第19話:ラクシアの森 1
マゼリアの南の外壁、それを超えた先で立ち昇る大量の砂煙。
カフカの森から戻ってきていたイーライも冒険者ギルドの前でその光景を見ており、表情を焦りに染めて歯噛みする。
「くそっ! カフカの森じゃなくて、ラクシアの森だったのかよ!」
冒険者ギルドから緊急で依頼が発行されるだろうと中に戻ろうとしたイーライだったが、ラクシアの森に向かっただろう知り合いの顔が浮かび上がると、彼は小さく舌打ちをした。
「……ちっ! そうだ、ラクシアの森にはナツキとガゼルさんがいるんだった!」
ギルドから依頼が発行されるのを待っているわけにはいかなくなった。
イーライはその場から離れて駆け出していく。
向かった先はもちろん、先走って一人で向かおうとしているはずの女性が待つ道具屋だった。
「――アスカ! ジジさん!」
ほどなくして、イーライが息を切らしながら道具屋に飛び込んできた。
「イーライ! あぁ、無事でよかった!」
「俺は大丈夫だが、ラクシアの森で異常が発生した!」
「えぇ、儂らも聞いておるよ。イーライ、ナツキさんのためにも行ってくれるかい?」
ジジの言葉にイーライが頷こうとした時、こちらをジッと見つめている明日香の存在に気がつく。
そして、この目は以前にも見たことのある意志の固いものであることを彼は理解していた。
「……一緒に行くつもりなのか、アスカ?」
「もちろん! 私が行かなくて、誰が夏希ちゃんたちを見つけるのよ!」
「できればジジさんと一緒に残っていて欲しいんだが?」
「無理! イーライが連れて行かなかったら、私は別の冒険者に頼んで向かうからね!」
「ほほほ。イーライ、連れて行ってあげなさい」
この時点でジジは明日香の説得を諦めており、イーライと一緒に行動させる方が比較的安全だろうと考えていた。
「……全く、そう言うだろうと思ったよ。わかった、一緒に行こう」
そんなジジの思惑に気づいたイーライは小さくため息をつくと、仕方なく同行を許可した。
「さすがね、イーライ!」
「ただし! 危ない真似だけは絶対にするなよ! ……ガゼリア山脈でのアスカの行動は、本当に肝が冷えたからな」
「あー……うん。あれは私も無茶をしたなーって、反省してる」
苦笑しながらそう口にした明日香に対して、イーライも似たような表情を浮かべるとすぐに行動へ移していく。
すでに明日香が必要になりそうなポーション類を準備しておりポーチに詰めていく。
イーライは外で休ませていた愛馬のレイの様子を確かめに向かい、ジジは途中で腹を満たせるよう持ち歩きに便利な弁当を準備していく。
全員の準備が整うと、砂煙で日差しが遮られてやや暗くなった空を眺めた。
「……ラクシアの森で、いったい何がおきているの?」
「さぁな。だが、これだけの砂煙がこっちまで飛んできているんだ、ヤバい事態になっているのは間違いないだろうな」
「夏希ちゃん、ガゼルさん」
ギュッと両手を胸の前で握り締めながら二人を心配する明日香を見て、イーライはやや乱暴に彼女の頭を撫でた。
「大丈夫だ。何せ、Sランクのガゼルさんがついているからな」
「……うん」
「それに、ナツキだって勇者の一人だ。身を守る術は心得ているんだろう?」
「……うん、うん。そうだよね、夏希ちゃんは、勇者だもんね」
緊張していた体から少しずつ力が抜けていき、その様子を見たイーライは一つ頷くと華麗にレイへ飛び乗った。
「行くぞ、アスカ」
「行こう、イーライ!」
イーライから差し出された手を握り返すと、グッと引っ張られて後ろに跨る。
「アスカさん、イーライ。ナツキさんのことを、よろしくお願いします」
「もちろんです、ジジさん!」
「任せてくれ。行くぞ、レイ!」
「ヒヒイイイイィィン!」
イーライの言葉に合わせていなないたレイは、力強く地面を蹴りつけて駆け出した。
「……皆さん、どうかご無事で」
ジジは明日香たちの姿が見えなくなるまで、全員の無事を祈り続けたのだった。
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