第6話 シープ&ゴートにて(1)
三日間、夜は休んだけど、歩き続けたのは初めてだった。足もくたくただし、慣れてないところを歩くと変なところに力が入るから、その分足への負担が強い。
∴∵∴∵∴
四日目、俺はとうとう音を上げた。
「もう無理っ!ってか、あとどんくらいで着くの?」
「さあ?」
「
あてにならねぇ・・・。ホント足が限界。最近ずっと歩きっぱなしだもんなぁ。俺の日常の運動と言えば、駅までの自転車と、週二回の体育の授業くらいだ。なのにいきなりこの距離を・・・。無理あるよな?俺わがままじゃないよな?
鷲尾が足を止めて、その場に座り込んだ。それを見て、宝亀が目を丸くする。
「獅子丸、なにしている?」
「え?休憩。アリスが疲れてるっつってんだから、休もうぜ?」
鷲尾があくびをしながら、平然と答えた。行動を共にする時間が最も長かったからか、理解が早くて助かる。しかし、今は黄色が空を覆い尽くしており、つまりは真昼間だった。休戦協定の時間まではまだしばらくある。宝亀が腕を組んで毅然として言った。
「反対だな」
説明を求めると、それは尤もな話だった。宝亀は敵が攻めてくることを懸念しているのだ。俺は武器を持っていないし、話を聞く限り、宝亀も鷲尾も攻撃系の能力ではないようだし、当然だろう。ま、攻撃系の能力があるのかどうかはわからないけど。武器を持っていても持っていなくても、俺は戦えないしね。
そら確かに攻められたら余計疲れる。それは解るんだ。でも、俺だって疲れてるんだよ。動きたくない気持ちは、宝亀の懸念に匹敵する具合だと思う。座り込んで、体重を支えなくてよくなった足にじわじわと痛みが走る。よく頑張ったよ、俺の足。
鷲尾は俺と宝亀を交互に見て、けれども俺の歩けなさそうな様子に、立ち上がるそぶりを見せなかった。
そんな俺と鷲尾に、宝亀は我慢ならなくなったようだった。彼女はずかずかと歩いてくると、地面に着いていた俺の手を握った。美人に手を繋がれると、恥ずかしくなる。振り払おうと思ったが、結構しっかりと握られていて、その一回では不可能だった。
「行くぞ。この辺では最近大河と福奈の二人が目撃されている。見つかるのは良くない」
また新しいのが出てきた。誰だよ、「たいが」と「ふくな」って。聞こうと思ったけど、小学校の遠足以来女子と手を繋いだことのない草食系の俺は、もう宝亀の手の柔らかさに頭がパニックしてる。
抵抗を見せない俺に、鷲尾も立ち上がって進み始めた。いや、待って。抵抗しないんじゃなくて出来ないんだって!お前はグリフォンだから肉食系なのかよ!言ってる俺自身も意味わかんねぇけどさ!!
俺の頭も限界になり、思わず繋がれた手をぶんぶんと振った。しかし、宝亀の力は意外と強く、これでもまだ離してくれない。最終手段として、声で訴えることにした。
「あー、もうっ!解ったよ、歩くって!歩くから手を放してくれ!」
「止まるだろう、お前は」
「止まらない!止まらないって!止まったら針千本飲むから!」
「いや、そんなことに命を張れとは言わないが・・・」
あー、面倒くさい!こういう表現が使えないところが何とも面倒くさい!
もどもどしてる俺たちを見て、奥で鷲尾が笑っていた。ちらりとこちらを見ては、口元を隠しながらクックッと笑う。笑っちゃいけないと思ってるから隠してるんだろうけど、見えてるから!我慢しろよ、何が面白いんだかわかんないけどさ!
やっと手を離してくれた宝亀は、何がどう不満だったのか、少し考え込むそぶりを見せた。俺はずんずんと一人で今までの進行方向に歩いて行くと、後ろから声がかかった。
「あ、違うぞ。そこは右だ」
∴∵∴∵∴∵∴∵
羊元の店『シープ&ゴート』は、想像していたスーパーやデパートとは違い、小さな商店というものだった。こんなところに武器なんて売ってるのか・・・?武器が俺の思っている武器と違うって言ったって、扱う店なんて限られてるだろうが。
「なあ・・・、ここで合ってるのか?」
「合ってるよ。店って言ったら、ここしかないんだから」
この世唯一の店がこのサイズって・・・。不思議の国だから何でもアリ、扉を開ければ無限の世界が広がってるんだ。そういうんならまだ解る。でも表に回った途端、そんなことはあり得ないんだと知る。
扉もない、オープンスペースでした。
言うなれば昔ながらの八百屋とか、魚屋とかのイメージ。商店街とかならまだ見かけるのかも。俺が住む町にある商店街ではこういうオープンな店は見ないけど、テレビでなら幾らか見たことがある。だからすぐに店の奥まで見渡せる。ああ、本当にこの規模なんだ・・・、この店。
そして店の前には、一人の女の子が座ってた。俺と同じくらいの年齢かな?安楽椅子?いや、ロッキングチェアって言うのが現代的?疑問符ばっかりだ。自分の物知らなさにがっかりする。今に始まったことじゃないけどさ。
一人の人形みたいな女の子が、ロッキングチェアで揺れている。ここまではまだいい。絵になる世界だ。でも、彼女が持っている物が変だった。
推察される彼女の身長と同じくらいの大きさの毛糸玉から糸を取り、巨大すぎる編み棒で何かを編んでいたのだ。
編み物をやったことのない俺には解らないけど、絶対やりにくいと思う。あの編み棒も、毛糸玉のサイズも。だってあの毛糸玉、転がりだしたらどうやって止めるんだよ。・・・もしかして留め具かなんかあるのか?
俺がいろいろ考え事していると、鷲尾が彼女に話しかけた。
「よう、羊元」
「あら、久しぶり」
顔も向けずに黙々と作業を進めている。愛想がないのか、失礼なのか。・・・どっちも似たようなものか。眉間にしわを寄せるのとほぼ同時に、いきなり彼女が顔をあげた。
「って、鷲尾?」
「おう。忘れたか?」
驚きと合わせたような笑顔で、鷲尾は手をひらひらと動かす。すると彼女は編み棒を地面に突き刺して立ち上がった。推測していたより、ちょっと小さい。小柄、というべきか。年齢も俺より少し下に見える。こいつが羊元?
感心するように歩いてきた彼女は、鷲尾の体を触る。女子って、そんな簡単に男の体に触れるもの?そして触られている鷲尾もなぜそんな平然としてんだよっ!
どぎまぎした気持ちで宝亀だの鷲尾だの羊元だのを見比べていると、不意に羊元がこぼした。
「本物だね・・・」
偽物だと思ってたのか。
思考回路が解らない。女子ってこんなこと思うわけ?思わないよな、普通。
すると初めて羊元が視線をこちらに向けた。ずんずんと歩いてくる。え?俺?何言われんの?あんたの思考回路についていける自信も何もないよ?
ところが、羊元は隣を素通りしていった。ぽかんとしていると、後ろの方で彼女が口を開く。
「あんたも久しぶり。鷲尾を逃がしたのかい?」
「私がそんなことをするとでも?」
「そうだね。あんたがそんなことをするとは思えない」
羊元の年齢は、見た感じ中学生と高校生の境目あたりだ。なのに、喋り方が妙におばさん臭い。別に老け顔でもないのに、代わってマセガキっぽさがある。ガキって年齢ではないけど、少なくとも背伸びしてる感じだ。化粧してる中学生を見た時と同じ気持ちかもしれない。
納得をした羊元は、クルリと身をひるがえすと、その場で声を張った。
「鷲尾、あんた、どうやってあの公爵夫人から逃げたんだい?」
「アリスだよ。そこにいるだろ」
鷲尾が指差し、彼女はそれを追って初めて俺を見た。真正面から見ると、彼女の瞳は久々に見た夜色だった。実は俺の友達にはあまり黒目っていないんだけどな。
羊元は前まで歩いて来ると、俺をじっと見てきた。とうとう観察され慣れてきたぞ。こんなんで俺はひかない。が、すっかり忘れていた。今さっきまで見ていたのに。
彼女が、俺の体に触ってきたのだ。
「うわっ!」
「なんだ?」
思わず声を上げると、彼女が驚いた。
「なんだ」と言われれば何でもない。何でもないんだけど、俺的にはちょっとスキンシップには慣れていないわけで。サッカーとか、野球とか、みんなで「やったぜー!」って抱き合うような世界を経験したことないし。男同士でさえ、そりゃそうなんだけど、別に体を触ることなんてない。絶対ない。いや、少なくとも俺の周りにはいないんだよ!
疑問をぬぐえない顔はしていたが、好ましくない行為だったということには、羊元も気付いてくれたようだ。触るのをやめて、今度は俺の方をじっと見た。前言撤回。これもこれでやっぱり慣れない。もう何回もこっちに来てからやられてるけど、これだけは慣れることができない。いや、まだ来てからそんなに時間も経ってないんだけど。
そこでふと思い出す。この世界に来てから、少なくとも一週間は経ってる。俺の話下手もあって、解りにくかったかもしれないけど、少なくとも七回は夜を迎えている。これって元の世界でも同じ時間経ってるのか?だとしたら俺、もう神隠しに遭ってることになってるよ?
余計なことを考えている間も、ずっと羊元は俺を見ていたらしい。大きな声で奥にいる鷲尾に尋ねる。
「ねぇ、この子何ができるの?あの公爵夫人相手に勝ったとは思えないんだけど」
う・・・。事実でも、結構サックリくる言葉だ。苦手とする女子のタイプだな。鷲尾も鷲尾で笑いやがる。
「そりゃそうだ。こっそりと鍵を取ってきてもらったんだよ」
そうだよ。どうせ俺にはそんくらいしかできねぇよ!
すっげぇ屈辱的、というか情けない思いを味わう。なんで俺、こんな悲しい思いをしなきゃいけないわけ?しかも当然のことながら、それに気付く奴はいないしね。
いきなり、自虐的になっている俺を、羊元が疑わしげに睨んできた。
「じゃあ、あんた、白なんだ?」
「え?」
「赤の公爵夫人から、鷲尾を逃がしたんでしょう?」
公爵夫人は、赤側だったのか!
・・・すまん、知ったかぶった。そういやそんなのあったな。出てくるたびにこんな調子だ。もう覚える気ないのかもね、俺・・・。
でも俺は実際白じゃない。これは言う必要はないかもしれない。でも、俺の滅多に活躍してくれない勘が告げるんだ。これはちゃんと言わなきゃ命にかかわるって。
「俺じゃ白じゃない」
噛んだ。まあ、仕方ない。だってさっきから羊元がこっちを見つめてくるんだから。不敵な笑みを保ったままで、そりゃあもう怖いんだ。これにときめけるほど、俺はマゾヒストじゃない。逆らう勇気もないけど。
信用していないのか、羊元は舐めまわすようにじっくりと俺を見る。
「白じゃないなら、どうして鷲尾を助けたの?」
「契約だよ、契約」
今までずっと笑うだけで、黙り続けていた鷲尾がやっと口を開いた。振り返って睨んでも、彼は平然としている。大人の余裕ってやつか?まだ大学生くらいにしか見えないのに。大人じゃないだろ、大学生って!
この世界での契約は厳しい代わりに、それに見合った価値があるらしい。あれだけ疑っていた羊元がすぐに納得して黙った。初めからそう言えばいいんだったら、さっさと言ってくれよ!もしくは教えてくれればいいだろ!
羊元はまた俺の事をじろじろと観察してから、また彼に尋ねた。
「で、何の用だ?こんな目新しいの連れてきて」
尋ねられた鷲尾が答える前に、宝亀が口をはさんだ。
「用があるのは獅子丸じゃない。アリスだ」
「
羊元がじろりと宝亀を睨んだ。え?何?三角関係的な?鷲尾モテるねぇ・・・。羨ましい。
「そうかい。で、アリス?」
さっきの訂正聞いてなかったのか?
結構怪訝な顔をしたはずなんだけど、羊元はぜんぜん気にも留めてくれなかった。
「あんたは何を買いに来たのかしら?」
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