閑話:接触する者

 明日香たちがカフカの森からマゼリアへ戻る時に見かけた野外演習へ向かう兵士たち。彼女たちは見つけられなかったが、実はその中に岳人たちの姿もあった。

 岳人たちは共謀して逃げ出したりしないよう、別々の班に分けられている。

 野外演習の目的は魔獣狩りや野営、外で簡単な傷薬や毒消し薬などを作る事にある。

 また、森の中に異変があればそれを上に報告して、問題が大きいと判断されれば騎士団が派遣されたりとやる事は多い。

 その野外演習に参加させられた凛音と冬華は真面目に兵士たちと行動を共にしていたのだが、岳人だけは違っていた。

 傍から見れば渋々ではあるが作業をこなしているように見えただろうが、内心では今回の野外演習がチャンスだと考えていた。


(……絶対に、逃げ出してやる。こんなもの、勇者である俺の生活じゃねぇ!)


 久しぶりに外へ出た事もあり、このチャンスを逃してはいけないと考えていたのだ。

 だが、班長が兵士長の指示で岳人の事をしっかりと見張っており、なかなか逃げ出す事ができないでいた。


「――よーし! 休憩に入るぞー!」


 その時、全体を指揮している兵士長から号令が掛かり全員がその場で腰を下ろした。

 一班と二班が警戒にあたり、残りの班は食事を始める。

 岳人が配置された五班も同じで、班員の五名が車座になって食事を始めていた。


「「「「「……」」」」」


 他の班では会話も弾んでいるのだが、五班だけは無言で食事を進めていた。

 それも全て岳人が原因になっており、この時点で彼は兵士たちから完全に孤立した存在になっていたのだ。


「……ちょっと、しょんべんに行ってきます」


 その時、食事をさっさと終わらせていた岳人から口を開いた。


「……決まりだから、誰かついていけ」


 班長が声を掛けるが、全員が顔を見合わせるだけで手を上げようとはしない。


「……行っていいっすか?」

「待て。……分かった、俺が行く」


 仕方なくと言った感じで班長が立ち上がると、兵士長に声を掛けてから休憩場所を離れて少し進んだ先の茂みの中へ移動した。

 規則としてお互いの距離が十歩の距離でしゃがみ、そこで用を足す事になっている。

 岳人も規則に則って十歩先まで移動し、そこから班長の許可を得てからしゃがみ込む。

 こんな用の足し方にも苛立ちが募っていくのだが、仕方がないと我慢している。

 だが、用を足してから立ち上がった時、周囲の空気が一変している事に気づいた。


「……な、なんだこりゃ?」


 岳人の中ではアースドラゴンの出来事がフラッシュバックしてしまい、慌てて班長が待っている場所まで戻っていく。

 しかし、そこにいたのは地面に横たわっている班長の姿だった。


「……は、班長? おい、てめぇ、どうしたんだよ! おい、班長!」

「――怒鳴らないでくださいよ」


 何が起きているのか分からない状況で、突然に後ろから声を掛けられた。

 腰に下げていた剣を抜いて振り返ると、そこには漆黒の外套を羽織った男性が立っていた。


「だ、誰だ!」

「私はあなたの味方ですよ、ガクト・カミハラ」

「なっ!? て、てめぇ、なんで俺の名前を知っていやがる!」

「私の事など、どうでもいい。あなた、ここから逃げ出したいのでしょう?」


 警戒していた岳人だったが、男性の言葉を耳にすると警戒のレベルが一段下がる。


「……なんだぁ? てめぇが逃がしてくれるとでも言いたいのかぁ?」

「くくく、もちろんだ。だが、それが本当にあなたの願いなのかを確認したいとも思っている」

「あぁん? どういう事だぁ?」


 この場からさっさと逃げ出して、自分が勇者として活躍できる場所へ向かいたい。岳人の願いはそれ以上でも以下でもないはずだ。

 目の前の男性は何を言っているのかと疑問に思っていると、彼は続けてこう口にした。


「あなたがこのような生活を送っている一方で、唯一罰を逃れた女性はのうのうと生活をしているようですよ?」

「……ちっ! 夏希の野郎か!」

「えぇ、そいつです。あなたはナツキ・カミヤをこのまま放置してもいいと考えているのかな?」

「んなわけねぇだろうが! あの野郎にも俺たちと同じような……いいや、俺たち以上の苦しみを味合わせなきゃらなねぇ!」

「そうだろう? なら、その手助けを私がしてやろうか?」

「んだてめぇ。俺が逃げるために手を貸してくれるんじゃねぇのか?」

「もちろん、そちらでも手を貸してやろう。だが、まずはナツキ・カミヤにあなたが味わった苦しみ以上のものを与えないとなぁ?」


 男性の言葉を聞いていると、不思議と視線を逸らせる事ができなくなる魅力があった。

 本来の目的であるこの場から逃げる事よりも、今の岳人の頭の中では夏希に復讐するという思いの方がより強く感じられるようになっていた。


「……いいぜ、乗ってやるよ。何をしてくれるんだ?」

「これを授けよう」


 男性が手渡したのは、禍々しいオーラを発している漆黒の魔石だった。


「あん? なんだこりゃ?」

「所有者の強い悪感情によって成長する魔石だ。成長すればより大きくなり、それを砕いた時に真の力を発揮する」

「真の力だぁ?」

「くくく。魔獣のさらなる進化、そして暴走だよ」


 魔獣の暴走と聞いた岳人は眉根をピクリと動かした。


「てめぇ、それは俺まで殺されるってやつじゃねぇのか?」

「ご安心を。所有者が襲われるようなものを、私は渡さないよ」

「……はっ! いいぜ、信じてやろうじゃねぇか!」

「くくく、ありがとうございます」


 この時点で冷静な判断力を失っていた岳人は、初対面である男性の言葉を何故か全て信頼してしまっていた。


「そうそう、これとはまた別で選別があるので、そちらも受け取っておいてくれ」

「選別だぁ? 他に何をくれるって――」

「「が、岳人?」」


 岳人が疑問を口にしようとした時、後ろから聞き慣れた声に名前を呼ばれて振り返る。

 すると、そこには岳人と同じように野外演習へ参加していた凛音と冬華の姿があった。


「……ははぁぁん、なるほどなぁ」


 ニヤリと下卑た笑みを浮かべた岳人は、男性の存在を忘れてしまったのかすぐに二人へと駆け寄り自らの計画を説明した。

 二人は何故自分たちがここにいるのか、何故岳人がいたのか理解できていない状況だったが、二人も冷静な判断力を失っており、言われるがままに岳人の指示に従ってしまう。

 これらが全ていつの間にか姿を消していた男性によって仕掛けられた事も、そして岳人の手の中にある漆黒の魔石が三人の悪感情を感じ取って嬉しそうに震えていた事も、彼らは全く気づいていないのだった。

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