第19話:好感度の謎 6
顔に出ないよう平静を装っていたのだが、明日香が見ていないと分かるとどうしても気持ちが緩んでしまっていた。
「……」
「……あ」
「……! ど、どうした?」
突然声をあげた明日香に驚いたものの、イーライは再び平静を装い声を掛ける。
「……できた、かも?」
「そうか、ちょっと待てくれ」
明日香の言葉を受けて、イーライは流し込んできた魔力を徐々に弱くしていき、最後には注ぐ事を止めた。
それでも明日香の中では魔力が順調に循環しており、その流れを自ら作り出していると彼女もしっかりと自覚していた。
「……できた……できたよ、イーライ!」
嬉しそうに顔を上げた明日香は満面の笑みを浮かべている。
その眩しい笑顔を目の前で見せつけられたイーライの平静を装っていた表情は完全に崩れてしまい、真っ赤にした顔をあからさまに逸らせてしまった。
「どうしたの?」
「な、なんでもない! 上手くできてよかったな!」
「うん!」
嬉しさのあまり普段と違うイーライに気づかない明日香を見て、彼は心底ホッとしていた。
そのまま気づかれる前に気を取り直すと、小さく息を吐き出してから向き直る。
「……これで魔力操作の基本は終わりだ」
「そうなの?」
「あぁ。次にやるべきは適性のある属性の確認と、実際に魔法を使ってみる事だが……そういえば、調合に魔力操作が必要とか言っていたな?」
「そうなの! 実は調合しながら素材に魔力を注がないといけないみたい」
素材に魔力を注ぐと言われてイーライは考え込んでしまう。
「魔力を注ぐか。……それは単純に魔力を注ぐだけか? それとも、浸透させるような感じか?」
「そこまではまだ聞いてない。そもそもの魔力操作ができなかったから」
「そういう事ならジジさんに聞いた方が早いかもな。魔力操作ができればすぐにできるものかもしれないし」
分からない者同士で分からない事を考えても意味がないと判断したイーライがそう告げると、明日香も頷く事しかできなかった。
「うーん……それもそうだね。それじゃあ、魔力操作の基本ができたって報告してくる!」
「俺も戻る。しばらくジジさん一人だったし、手伝える事があるかもしれないからな」
そう口にして歩き出そうとした明日香だったが、ふと昨日の出来事を思い出して振り返る。
「どうした?」
「その、お願いがあるんだけど……明日、アル様かリヒト様に会う事ってできるかな?」
「……明日?」
「うん。急だし無理ならいいんだけど、報告しないといけない事があって……」
そこで言葉を切った明日香を見て、イーライは腕組みをしながら考え込む。
「……それは、二人でないとダメな事なのか?」
「……たぶん、召喚された事が関係している事だから」
「そうか。……分かった、王城に戻ったら確認して、明日また伝えに来る」
「ごめんね、イーライ」
真剣な表情でそう告げられた事で申し訳なさを感じた明日香だったが、彼は謝る彼女の頭を軽く撫でながら口を開いた。
「気にするな。これも俺の仕事の内だし、気安く話せるようにしたのが活きたって事だろ?」
「……そうだね」
イーライの心遣いを嬉しく思い、暗くなっていた明日香の表情に笑みが戻ってきた。
「優しいね、イーライは」
「これも仕事だ」
「それじゃあ、仕事じゃなかったら優しくしてくれないの?」
「……かもしれない」
「えぇっ! それは酷い!」
「はいはい。さっさとジジさんに報告へ行くぞ」
「ちょっと! イーライ、待ってよー!」
明日香を追い越して大股で歩いていくイーライを追い掛けて彼女も道具屋に入っていく。
裏口を抜けて店頭に顔を出すと、ジジはカウンターの椅子に腰掛けてお茶を飲んでいた。
「おや? 魔法の訓練は終わりましたかな?」
「終わりました。……あの、お客様は?」
「ほほほ。見ての通り、誰もおりませんよ」
店内にはジジ以外に誰もおらず、お茶をすする音だけが響いている。
「……昨日もこんな感じでしたよね?」
「まあ、この時間帯はこんなもんですよ」
「でも、少し前までは入っていたような?」
「ほほほ。あの子たちはおそらく、駆け出しの冒険者でしょうな」
「そうなんですか?」
明日香が働き始めてから昨日までは、長時間誰も来ないという事はあまりなかった。
それが今は誰もいない。ジジの様子を見る限りでは結構長い時間で客が来ていないと明日香は分かっていた。
「なるほど、成人の儀ですか」
「ほほほ。その通りです、イーライ」
「成人の儀?」
「あぁ。確か七日前に行われていたんじゃないか?」
成人の儀とは月に一度行われる儀式の事で、その月で十五歳になる子供を大人だと認めるためのものである。
一年三六〇日を十二の月で区切っているこの世界では、十二回成人の儀が行われる事になる。
「ここ数日は成人して冒険者になった奴らが多かったんだろうな」
「だからポーションを? でも、下級ポーションでも結構な値段だよね?」
明日香の頭の中では1リラ1円に変換されているので、1万リラは結構な大金である。それを数日前まで子供だった新成人が購入できるものなのかと驚いていた。
「ほほほ。そういった駆け出しには、量を小分けにしたポーションを販売しているのだよ」
「こ、小分けに?」
「そうか。アスカは俺が買った大きさのポーションしか見た事がなかったのか」
「普通なの? でも、品出しを手伝っている時には見かけなかったような……」
自分の記憶の中を思い出しながら商品棚を見てみると、やはり小さな瓶が並んでいる様子はどこにもない。
小分けの謎を知りたいとジジへ振り返ると、彼は微笑みながらカウンターの下から小さな箱を持ち上げてカウンターに置いた。
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