第15話:好感度の謎 2

「こちらです」

「うわあっ! とっても広いし日当たりも最高! 本当にこの部屋を使ってもいいんですか?」

「ほほほ。構いませんよ」

「へぇ。良い部屋だな。ジジさん、階段を上がった正面の部屋は倉庫か何かですか?」


 明日香の荷物を部屋に置きながら別の部屋について質問を口にしたイーライ。


「あちらは空き部屋です。息子がいたのですが、だいぶ前に家を出ましてね」


 ジジの息子は家庭を持ち、それをきっかけに家を出ていた。


「荷物だけが残されているんです。早く持っていけと顔を出すたびに言っているんですがねぇ」


 苦笑しながらそう口にしているが、ジジはとても楽しそうに笑っている。

 それだけ息子と顔を合わせるのが嬉しいのだろうと二人は思っていた。


「ほほほ。ではアスカさん、仕事を始めましょうか」

「今日もよろしくお願いします、ジジさん!」

「はい、よろしくお願いいたします」

「俺はいつもの場所で休ませてもらいますね」


 気合いを入れる明日香の横で、イーライが肩を回しながら声を掛けた。


「えぇー? イーライも一緒に働こうよ!」

「何度も言うが、俺は店員じゃないからな。それじゃあ先に下りていますね」

「あっ! ちょっと、逃げるなー!」


 このやり取りも最近では定番となっており、ジジの許可を貰うと早足で一階へ戻っていった。


「……もう!」

「ほほほ。まあまあ、いいではないですか。それよりもアスカさん、仕事を始めますよ」

「……そうですね。よーし、今日も頑張るぞー!」


 もう一度気合いを入れ直した明日香は、ジジと一緒に仕事を開始したのだった。


 ――その日の夜、イーライが帰宅した後はジジと二人だけの時間である。

 明日香の引っ越し祝いという事で、ジジが豪華な夕食を用意してくれていた。


「ありがとうございます、ジジさん」

「仕事のできるかわいらしいお嬢さんを迎え入れる事ができたんじゃ、これくらいは当然です」


 笑みを絶やす事なくテーブルに料理を並べていくジジに、明日香はとても感謝していた。

 並べ終わると向かい合いながら席に着き、手を合わせて食事を始める。

 ジジにとってもそうだが、明日香にとっても誰かの顔を見ながらする食事は久しぶりだった。


「うぅ~ん! とっても美味しいです!」

「ほほほ。それはよかった」

「それに、一人でする食事よりも誰かと食べる食事の方が美味しくなりますよね!」

「確かに。儂も長年一人で食事をしていたから、アスカさんとの食事はとても美味しいです」


 お互いに笑い合いながらの食事は会話も弾み賑やかで、あっという間に時間が過ぎていく。

 好感度が20から30に上がっているのを見ても、喜んでくれているのだとホッとしている。


「食後のお茶でもどうですかな?」

「いただきます」


 出された料理を全て完食した明日香はジジの提案を受けてお茶を入れてもらう。

 木のコップからは湯気が出ており、息を吹きかけながらゆっくりと口に含んでいく。

 僅かな苦みはあるものの口の中をスッキリさせるにはもってこいのお茶に、明日香は満足気にコップから口を離して息を吐く。


「ふぅ。とても美味しいお茶ですね……って、メガネが曇っちゃいました」

「ほほほ。湯気で曇ってしまいましたね」


 苦笑いを浮かべる明日香に対してジジは変わらない笑みを浮かべる。

 一度メガネを外してレンズを拭きつつ顔を上げた明日香だったが、その時の光景にピタリと手が止まってしまった。


「…………え?」

「どうかしましたか、アスカさん?」


 突然動きを止めてしまった明日香に気づいたジジが心配そうに声を掛ける。

 それでも止まったままの明日香を見て、さらに心配になってしまう。


「……アスカさん?」

「え? あぁ、えっと……な、なんでもないです! あは、あははー!」


 止めていた手を再び動かしてメガネを拭き終わると、掛け直して顔を上げる。


「……やっぱり」

「やはり、何かありましたか?」

「……本当になんでもないんです。心配させてすみませんでした」


 目の前で起きている事をそのまま伝えていいのかと考えたが、今はまだ伝えるべきではないと判断した明日香は作り笑いを浮かべてそう口にする。

 これでジジの好感度が下がってしまうかもしれない、そんな恐怖を押し殺しながら。


「……そうですか。分かりました」

「え?」

「何せ、王城から来られた方ですからね。隠し事の一つや二つ、気にはしておりません」

「……すみません。話せる時が来たら、必ず説明します」

「ほほほ。では、その時を楽しみにしていますね」


 その後は声を掛ける勇気が出ずに無言のままお茶をいただき、そのまま与えられた部屋へと戻っていった。

 用意されていたベッドへ横になると、メガネを外して目元を腕で覆い一人考える。


(……この好感度って、やっぱり普通じゃなかったんだ)


 明日香が気づいた事とは、好感度という数値についてである。

 普段から見えていた数値のため、明日香はこの世界ならではのものだと勘違いしていた。

 目の悪い明日香は基本的にメガネを外す事はなく、外す時は寝る時や体を流す時など、周りに誰もいない時しかなかったせいで今まで気づく事ができなかったのだ。


(……これって、絶対にメガネがおかしくなっちゃっているって事だよね?)


 自分自身は平均的な女性のステータスしか持っておらず、岳人たちのように突出したステータスは持っていない。

 ただの巻き込まれ召喚でどうしようかと悩み、ならば一人で生きられるようにと仕事先を見つけたのだが、明日香にも与えられていたのだ――特別な力が。


(……やっぱり、ジジさんより先にアル様やリヒト様に相談するべきだよね)


 明日香は自分が異世界からやって来た人間だという事をジジに伝えていない。ここでメガネが魔導具化していると知られると、彼の立場が危うくなるのではないかと考えたのだ。


(……今度のお休みの日にでもイーライに相談して、二人に面会の約束を取りつけなきゃ)


 前回と同じように最優先で来てくれるかもしれないが、アルとリヒトでは立場が違い過ぎる。

 アルは第一王子であり岳人たちの相手をしている。同じ召喚者だからと言っても願い召喚された者と巻き込まれて召喚された者を比べれば、優先されるべきがどちらなのかは一目瞭然だ。

 リヒトに関しても岳人たちの相手をしていればすぐに抜けられるはずがない。


「……はぁ。私、追い出されないかなぁ」


 ジジにばかり秘密が増えていく現状に頭を抱えるものの、疲れから睡魔が襲い掛かって来た明日香は、気づけば深い眠りに落ちていったのだった。

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