第16話:森の異変 2

 その日の夜、明日香はアルから聞いた情報を夏希とジジとも共有するため、夕食時に伝えた。

 ジジはそこまで反応を示さなかったが、夏希は顔を青ざめて下を向いてしまう。


「……気を落とさないでね、夏希ちゃん」

「……は、はい。ありがとうございます、明日香さん」

「その、ガクトという方々が、二人と一緒にこちらへ召喚されたのですかな?」

「はい、ジジさん。私も夏希ちゃんも、あまり良い思い出はないんですけどね」


 明日香の言葉にジジは何やら考えていたが、ふと何かを思い出したかのように立ち上がった。


「どうしたんですか?」

「ん? そういえば、ポーションの材料がどれだけ残っていたか気になってなぁ」

「ポーションの材料、ですか?」

「あぁ。カフカの森に入れないのであれば、ラクシアの森でも同じことが起きる可能性もあるだろう? そうなれば、ポーション作りを止めなければならないからなぁ」


 そう言い残したジジは調合部屋に行ってしまった。

 彼の言っていることは間違いないのだが、何もこのタイミングでなくてもいいのではと思わなくもない。

 明日香と夏希が顔を見合わせていると、二人は同時にハッとした表情で何かに気がついた。


「わ、私たちも確認します!」

「お手伝いします、ジジさん!」


 同時に椅子から立ち上がった明日香と夏希は、すぐに調合部屋へと向かった。


「おや? 大丈夫なのかい?」

「はい、大丈夫です!」

「手伝わせてください、お願いします!」

「……わかったよ。全く、二人も大変だねぇ」


 僅かに考えただけで、ジジは二人の手伝いをあっさりと認めてくれた。

 だが、これにはわけがあった。


「……下級ポーションの材料は、問題なさそうです」

「……うーん、中級ポーションは少なくなっていますね」

「調合の練習のために使っていたからねぇ、仕方がないか。中級ポーションならラクシアの森で素材採取ができるけど、明日は営業もあるから……さて、どうしたものか」


 そこでジジは横目でチラリと二人を見た。


「わ、私が行きます! 明後日ならガゼルさんにも話をできますから!」

「あぁ、そうかい。それは助かるよ。ただ、もしも問題がありそうなら、すぐに戻ってくるんだよ。それと、何もなければ人探しに時間を使ってもいいからね」

「あ、ありがとうございます、ジジさん!」


 ジジは先ほどの席で話を聞きながら、二人の様子を観察していた。

 明日香から話してくれた内容なので彼女の反応こそわからなかったが、夏希は大きく反応を示してくれた。

 良い思い出ではないと明日香は口にしていたが、夏希にとってはそれでも顔見知りに何かが起きたのではと心配になったのだろう。

 だからこそ、ジジはラクシアの森へ向かうための理由作りのために材料の確認を始めたのだ。


「アスカさんはいいのですかな?」

「私も心配ではありますけど、やっぱりジジさんとこのお店も大事ですからね」

「ほほほ。そう言ってもらえると、嬉しいよ」


 これからの予定についてある程度決まったところで、明日香たちは部屋に戻って休むことにした。


 ◆◇◆◇


 翌日は通常営業となったものの、夏希は少しだけ浮き足立っている様子が見受けられた。

 そのことに夏希とジジは気づいており、気を遣いながらの営業となった。

 昼休憩が近づいてくるとイーライが顔を出したのだが、彼も夏希の様子に気づいて首を傾げていた。


「どうしたんだ?」

「昨日の話を二人にもしたんだけど、それ以来岳人君たちのことが心配になっているみたい」

「そうなのか……あぁ、そうだ。アスカに言っておかないといけないことがあるんだ」

「私に? 何かあったの?」


 休憩中の看板を下げながら問い掛けたが、イーライは昼食を食べながらでもいいだろうと言ってリビングへ向かう。

 イーライが顔を出したことに気づいていたジジが四人分の料理を並べてくれていたので、すぐに昼食となった。


「それで、イーライ。言っておきたいことって?」

「あぁ。明日は昼過ぎにならないと顔を出せそうもない」

「えっ! そ、そうなの?」

「これも昨日の殿下からの話につながるんだけどな。カフカの森の調査依頼を受けたんだ」


 話を聞くと、カフカの森の調査をするために冒険者を入れ替えながら森に滞在させることが決まったのだとか。

 イーライは先発となり、今日の夜から明日の昼までカフカの森に滞在することとなる。


「大丈夫なの? 魔獣が活性化して危険な状態なんでしょう?」

「まあな。だが、騎士をしていた頃もこれに似た状況で滞在したことも多くあったし、問題はない」


 軽く答えているが、それでも明日香は心配になってしまう。


「……いくつか私が作ったポーションがあるから、今日の夜に取りに来てちょうだい」

「だが、売り物になるものだろう?」

「師弟制度もあって私の作品はまだ商品として出せないの。だから貰ってくれないかな」

「……ジジさん、いいのか?」

「ほほほ、構わないよ。そろそろアスカさんが作ったポーションが溢れそうだから、貰ってくれるとありがたいのう」

「……ジジさんが言うなら、わかりました」


 ジジの言葉を受けて、イーライは渋々受け取ることにした。


「夏希ちゃんも持っていってね! あっ、でも夏希ちゃんが作ったポーションもあるんだった」

「あっ、頂きます! 下級ポーションはあるんですが、中級ポーションはないので」


 明日はイーライも夏希もいない一日となる。

 明日香はポーションを配ることで、自分の心の平穏を少しでも整えようとしていたのだった。

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