかよ、悪いのかよっ!」
「いいともさ。条件は・・・そうだなぁ」
寝転がったまま、コップを片手に腕を組んだ。頭を頻繁に動かすので、すこし土の匂いも広がる。帽子とかも汚れんぞ。
「ね、ね、それさ、あたしでもいい?」
愛川、まさかの志願。しかも、テーブルの上を移動してきてるし。さすがに行儀が悪くないか?
言葉を失っていると、平然と鼻先が付くほどにまで顔を近づけてきた。ああ、愛川の目は茶色なんだな。安心する色で結構。
「いいけど・・・、道のりとか平気なのか?」
「弥生ちゃんは迷ったりしないよーっだ」
四つん這いでテーブルに乗っていたのに、とうとう立ち上がってしまった。行儀が悪いし、なによりスカートの中見えるぞ!「ちょっと」なら俺も男だし嬉しいけど、こう堂々とされるとロマンも何もないじゃないか!
「待て。僕だって今、面白いことを思いついたんだぞ」
「えー、あたしのヤツのほうが面白いよぉ」
お互いが本気ではない、遊び心満載の喧嘩が始まった。気付いてんのか?あんたらのそれ、はたから見たらただの痴話喧嘩だよ。犬も食わねぇよ。
ってか、どっちでもいいんだけどなぁ。
暇を持て余したので、食事を再開する。せっかく食べていいって言ってもらったのに、全然食べれてなかったからな。
フォークを手に取り、どれを食べようかと迷う。皿と皿の間に靴の後が見えたのは気になるけど、まあ、料理を踏んだわけじゃないからいいか。
ローストビーフっぽいものを見つけて、二枚くらいまとめてフォークに刺した。二枚一気に食べたい成長期なわけではなくて、単純に剥がせなかっただけだ。確かに成長期ではあるんだけどな。
大きく口をあけて食べようとしたとき。
「うるさいっ!」
と、叱咤の声が響く。びっくりして肉を落としてしまった。今制服一着しかないんだぞ!
声のした方向に切なげな表情を向ける。深く眉間にしわを寄せた夢野が、じっと喧嘩をしていた二人を見ていた。状況は説明するまでもない。
寝ぼけ眼に悪いんじゃないかと思うくらい、ぐりぐりと強く目を擦ってから口を開く。
「なにまたわけのわからないケンカしてるの?」
一番年下が一番まともなこと言ったよ、おい。この三人何なんだ?ていうか、何繋がり?兄妹?
むくりと席を立つと、思ったより身長が低かった。席を立つ、というよりは、椅子から飛び降りるっていったほうが正しいかもしれない。なにせ、ここに並ぶ椅子はいささか足が長いからだ。そのまま姿が見えなくなったかと思うと、テーブルの下から姿を現した。確かにテーブルの上を行くより行儀もいいし、ぐるりと回るより時間も体力の省けるだろう。その身長じゃなきゃ思いつかないけどな。
こちら側に来るなり、今まで放置されていた服部に近づいた。
「はっとり、またたおれてる」
「おっと、これは気付かなかった」
気付くだろ!なんで気付かないんだよ!
長い脚を乱暴にグルンと回し、器用なことにその勢いで立ち上がった。椅子はそのままとはいえ、どんな技術なんだ。パンパンと服を叩き、夢野の方を見る。
「いや、いきなり皆が視界から消えて、空の色だけが広がったもんだから、何かの術かと思ったよ」
それこそ何の冗談だよ。呆れて思わず空を見上げた。いつの間にか時間がたっていて、黄色かった空は黄緑色になっている。この世界の夕焼けだ。
「下らないケンカするくらいなら、せーので言えば?」
・・・は?せーので言えって、バカじゃないのか?そんなの何の解決にもなんないだろ!
と、思っていたのだが。
「そっか、それが早いね!」
「そうだな、それが最適だ」
え?賛成するの?そこ。
二人は何の合図もなく同時に息を吸うと、まさかの同じ言葉が出てきた。
「僕を笑わせてくれたらいいよ」「あたしを笑わせてくれたらいいよ」
・・・今の今まですっげー些細なことで笑ってなかった?こいつら。思ったよりもハードルは低そうだ。
でも安心するのは少し早かった。
「んじゃ、僕ら二人を笑わせたら、二人で案内してやろう」
「・・・は?」
待て待て。なんかグレードアップしてないか?慌てて質問を投げつける。
「ちょ、待て!どっちか一人じゃねぇの?案内だって一人がしてくれればいいって!」
「それでは不公平だろう。僕も愛川も楽しみたいって言ってるんだから、そこに差別はしないべきだ」
しまった。ここでも出て来るのか、公平って言葉がっ・・・!しかもその理論が解らないから、反論もできねぇし!
「あの・・・条件下げません?」
「途中まで案内しろってこと?」
そうじゃない!
でも、たぶん今のはわざとじゃない。こいつら、本気だ。自分たちの「公平」は、少しも曲げるつもりがないなんて・・・。
恐る恐る「ちゃ、チャンスは何回?」と尋ねると、
「ケチなことを言うつもりはないさ」と平然と言われた。つまり、無制限なようだ。まだ少しは救いがある。
が、実は俺に逃げ道はなかった。
生まれてこの方笑いのセンスがあると、思ったことも言われたこともない。つまり人を笑わせる才能に長けているとは、口が裂けても言えない。笑いのランクは低いようだけど、そんなの俺にとっては何の意味も持ってくれないんだよ!この辺だけは無駄に強気だ。…せめてもっとお笑い番組を見ておけばよかった。帰れたら見るようにしよう。
諦めた方が早いかと思いもするけど、正直自力で辿り着ける気がしない。悩んだ結果、承諾することにした。
「解った。その条件でやる」
「え?途中まででいいの?」
愛川の質問に、慌てて訂正する。
「いや、えーっと、元の条件でお願いしますっ」
危ない危ない。ここから二キロ先に城があるとしても、森の中を一キロ歩くのは至難の業だ。方向を教えてもらったって、目印教えてもらったって、今回見たく見失うのが落ちだ。実際、宝亀が言ってた、「行っちゃいけない方の城」の目印も、途中ですっかり見えなくなったし。
・・・そういえば、どっちの城に行っちゃいけないんだっけ?
なんだかとても大切なことだった気もするけど、全然思い出せない。
「あははははははっ!」
バタバタと足をばたつかせて愛川が笑いだした。いつの間にか、テーブルの縁に座り込んでいる。せっかく座ってるのに、足をバタバタさせるからまたスカートがはためいて中が見えそうだ。遅れて服部も笑いだした。いまさらだけど、俺はまだなんにもしてない。
「え?何?何が・・・」
「おーっし!条件達成だ!案内してやろう」
待て。何が起きたのか説明しろ。
そういう前に、愛川がテーブルから飛び降りて、くるくると踊りだした。服部が帽子を外すと、帽子の中から大量の紙ナプキンが流れ出す。この光景で今の質問をぶつける度胸はなかった。
帽子をかぶりなおして、服部がステッキを手にする。ずっと置いてあったものだが、どうやら彼の物だったらしい。
「さて、行こうか!」
「行こう、行こう!」
回転を止めた愛川が、ウサギのようにぴょんぴょんと服部の方に向かっていった。楽しそうに二人は草むらの中に消えて行く。
固まったまま見送っていると、視線を感じた。夢野がじっとこちらを見ている。
「・・・何だよ」
「いや?いかなくてもいいのかなって」
ダメじゃないか。
「ちょ・・・ちょっと待て!」
慌てて二人を追いかけて、俺は草むらの中に飛び込んだ。
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